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千年の時を越えて  作者: 月影 咲良
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『ハコル様、眠れないのですか?』


 ベッドでぐずっていると、困り果てたメイドの後ろからシロが現れた。


『シロ、母様はどこにいるの?

 僕、母様に会いたいよ!母様のところへ連れていって』


 僕がシロの服をつかんで頼むと、シロが困ったように笑ってフカフカの白い手で僕の頭を撫でながら『申し訳ありません、ハコル様』と言った。


 泣きそうな顔だと思った。

 僕はとても悪いことをしたような気持ちになった。


 ……そうだ。だからそれ以降、母様に会わせてほしいと言うのを我慢するようになったんだ。




 景色が流れた。



 

 庭師のコナー爺が 庭の木をパチンパチンと切り落とす。

 切りながら、どの枝を落とすと綺麗な花が咲くか、どういう風に切ったら元気な木になるかを教えてくれる。

 コナー爺は庭のことなら何でも知っていて、まるで本の中の魔術師のようだ。

 僕はその日は体調が良くて、そんなコナー爺の庭仕事をすぐ近くの椅子に腰かけて飽きることなく眺めていた。


 ふと庭の奥を横切る影が見えた。

 シロだ。

 コナー爺は相変わらず木をいじりながら説明をしていたが、僕はシロを驚かしてやろうと一人素早くシロのいた辺りへ走っていった。

 だって ロリーが言っていたのだ。

 人は驚かせると、元気になるし、笑顔になるのよって。

 だから僕も驚かせてやろうと思った。

 このところ、シロは元気がなかったから。

 もしかしたら、僕がこの間 我儘を言ったからシロが元気がないのかもしれない、と よく分からないなりに責任も感じていた。



 後ろから声をかけようと、シロの後を そおっとついていく。シロは庭の隅にある日時計の前で立ち止まった。


『リッテネルド』


 シロがシロにしては低めの声で呟く。

 ふわりと風もないのに空気が動いたのを感じる。

 僕は言い様のない興奮を覚えた。

 見たことも無い力に肌が粟立つ。僕は目の前の不思議を 魔術だ、と確信した。

 食い入るように見つめる僕の目の前で、シロの姿が突然湯気のようにゆらりと揺らいだかと思うと、ふっ、と消えた。


『えっ!?』


 僕は黙って後をつけていたのも忘れて声をあげ、さっきまでシロがいたはずの場所に駆け寄った。

 そこには午後の柔らかな日差しが、円く敷き詰められたれたミルクティー色の煉瓦の上に 時間を示す影を落とすのみで、シロの気配はもうどこにも見つけられなかった。


『シロ?』


 辺りを見回しながら声をかけるが、やはり返事はなかった。

 僕は少し青みがかった石製の日時計の針に恐る恐る触れる。

 シロは何と言っていたか……たしか……








「ハコル!」


 呼び声と共に衝撃を感じ、驚きに目を見開く。

 見慣れた天覆と顔にかかる金の髪が目に飛び込んできた。


 なんだ。ここは、僕のベッド……?

 あれ……僕は庭にいたのではなかったのか?


 少しの錯乱と共に辺りを見回し、横になっている僕の首に抱きついて絞めあげているロリーに目をやる。

 苦しい。


「ロリー、そろそろハコルが死にます」

「だって、心配したのよ!襲われたって聞いてっ」


 アーリサの冷静な声にロリーが渋々僕の首から離れながら恨みがましく口を尖らせて言う。


「二人して街に行ってならず者に襲われたのですって?

 それでハコルが こてんぱんにやられて担ぎ込まれたって聞いたわ。

 もう!どうして伴も着けずに出掛けたのよ!私の時はあんなに伴をつけろって言うくせに!」


 ロリーの言葉を聞いて僕はちょっとムッとした。

 失礼な。こてんぱん……には、やられていない。

 ちょっと宙を舞ったくらいだ。

 でも、そうか。僕たちは教会に行って襲われて、それで僕は発作を起こして倒れたんだったか。


 僕はさっきまで見ていたリアルな夢のことを思い返す。

 懐かしい夢だった。まだ、母を亡くしたばかりの頃の記憶だ。すっかり忘れていた。

 あの後戻ってきたシロに連れられて屋内に戻った僕は、何度か一人で日時計を探したのだが何故か見つけることができなかったのだ。

 シロも「そんな場所はない」と言うし、他の使用人に聞いても知らないと言うしで、だんだんと記憶の隅に追いやられてしまっていたのだが……



 僕がぼうっと先程の夢を辿っていると、突然ロリーが僕の両頬をぱしんと掌で挟んで自分の方を向かせてきた。


「聞いてるの、ハコル!」


 キッと吊り上げた森色の目を合わせ、しかし触れた体温に ちょっと眉根を寄せると「む、熱いわね」と言った。熱があるからね。


「とにかく!次からは お忍びとか、そういう楽しそうな事をする時は二人だけでいかないで私も連れていってちょうだい!」


 気を取り直し、腰に手を当てて命令するロリーは面白そうな事に自分が混ざれなかったのが悔しいみたいだ。しかしすぐにハッとした顔をしてアーリサを振り返った。


「 あっ!言っとくけど違うわよ、アーリサ!

 私は別に嫉妬とかそんなつもりで言ったんじゃなくて、ただ……」


 そこまで慌てて捲し立て、しかしアーリサの表情が暗く元気がない様子に気付いて首を捻る。


「どうしたの、アーリサ?

 ……あっ、私が怒ったから?

 ねえ、アーリサ怒っちゃったの?

 ごめんなさい、ちょっと言い過ぎたかもしれないわっ」


 ロリーが慌ててアーリサの肩に手をかける。

 アーリサは緩く首を振ると「違うんです、怒ってなんか……」と弱々しく否定した。

 そんなやり取りに、僕も様子が気になってアーリサの顔を伺う。

 うん、怒ったというよりは 元気がない様に見える。やはり原因は彼女の母がいたことが関係しているのだろう。

話しは聞きたいが、僕もアーリサも今日はもう疲れているし、少し休んでからにするべきか……。


 そう考えて僕は二人に自室に戻るように声をかけようとした。すると そこへ突然 バーン!とロリーのように扉を開き、父が入ってきた。


「ハコル!無事かい!?」


 いつもきちんと整えている髪を少し乱し、軽く息を弾ませながら部屋の中を見回す。父はその険しく細められた森色の瞳に僕の姿ををとらえるとあからさまにホッと息をはいた。


「ハコルは無事よ!叔父様!」


 何故か僕の横でロリーが誇らしげに胸を張る。

 父はさっと髪をかきあげるとにっこりと微笑んで、大股でベッドの脇まで歩み寄った。


「よかった、心配したんだよ、ハコル。君だけでも無事で良かった」


 そう言って僕をぎゅっと抱き締める。

 僕はその言葉に引っ掛かりを覚えた。

 僕だけでも(・・・・)……?

 そう考えた途端に倒れる前の映像が頭に甦った。

 走り去る、馬車の荷台に乗せられた麻袋のふくらみと、そこからはみ出していた、白くてふさふさの、尻尾、が……!


「父上!まさかシロがっ!?」


 どうして思い至れなかったのか。悠長に寝込んでいた己が怨めしい。僕が抱き締める父の腕を押しやって訊ねると、厳しい表情が返ってきた。


「私もまだ出先から戻ったばかりで詳しいことは分からないが、賊に連れ去られたと報告を受けている。

 今足取りを追わせているところだ」


 父の言葉に血の気が引いていく。


「どうしよう、僕のせいでシロが……!」

「落ち着け!ハコル!」

「でも……!」


 遠くへ売り飛ばされていたら?

 壊されていたら?

 すぐに探し出さなければ こうしている間にも酷い目にあっているかもしれない。

 魔力が、尽きて止まってしまっているかもしれない……!


 思わず腰を浮かせた僕の両肩を押さえて、父が僕をベッドへ押し戻した。


「落ち着くんだ。闇雲に探し回っても見つけられない。わかるだろう?」


 判るはずだ、と父に目を見てもう一度静かに問いかけられる。

 その目から、言葉から、父が判断しろと言っているのだと読み取る。

 冷静に、対応しろと。

 分かってはいるのだ、頭では。

今僕が飛び出して行っても、なんにもならない。

情報も少ないし、からだの弱い僕では捜索の足を引っ張るばかりだ。


 僕は一つ息を吸って、深くゆっくりと吐き出した。焦る心を押し込める。

 そう、まずは少しでも情報を集めなければならない。確実に、シロを救い出す為に。



 僕がもう飛びださないのを感じて父が僕の肩から手を離した。

 僕は父に向けて頷くと、次にアーリサに目を据えた。

 アーリサは少し離れた所に立っていて、紙のように顔色を無くしていたが、僕と目が合うと一歩踏み出して、震える唇を開いた。



「伯爵様。賊の中に、私の母がいました」








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