結託
「なんだと?詳しく聞かせてくれ」
父はベッドの端に腰を下ろした。
ロリーも僕の向かいに椅子を引き寄せて腰かける。聞く気満々のロリーに父が席を外させようとするがロリーは「私の大切な友達と、従兄の事よ!私にも関わりがあるわ!」と引かないかまえだ。
「伯爵様、私からもお願いします。ロリーは普段はこんなですが、目下の私の様な者でも友と呼んでくれるような真っ直ぐな娘です。私はロリーになら私の過去を知られても構いません」
胸の前で両手を組んで父に願い出るアーリサに、ロリーが「アーリサ……」と呟いて感激している。
どさくさに紛れて こんな 呼ばわりされていたのには気付いて無いようだ。
父は「しかし……」と少し渋っていたが、以前からアーリサはロリーに隠しているのを心苦しく思っていた節があったので、この際なので僕からも父に頼んでおく。
「父上、許可してやってはもらえませんか。
ロリーは決して誰にも話さないと誓ってくれますよ。そうだろう、ロリー?」
「ええ、神に誓って」
ロリーが真摯に頷く。
僕はそれを見届けてから父に向かってもう一押しする。
「それに、アーリサの母親はアーリサを誰かのもとに連れていく事になっている、と言っていました。
ロリーはアーリサの友人として、非常に近い立ち位置にあります。何も知らされないのは、危険だと思います」
「なに。誰か、とは?」
父が僕を見てアーリサを見た。
「すみません、そこまでは……」
アーリサが力なく俯くのに父は「そうか」と返し、そういうことならば、とロリーの同席を許可した。
近くに椅子を寄せて座ったアーリサが今回起きた賊騒動について始めから父に説明する。
アーリサは窓から見えた女が自分の母親だと気付き、思わず飛び出していったらしい。
粗方聞き終えた父は「ふむ、アーリサの母親の件以外は、大体ノートンの報告通りだな」と顎に手を当てながら言った。
「そう言えばノートンは大丈夫だったのですか?
僕が駆けつけたときはうつ伏せに倒れていたように見えたのに、途中で急に起き上がって鞭を手に賊に向かっていったので、とても驚きました」
僕は馭者のノートンの事を思い出して聞いた。
彼もまた当家に長く使えている使用人だ。
子供の頃から馴染みのある御者に何かあっては、と思い聞いたのだが、父は「うん?はっはっはっ!平気さ!彼を誰だと思っているんだい?」と愉快そうに笑った。
「馭者だと思っています」と、冷静に返す。
「そうか、ハコルはまだ生まれてもいなかったから馴染みがないのも仕方がないね。
彼らの世代は先の戦で武勇を挙げた猛者達だ。あれしき暴れたくらいはどうと言う事はないさ。
むしろ刺激をもらって元気になったんじゃないかい?」
父が冗談めかしてそんなことを言ったが、僕の頭には活き活きとするノートンや急に元気になった老神官の姿が思い浮かんだ。なるほどね。全く笑えない。
「アーリサのお母様はどうしてアーリサを連れていこうとするの?」
ロリーが不思議そうに首をかしげた。
「それは……」
「おそらく何処からかアーリサが『女神の雫』であることが漏れたのだろう」
アーリサが父を見ると、父も一つうなずいて言った。
「有ってはならない事だが、王都で何らかの情報を得たやからがいて、おおかたアーリサの母親はまたそれに唆されているのだろう。
女神の雫と聞くと、不老不死の力を得られるだのと勘違いをしているやからもいるようだからな。
いかに魔術がほぼ廃れたとは言え、嘆かわしい限りだ」
そんな力があれば、あんな思いはしはしなかっただろうに、という思いが父の苦い顔から滲む。
「ともかく、話してくれて有り難う、アーリサ。
王都の調査依頼と合わせて、君の母親の街への出入りも探らせよう。
……君には、辛い結果になるかもしれないが」
「いいえ、伯爵様。あの人がまた取り返しのつかない事をしでかす前に、一刻も早く捕まればと思っています」
「そうか」
決意を込めたアーリサの言葉に頷くと、父はパン!と手を叩いた。
「では私は捜索の他にもやることがたくさんあるのでね。ハコルの無事も確認したことだし、出掛けるよ。
ハコルはまずは体を休めること。くれぐれも無茶な事をしないように。いいね?」
「はい、父上」
父が僕に布団をしっかり被せて優しく言うのに、こくりと頷く。
「君たちも、ハコルが飛び出していかないようにちゃんと見ていてやってくれ。頼んだよ」
「はい、伯爵様」
「任せてくださいな!」
ロリーとアーリサもしっかりと頷いた。
父はそれを見て満足そうに僕の部屋を後にした。
足音が遠ざかり、しばらくすると屋敷の正面の方から遠く馬車の出る音が聞こえてきた。
その音を聞き届けた後、僕はアーリサとロリーを見た。
彼女らも無言で僕を見ている。
「ロリー、アーリサ」
おもむろに口を開くと、ロリーが椅子からぱっと飛び降りた。
「シロを助けるんでしょう?もちろん協力するわ!」
「私も!とてもじっとしてなんていられません!」
話が早くてたすかるね。
僕らは顔を見合わせて頷き合った。
待っててくれ、シロ。
必ず……必ず助けてみせる!
僕らはそう、堅く決意した。
しかし残念なことに、現実として まずは僕の熱を下げることが先決だ。
もう隠しておく必要がないので アーリサはロリーに、ここに来てから僕に女神の雫として魔力を注いでいたことを話した。
ロリーは「私にも女神の雫の力があればよかったのに……」と少し悲しそうに言った。
そんなロリーにアーリサが「もしかしたらできるかもしれませんよ」と言って僕のもう一方の手を握ってみるように促す。
ロリーは始め「えっ!」と驚いたものの、「そ、そうよね。物は試しよね!」と言ってもう一方の僕の手をとった。
そのまま僕の手をきつく握りしめ、眉間にシワを寄せて力んでいる。
痛い痛い痛い。
アーリサはそんなロリーを微笑ましく見ていた。
僕はそんなアーリサを……つい、不審な目で見てしまいそうになって目をそらした。
これ……実験じゃあないよ、ね?
残念ながらロリーから魔力を感じることはできなかった。
そうしてしばらく三人でじっとしていると、不意にアーリサがポツリと話し出した。
「……ロリー、ハコル。
これからシロさんを捜索するにあたって、お二人には話しておかなければいけないと思うんです。
私の母の事です」
僕らはアーリサを見た。
アーリサはそんな僕らからついと目を離すと窓の外を見る。
とうに昼を過ぎているはずの外は、またも降り始めた雪のせいで薄暗く、時間が分かりにくくなっていた。
ただしんしんと降り続ける雪だけが、白く浮かび上がって見えた。




