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千年の時を越えて  作者: 月影 咲良
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 外から急に届いた慌ただしい様子に、僕とアーリサは驚いて顔を見合わせると窓から外の様子をうかがった。

 

 雪が音をすいとるのか、あまりはっきりとした声は聞こえないが、数人の帽子を被った男達と、女が一人うちの馬車を取囲んで何やら喚いている。

 僕は思わず舌打ちをした。

 お忍びで伴を連れずに来たのが仇になった。

 数人の大人を相手には僕が飛び込んでいっても勝ち目はないだろう。

 もし奴等の目的が僕の誘拐ならば、このままここで身を潜めているのが良いのだろうが、馭者とシロが心配だ。

 特にシロは珍しいから、下手をすると売り飛ばされてしまう可能性だって有る。


 僕は老神官に事態を伝え、近隣住民に声をかけてもらうように要請しようとドアの方へきびすを返した。

 もちろん誰かに街の警邏兵の詰所に走っては貰うが、間に合わない可能性の方が高い。

 ここは非力ながらも数の力に訴えたい。

 騒ぎになれば、やつらとて引かざるおえないだろう。

 そう思ってドアを開けると、僕の横をすり抜けてアーリサが駆け出していった。


「アーリサ!!だめだ!戻れ!」


 声を上げるがアーリサは振り向かない。

 黒い髪をなびかせてあっという間に外へ出ていってしまった。


「くそっ!」


 僕は悪態をつくと、調度お茶を酌んで運んできた老神官を捕まえて人を呼ぶように指示を出す。

 老神官は始めこそ目を白黒させていたが、手短に事情を話すと手近な部屋の暖炉から火かき棒を引っこ抜き僕の手に握らせて、一つ頷くと白く伸びた眉毛に隠された眼光を光らせた。

「ご武運を!持ちこたえて下されい!」って……何だか生き生きとしだしたな。


 驚く僕に良い笑顔を向けると、老神官は老人とは思えない素早さで裏口へと走り去っていった。


 僕は一瞬ポカンとしたが、すぐに気を取り直してアーリサを追った。




 ドアを開けると男達がアーリサを羽交い締めにしていた。

 馬車からシロも引きずり出されて麻袋を被せられている。馭者は馭者席の上でぐったりしていた。無事なら良いが……



「何で!?何で母さんがこんな奴等と一緒にいるの!

 何でこんなことするのよ!」


 アーリサが悲鳴のような声をあげた。

 彼女は怒りにその漆黒の瞳を煌めかせ、賊の中に一人いる女をねめつけている。


「わからない子ねぇ。あんたは伯爵様に騙されてるのよ。

 でももう大丈夫。母さんに任せておけば、全てが旨くいくんだから」


 そう言って女はほつれた長い髪をかきあげ、優しく諭すように笑った。


 これが、アーリサの母親?


 僕はその笑顔に違和感を覚えた。

 顔は美人の方に入るのだろうが、アーリサとはあまり似ていない。

 や痩せて神経質めいた尖った顎に小さな臼灰色の瞳。暗い赤茶の髪を後ろて緩くまとめている。

 ネズミのような顔のその女は、最近は朗らかに笑ってくれるようになったアーリサとは違い、どこか違う所を見ているような、そんな笑いかただった。

 それに、服装もおかしい。

 いくら今朝から雪深くて人通りが少ないと言えども、街中の真っ昼間から馬車を襲おうと言う賊の中にあって、彼女の格好は異質だった。

 他の男どもはその辺を歩いていそうな灰色や茶系の特徴のない服を着ているのに対して、彼女は派手な化粧を施し、豪奢な毛皮のコートに身を包んでいる。これでは目撃してくれと言わんばかりだ。





「おい、コイツが例の魔力持ちって言うあんたの娘か?」

「そうだよ。美人だろう?」

「まあな、これなら魔力以外でも高い値がつきそうだ」


 アーリサの腕を捕まえている男が下卑た笑いを浮かべる。


「ちょっと、妙な気を興すんじゃないよ!

 ちゃんと約束通りあの人のとこに連れてくんだからね」

「分かってらぁ。こちとら信用が第一なんでね」


 そう言ってアーリサをつかんだままシロを縛っている男に「行くぞ」とこえをかける。



「どこに行くつもりだ!」

「あぁん?」


 僕は火かき棒を握りしめながら声をはりあげた。

 一気に僕に注目が集まる。

 怪訝そうな顔をした男が僕を見て、「ちっ、グズグズしてっから坊が出て来ちまったじゃねぇか」と悪態をついた。

 そして濁った目で僕を見ると、ふん と鼻で笑って慇懃に礼をしてみせる。


「おやおや、火かき棒なんか持って、勇ましいですなぁ!ナイト気取りですかい?

 今日は坊には用はなかったんですがねぇ、まあ、見られちまったら仕方ねぇ」


 そう言って手下に軽く手で合図を送る。

 シロを運んでいた二人の男の内の一人が短めの剣を手にこちらに向かい、じりじりと間合いを積めてきた。

 後ろで「殺すなよー」などとアーリサを掴んだ男が笑う。

 僕は火かき棒を強く握りしめた。


 恐い。


 授業で剣術は習っている。

 でも実践は初めてだし、そもそも体調不良であまり練習に参加できていない。

 腕前はかなり酷いはずだ。


 相手の髭面を睨み付ける。


 おそらく勝てないだろうな、と謙遜でもなく思う。

 でも勝たなくても良いんだ。僕のやることは、老神官が応援を連れてくるまで持ちこたえることだ。

 それまで、何とか……



 キン!


 男が飛びかかってきた。

 僕はそれを何とか授業の型通りにながしながらからだの位置をずらす。

 利き手の方へ。


 巧く捌けたのは奇跡としか言いようがなかったが、男は「お?」という顔をした後、苛立ちをあらわにする。

 僕は男が再び剣を振り上げる前に男の膝裏へ火かき棒を叩き込む。

 打撃はあまりないが、突然自分の膝がカクンと前に出たせいで男がバランスを崩した。


 やった!


 僕は素早く棒を振り上げて追撃を加えようとする。

 しかし、その瞬間視界がぶれた。

「ハコル!」とアーリサの僕を呼ぶ悲鳴が聞こえた気がした。


 え?


 何が起こったのか、その時は分からなかった。

 ただ、強い衝撃を受けて世界が回る。

 どさりと背中から地面に落ちたが、あまり衝撃は無かった。

 地面に雪が積もっていて良かったな、とどうでも良い感想が頭をよぎる。

 腹に重く響く衝撃の名残で、僕は自分が腹を殴られて無様に吹っ飛んだ事を知った。


「フン、このくそガキが!調子こきやがって!」

 男のわめき声に、アーリサを捕まえている男が「おいおい、ガキ相手に本気になるなよぉ、情けねぇ」とヤジを飛ばすのが聞こえた。


 僕はすぐさま立ち上がろうとするが、呼吸が乱れて息を吸う度に咳き込んでしまう。

 しまった、こんなときに発作なんて……!


 そんな僕を見下ろして、男は勝ち誇った笑いを浮かべた。僕の腕を乱暴に掴むと後ろ手に捻って引きずるようにして歩かせる。

 伯爵家の横には、先程は窓からは見えなかったが、幌のついたおんぼろの馬車が横付けされていた。

 中からシロの尻尾が見えている。

 男が僕の背を押して幌馬車に乗るように促す。


 ダメか……!


 そう思った時、空をつんざく奇声が辺りに響き渡った。



「きぃえええぇえぇええええぇぇ!!!!」


 その嗄れた老人の声と共に、パシン!パシン!という音が重なる。


 何事かと振り返ると、アーリサを捕まえていた男に倒れていたはずの馭者の老人が馬用のムチを何度もあてていた。

 男は不意をつかれてアーリサを手放すと、「やめろ!痛い!」と悲鳴をあげている。


「ハコル様ぁああぁ!お逃げくだされぇいいいい!!!!」


 賊の男を追いたてながら目を血走らせて馭者が叫ぶ。

 その隙をついてアーリサが駆け出し、僕が殴られたときに落とした火かき棒をつかんで構僕の方に走ってくる。


「ハコル!今助けます!!」

「来るな!アーリサ、逃げろ!!」


 僕を捕まえていた男は、発作に喘ぐ僕はすでに逃げられないと踏んだのか手を離すとアーリサに向き直った。

 視界の端で馭者に攻め立てられていた賊がすらりと剣を抜き放つのが見える。



 いけない!





「ハコル様あぁぁぁああ!!!

 ご無事ですかあああぁぁあ!!!」


 僕が最悪の事態を想像して焦りを覚えたその時、待っていた老神官の雄叫びのような声が届いた。

 回りを見れば、手に手に棒や武器を持った近隣の住民たちが続々と集まってきていた。

 騒ぎに気づいた人々も、人が増えたことで安心してか、窓から次々に顔を出す。


「ちぃっ!長居しすぎだ!

 引き上げろ!」


 馭者のムチを剣で払った賊がそう声をかけると、仲間たちもいまいましげにしながらも慌てて幌馬車に乗り込み、馬を走らせた。

馬車はあっという間に小さくなっていく。


 わあわあと僕の方へ駆け寄って来た老神官と街の人々に囲まれながら、しかし僕の視界はすでにほとんど色を失っていた。


 薄れ行く視界の端に人垣を掻き分けて現れたアーリサの顔が見えた。

 アーリサが瞳を濡らして僕の手をとる。


 泣かないで……


 そう言って涙を拭いてあげたいのに、僕の手はもはや自力で動かすことは出来なかった。

 それをもどかしく思ったのを最後に、僕は意識を手放した。



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