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千年の時を越えて  作者: 月影 咲良
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教会

 アーリサのおかげですっかり調子が良くなった僕は、足しげく書庫に通った。しかし念入りに調べたが結局それらしい物は見当たらない。

 僕はすっかり行き詰まってしまった。

 いったい母はどこから魔術を知ったのか?

 考えてもなにも思いつかない。

 それもそうだろう。母が亡くなったのはまだ幼い頃だったのだ。そもそも母の記憶自体がおぼろげなのだ。


 そこで、古残のメイドにそれとなく母のよく行っていた場所を聞いてみると、どうも街にある教会に定期的に足を運んでいたらしいと分かった。

 もしかしたらそこに手がかりがあるのかもしれない。

 あまり外部に有ることは考えにくかったが、今はそれしか手がかりがないのだから仕方がない。

 僕は早速教会に行く馬車を用意させた。

 あれから体調も良いし、一人でさっと行って帰ってくれば問題ないだろう。

  そう思っていたのだが……


「遅かったですね、ハコル。さあ、行きましょう」


 馬車に乗り込もうとすると、中にアーリサが座っていた。


「……やあ、アーリサ。どうして君がいるのか聞いても?」


 僕が驚きを何とかやり過ごして訊ねると、アーリサがにっこりと笑って

「シロさんに一緒に行くようにと言われました。

 ハコル、よく一人で出掛けては出先で倒れたりしていたそうですね?シロさんと相談して、私がお屋敷に滞在する間は、ハコルがお出掛けの時にはなるべくお供することにしました」と引かない構えだ。

 確かにアーリサがいた方が安心は安心なので、僕は自分を少し情けなく思いながらも了承した。



 僕らをのせた馬車は雪の中を協会へ向かって走り出す。

 箱形の馬車は風が入らないので外にいたときほどの寒さはないが、それでも手足は冷える。

 僕らは暖めた石を入れた包みを掴んで暖をとった。


「それにしても、シロにあったのかい?

 僕は最近全く見ていない」


 魔力が涸渇しかけているなら仕方がないと思いつつも、自分の居ないところでの目撃情報に思わず口を尖らせると、アーリサが言いにくそうに口を開くいた。


「ハコル、シロさんはハコルがシロさんを嫌いになったのだと思っているみたいですよ。この間ハコルがシロさんのてを払って私から魔力を貰うと言ったのも、そのせいだ、と。だから、わざと隠れているんだと思います」

「は?何故僕がシロを嫌わなければならない」


 思いもよらない言葉に僕は眉を潜める。確かに手を払ったが。でも長年共にいたのに、それだけで?


「さあ……。

 ただ、シロさんが言うには、ハコルが伯爵様とお話をしたら、きっとハコルは自分の事を許せないだろうから、後は私に頼みたい、と」


 アーリサの言葉で、僕は父と話をするように と言ったときのシロの顔を思い出した。

 悲しそうな顔をしていた、あれはもしかして母の命を受け取ってしまったという負い目からだったのか。


「ハコル、差し出がましい事を申しますが、シロさんともお話をしてあげてください。誤解があるなら……」

「僕は、話そうにも顔をみていなくてね」


 アーリサが言い募るのに淡白に返す。

 その答えが薄情に聞こえたのか、アーリサが更に言い募る。


「では、私からハコルの所へ行くようにとお伝えしておきますから」

「いや、その必要はない」

「え?」


 僕は一つため息をつくと小さな四人乗りの馬車の中で腰を浮かし、向かいに座るアーリサの隣に座る。

 アーリサが慌てて「ハコル!?」と声をあげるが、構わずに彼女の顔の後ろに有る御者窓を持っていたステッキでカンカンと叩く。

 窓にはめられた板がスライドして御者席の助手席に座っていた男の帽子が覗いた。

「お呼びですか?」とくぐもった声で答える男に向かって素早く窓から手を伸ばすと、僕はその帽子を引ったくった。

 帽子の下から真っ白な毛並みが現れる。

「にゃあ!?」と間抜けな声が響いた。


「シ、シロさん!?」


 アーリサが両手で口元を押さえて驚きの声をあげる。

 どうやらアーリサは知らなかったようだ。


「何を仰いますやら!私はただのしがない馭者見習いでございます」


 シロが手で顔を隠しながら必死に隣の馭者の帽子を引ったくって被り直し、子供のような声で反論してくる。

 

「そんな猫じみた人間が他にいてたまるか」


 僕は脱力して言うと、本物の馭者に声をかけて馬車を止めさせる。

 シロには馬車の中に来るように言い、シロの被っていたふかふかの帽子は、シロに帽子を剥ぎ取られたせいで寒そうな白髪頭を晒している馭者にあげた。

 シロはしばらく往生際悪くしていたが、窓から入る冷気で僕がくしゃみをしたので、渋々馬車の中に入ってきた。



「何故私だと分かったのですか?髭もきちんとしまっておりましたのに」

「始めからだ。尻尾が出ていた」

「なんと!」


 盲点!と残念がるシロには悪いが、全く盲点でもなんでもない。

 むしろ何故そこを忘れられるのかが分からない。

 アーリサが「凄いです、ハコル!私は全く気づきませんでした」とこちらも惚けた事を言っているが、聞かなかったことにする。



「それで?何故馬車に乗っていたんだ。変装までして」


 アーリサの隣に座ったまま、向かいに腰掛けるシロをねめつける。

 シロは少し目を伏せると「ハコルさまの近くで過ごしたかったのです」と言った。


「ハコルさま、お父上からお話をきかれたのですよね?」

「ああ。母が死を悟って自分の魔力を全てシロに預けた、と聞いた」

「申し訳ありません……」


 シロが髭を下げてションボリとするのに、僕は少し腹が立った。


「何故、お前が謝る」

「それは、私がハコルさまのお母上の命を受け取ってしまったからです。

 受けとるべきではなかった。そうすればお母上は、もしかしたらもう少し長らえる事ができたのかもしれないに」

「そしてシロは止まり、僕は死んだかもしれない」

「それは、でも……アーリサがおりますし」

「アーリサがもし現れなかったら?」


 もし、ばっかりだ。

 結局のところ誰も未来の事など分かりはしないのだ。


「シロ、僕は母上がした事を良いとも悪いとも言わないよ。母上が、その時の最善だと判断して魔力を託してくださったんだからね」


 シロの真っ白な毛で被われた顔にてを伸ばす。

 頬の辺りに手を埋めて軽くかくと、シロがションボリしながらも、習性でか少し顎をあげて金の目を細める。ふかふかの毛皮がとても冷えていた。


「そしてシロが魔力を僕に与え続けてくれたから、僕は長らえてきた。僕はシロがいてくれて良かったと思っているよ。……これからも、ずっと側にいて欲しい」

「ハコルさま……」


 シロは返事にに困ったように髭を下げたままで、喉だけゴロゴロとならした。

 シロは分かっているのだ。自分の活動時間があまりない事を。だが、それを僕に告げる気はないらしい。


 ふん、かまわないがな。


 僕はさらに強くシロの顎をワシャワシャとかき回した。

 必ず古の魔術を調べて、シロを救ってみせる。

 そして、老後は伯爵邸のバルコニーでシロの毛皮を枕に日向ぼっこをしながら、今のこの時の事を笑い話にしてやるんだ!




 しばらくして教会の前で馬車が止まった。

 街の大きな協会は すっぽりと雪に埋もれている。

 それでも訪れる人々の為、辛うじて人一人が通れるくらいの雪だけが入り口までかいてあった。


 僕はシロには目立つから馬車の中で留守番をするようにと言いつけて、アーリサと馬車を降りた。

 シロが寿命が短いことを黙っているのだから、僕も黙っていようと思った。

 細い雪道を抜けて教会の中へ入ると、他に参拝者もなくしんと冷えていた。

 奥へ進んで神の像の前でアーリサと祈りを捧げていると、人の気配を察してか奥から年老いた神官が出てきた。


「これはこれは、ハコル様。この寒い中をようこそお越しくださいました」

「少し訊ねたい事があってね」

「はい、お伺いいたしますが……込み入った事でしたら、寒いお堂ではハコル様のお体にさわりますので、奥にいかれませんか?狭い所で恐縮ですが」

「いや、まず少し訊ねたい。

 ここに母が生前よく通っていたと聞いたのだが、その時にここで本を読んだりはしていなかったか?」


 神官の提案を遮り、僕は話を進めた。

 うっかりシロに屋敷へ連れ戻される前に、知りたいことを調べてしまいたい。

 神官は少し首を捻りながら、記憶を探り探り答える。


「サラナレア様が、ですか?…… いえ、特にそういったことは無かったかと」

「そうか……。誰かと会ったりといったことは?」

「それは、お知り合いの方にお会いになれば少しお話をされたりといったことも御座いましたが……。しかしお祈りをされた後はほとんど直ぐにお帰りになっておられましたよ。……あまり、お体が丈夫ではあられなかったので」

「そうか……」


 僕は一応 教会の蔵書を見せてくれるように頼む。


「かしこまりました。

 因みに、どういった事をお調べかお伺いしても?」

「古の魔術について調べている。……魔力で人形を動かす方法を」


 老神官は僕の言葉を聞くと、思い当たる節があるのか、何も言わずに一つうなずいた。

 僕はアーリサの様子を伺う。

 するとアーリサと目があった。しかし直ぐにさっとそらされてしまう。僕は確信した。



 神官の書斎に通された僕は本を見てまわった。

 その間に神官が暖炉に火をくべてくれた。

 お茶をいれます、と神父が一礼して席をはずし、書斎に沈黙が降りたところで 本を物色しているアーリサに静かに声をかけた。


「アーリサ、君は知っていたんだね。シロが、もうあまりもたないということを」


 パキン、と小さく薪がはぜた。

 アーリサの背中が びくっと震えて動きを止める。

 そして本棚に伸ばしていた手をゆっくりと下ろすと、小さく「はい」と答えて振り向いた。


「いつから?」

「伯爵様と雇用契約を結んだ後、シロさん本人から伺いました。……自分は、もうあまり長くはないから、と」


 眉をハの字に下げたアーリサが、困ったように言った。


「ごめんなさい、黙っていて。でもシロさんに、ハコルには心配させたくないからって言われて……」

「そう……か」


 再び書斎に沈黙が下りる。

 考えてみれば、アーリサが知っていても何ら不思議はない。

 彼女はシロの後を継いでくれる存在だ。後々の為に引き継ぎをしているだろう。もしかしたら、もっと詳しい話も聞けるかもしれない。

 そう、たとえば後どのくらいシロは起きていられるのか、とか……


 その答えを聞くのは少し怖い。

 僕は冷気を伝える窓辺へ寄ると近くの壁に背をもたせた。手が、震えるのは寒さのせいだ。

 そう自分に言い聞かせて口を開いた。


「アーリサ、僕に手を貸してくれないか?

 君の知っている事を教えて欲しい」


 アーリサが僕をじっと見つめるのが気配で分かった。僕は彼女の返事を待った。少しの時間が長く感じられる。

 やがてアーリサはポツリと答えた。


「聞きたくないお話を、聞いてしまう事になるかもしれませんよ」

「かまわない。今聞かずに、何かが手遅れになることこそ最も避けたい」


 僕の返答を聞いたアーリサは少し目を見開くと、ふっと自嘲ぎみに笑った後、再び顔を引き締めて口を開いた。


 ……しかし、その声は音になる前に外の喧騒にかきけされた。




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