七話 てのひらの天文術式
ギフト=天文術式が判明してから、ぬか喜びになるのではと不安になって再計算をして間違いが無い事を確認し、そのままパーティーになだれ込んだ。と言ってもお高いワインを空けて、冷蔵されていた高い肉のステーキで豪華なディナーを取っただけだが。サララはワインの代わりに果物ジュースである。
その日は興奮して眠れず、夜通しトリウィアとこれまでの苦労をしみじみと振り返ったり、これからの展望を語り合ったり。天体観測を始めてから、記録を付け忘れてしまったのはこの日が初めてだった。
ギフトが天文術式由来のものならば、その法則性を解き明かす事で、ルタオが持つ力を解剖できる。ルタオの力は飛び抜けた長寿による呆れるほどの数と質のギフトにあるのだ。
そう簡単に「全部分かった!」とはいかないだろうが、はっきりした道が見えたのは嬉しい。もしも自由にギフトを打ち消したり、剥奪したりできるようになれば、最強の生物も敵ではない。そのあたりが可能かどうかも含め、可能性に溢れた未知の道が拓けたのだから、これでテンションが上がらなければ研究者ではない。
大発見から一夜明け、昼頃に自室のベッドからのろのろと起きだした俺は、既に起きていたトリウィアから一冊の本を渡された。
「これは?」
「昔話や伝説の類を纏めたものだね。今まで気にも留めていなかったものだけれど、ギフトが天文術式であると考えると見えてくるものがあった」
言われて付箋の挟まれたページを読んでみる。それは三つ子の英雄の昔話で、ある時、同じ場所で星を見ていた長男と次男は同時に同じギフトを手に入れ、別の場所にいた三男は得られなかった、という下りがあった。これが元でハブられた形になった三男は兄達との間にわだかまりを持ち、ドロドロした展開になっていったようだが、それはどうでもいい。
「この伝説が史実に基づいていると仮定して……同時に生まれた三つ子なら同時にギフトを手に入れてもおかしくない。そうならなかったという事は、場所もギフトの取得に影響している? 海抜か、緯度か、経度か」
「可能性は高いね。天文術式的に言えば、土地が違えば空に見える星の位置も違うわけだから」
「屋内にいるか屋外にいるか、空が曇っているかどうか。星の光を直接浴びているかどうかも関係あるかもな」
額を突き合わせて考察を重ねる。
あれやこれやと話し合い、途中からサララも加わり、ギフト持ちならではの視点から意見をくれた。
昨日のパーティーの残り物を温め直してつまみながら、討論は夜まで続いた。
データが足りない、という結論に至った。
なにしろギフト持ちのサンプルが二人しかいないのだ。サンマとマグロを調べただけで、海の生態系を理解できるだろうか? 無理に決まっている。それと同じで、もっとサンプルを増やさないと全体像はつかめない。
過去にトリウィアがギフトについて研究した資料はあったが、記されている情報には天文的な視点が致命的に欠けている。これでは実質役に立たない。原始人レベルの天文学しかないこの世界のどこを探してもギフトと天文を関連させたデータは無いだろうし、あったとしてもいいとこ小学生並の精度だろう。
現代天文学に精通した俺かトリウィアが市井に下り、ギフト持ちを探し、データを集めていくしかない。
地道なデータ採り(星図作り)のおかげで道が開いたと思ったら、その先に待つのはまた地道なデータ採り。だが仕方ない。
発明王トーマス・エジソンも言っている。天才とは1%の閃きと99%の努力だと。色々な解釈のある言葉だが、俺は「99%の努力の末に1%の閃きが得られる」か「1%の閃きを実用化するために99%の努力が必要」かのどちらか、と考えている。どちらにせよ、ちょっとしたアイデアを思いついただけで全て解決、などという美味い話は無い。寝ている間に妖精さんが全部やってくれないかな、と期待するがそんなファンタジーな事はこのファンタジーな世界ですら無い。おお神よ。
善は急げ。次の日から、早速トリウィアが下山して市井を回る事になった。俺とサララは留守番だ。
ギフトの研究はするが、天体観測も続けなければならず、誰かは屋敷に残らなければならない。まずサララは下手にあちこち動き回って再びルタオに捕まると危険なので、留守番。俺かトリウィアのどちらかは天体観測を続けなければいけないが、トリウィアが残るとこの世界の社会を知らない俺が一人で街を巡る事になる。言うまでもなく、無茶である。従って選択の余地なくトリウィアに足で稼いでもらう事になった。
スラエ版天文術式作成の時もトリウィアに歩き回ってもらったし、正直負担をかけてばかりで申し訳ない。
屋敷の玄関の前で、旅立つトリウィアを二人で見送る。三角帽を被り、防寒用マントとコートを身に付け、右目には繊細な細工が施された金の鎖付きの片眼鏡。これぞ魔女。杖を持っていれば完璧だ。
「では、行ってくるよ。成果は定期的に手紙で送る」
「無理するなよ。押し付けてばかりの俺が言うのもなんだが」
「そう卑下する事は無い。アマノには充分過ぎるぐらい助けられているさ」
そう言ってトリウィアは薄く微笑み、少し躊躇ってから俺に軽いハグをしてきた。
お、おお。欧米的別れのアイサツか。含むところは無い、そうだな? 友愛しか込められていないとは思うがドキッとしてしまう。くそ、これだからDOUTEIは。
トリウィアはサララともハグをした。サララはぎゅっとトリウィアにしがみつき、名残惜しそうに離れる。
せめて、と俺が手作りした三日分の保存食を渡していると、サララは自分の金髪を手で梳いてさびしそうにぽつりと呟いた。
「私も黒髪だったら良かったのに」
「ん? サララは黒が好きなのか?」
「……黒髪なら本当の親子みたいだから」
俺とトリウィアは顔を見合わせ、サララを挟んで抱きしめた。
湧き上がる熱い感情に言葉が上手く出てこない。これが……父性?
「サララ、手紙は毎日出そう。アマノといい子で待っているんだ」
「分かった」
「良い返事だ。なるべく早く帰るよ」
トリウィアは最後にサララの額にそっと口づけすると、俺に手を振ってふわりと浮き上がり、滑るように空を飛び雲海の下に消えていった。
サララと過ごす二人の日々が始まった。トリウィアから言い含められていたのか、掃除、炊事、洗濯などはサララがやってくれた。
子供に家事をさせて自分は研究(趣味)に没頭というのは心が痛かったので手伝おうとしたが、やんわり断られた。
「アマノもトリウィアも、私のために頑張ってくれているから。私ができる事は、私に任せて欲しい」
「お、おう」
あっさり言いくるめられて引き下がる。確かに俺は俺で呪いを解くべく研究に集中した方がサララのためになる、のか。
だからといって子供に働かせるのもどうかと思うが……いや、子供扱いし過ぎるのも良くないのかも知れない。できる事をさせる、というのも教育には重要だ。多分。
出張中のトリウィアからの便りは毎日竜書で届いた。
竜書。簡単に言えば伝書鳩の上位互換だ。大型の猛禽ぐらいの大きさの小型竜が、空を飛んで手紙やちょっとした小物を届けてくれる配達サービスである。
この世界にも伝書鳩はあるが、時々道に迷ったり、野生に帰ってしまったり、捕食されたり、捕獲されたりして荷物が届かない場合がある。その点、竜書は配達達成率がほぼ100%らしい。小型とはいえ腐っても竜。頭が良いから道に迷わないし、強いから捕食もされない。飛行速度も鳩の比ではなく、運べる荷物の大きさ、重さも鳩の軽く三倍はある。馬車が通れないような悪路、荒海も難なく飛び越える。
その分、伝書鳩よりも値が張る。調教が難しいし、数も少ないのだ。竜書は王侯貴族かよほどの富豪でないとまず一生利用する機会はない、とはサララの談である。
そんな竜書を毎日送ってくるトリウィア。ありがたいけど一体どれだけの大金が溶けてるんですかね……聞くのが怖い。換金用の宝石や魔道具類を幾らか持って行ってはいるようだが、金はもつのか。
しかし金をかけただけあって、手紙が届かない日はなく、また手紙に書かれたデータも質と量が伴っていた。どうやらどこぞの権力者を「説得」して、ギフト持ちを集めるようにお触れを出したらしい。集まったギフト持ちから情報を聞き出してまとめるだけの簡単なお仕事だ。いや実際そんなに簡単ではないだろうが。トリウィアも無茶をやる。まあこの世界の準最強格、竜騎士を倒せるぐらいだから早々身の危険はないだろう。糞ドラゴンが出しゃばらないかどうかだけが心配だ。
さて。トリウィアからの情報をまとめた事により、思ったよりも早く、三ヶ月ほどでギフトの法則性の輪郭が見えてきた。既存の天文術式に通じる部分が多かった事も大いに助けになった。
まず、全ての生物は生まれた時の星辰を自分の体に記憶するらしい。自分が生まれた時の月の位置はここ、極陽との距離はこれぐらい、他の極陽系惑星との位置関係はこう、という情報が肉体の奥深く、あるいは魂とも呼ぶべきモノに刻み込まれる。仮にこの刻み込まれた天文情報を「星座」としよう。
この「星座」が偶然にも天文術式的に意味のあるもの……例えば発火術式に対応した星辰だった場合、即座に発火のギフトを獲得する。生まれついてのギフト持ちが生まれる訳だ。
「星座」が天文術式的に何の意味も無い配列だったとしても、まだギフト獲得のチャンスはある。自分の「星座」と人生のある時、その日その瞬間の星辰が上手く合致し、共鳴? すれば、新たに天文の力を受け取り、「星座」に追記されてギフトに目覚める。
また、現在地も重要だ。
当然の話だが、おおよそ球形をした惑星に住んでいる以上、緯度と経度によって空に見える星の配置は異なる。同時刻でも、ある場所では見える星が別の場所では見えない、という状況は容易に起こり得る。空の星の配置が違えば、その力の作用の仕方も変わる。「星座」が同じ人間であっても、別の場所にいれば、一方がギフトを手に入れ、もう一方はギフトを手に入れられないという事になる。
つまり。
生まれた時の「星座」。
星辰。
自分がいる緯度と経度。
この三つがギフト獲得に影響する。この三つの条件を揃えれば、理論上は同じ強力なギフト持ちを量産できるのだ。
ただし問題もまだまだ多い。
なにしろ三つの条件の相関関係とその結果がよく分かっていない。
ギフトの獲得に三つの条件が関係している事は分かっても、どの条件がどう作用してどのギフトの発現に繋がっているかが分からない。
大雑把に言えば、鉄と火薬があれば武器を作れる、とだけ分かったようなものだ。加工法次第で多種多様な武器に化けるが、その加工法が分からない。
材料が分かっただけ大進歩ではあるのだが、まだまだ研究が必要だ。現状では、条件を整えて狙った種類のギフトを獲得する、というのは不可能である。
具体的なギフト獲得の法則を知るには、更に多くのデータが必要だ。トリウィアの続報が待たれる。
しかし、だ。
トリウィアの頑張りの結果を、親鳥に餌を強請る雛のように口を空けてピーピー鳴いて待つだけ、というのも馬鹿馬鹿しい。俺には俺で出来る事はある。無駄に毎晩の天体観測を続けている訳ではないのだ。
惑星の公転軌道は平面に並んでいるわけではない。
天文知識がある人ならば何を当然の事を、と思うだろう。しかしこれが重要なのだ。
地球は太陽系第三惑星。太陽系は「すいきんちかもくどってんかい」、つまり太陽に最も近い公転軌道を描く水星から、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星と八つの惑星を持つ。これに対し、極陽系は七つの惑星を持つ。この「7」という魔法的に強い意味を持つ数がスラエ版天文術式の強力さに繋がっているわけだがそれは置いておくとして。
宇宙に上下左右は無いが、あえて妙な表現をするならば、太陽系の各惑星の公転軌道を図にして「上」から見ると、太陽を中心点とした八重の円を描く。この円の軌道を縮小・トレースして銅板に刻み込んだモノが地球版天文術式の基礎となる。だから天文術式が刻まれた銅板は「円」が基礎であり、魔法陣めいて見えるのだ。
極陽系は七つしか惑星が無いから、スラエ版天文術式なら七重の円が基礎となる。
さて、この惑星の軌道を表した円だが、銅板……平面に刻むと必ず誤差が出る。
惑星の軌道は正円ではない、微妙に歪み、楕円になっている。これだけなら良いのだが、角度もズレている。上からみれば平面上の多重の円だが、横から見れば「―」のように直線上には重ならず、「×」のように交差する。つまり、立体的な軌道を描いているのだ。
三次元の軌道を描く惑星の公転軌道を、二次元の銅板に記述する――――その時点で既に無理がある。いや、数学的にXYZ軸を使えば記述する事はできるだろうが、XYZ軸という概念がそもそも人間が考えたモノであり、自然界には通用しない。極端な話、太陽に向かって正義と悪を語るに等しい。
三次元の軌道を再現したければ、三次元を使うのが最も正確で、スマートなのだ。その方が天文術式の威力・精度も高くなる。
そこで俺は水晶を使う事にした。
球状に磨き上げた水晶を、真っ二つに割る。
切断面に高山クラゲの体液を利用した着色溶液で円を描き、円の上に小さな点を作るように液を垂らす。
それができたら一度水晶を張り合わせ、星図を見ながら今度はほんの少しだけ角度を変えてまた真っ二つに割る。
切断面に高山クラゲの体液を利用した着色溶液、前回と色を変えた溶液で円を描き、円の上に小さな点を作るように液を垂らす。
そしてまた張り合わせる。
これを七回繰り返す事で、水晶の中に立体的に極陽系を再現できる。天体観測を地道に続けたおかげで、極陽系惑星の軌道がそれなりに正確に分かっていた。
更に高山クラゲの体液を使ったため、水晶の中に閉じ込められた溶液は発光し、一つの光点を中心にした七つの円上の七つの光点を形作る。
立体的な、水晶式の天文術式。これにより銅板式よりも飛躍的に正確性、精密性を増した。おかげで天文術式に付随する無駄なエネルギーロス――――振動も無くなった。
光点の明度調節や、溶液の配色、円と円の間隔の取り方など、実際に水晶式天文術式を完成させるまでには千回近い失敗があった訳だが、その失敗すら成功の感動を高めるスパイスになった。やり遂げたのだ。誰でもない、自分自身の力で!
「特にこれの凄いところはだな、透明度の高い水晶を使う事で、星の光をほぼ100%受け取る事ができる事なんだ。粘土や木に立体術式を刻んだらこうはいかない。ガラスでもいけると思うが、この世界の技術だとまだ透明なガラスの生産は難しいみたいだからな。水晶に入った星の光が屈折してしまう事による精度低下と術式の立体化による精度上昇を差し引くと、約16%の上昇が見込める訳で、これは……」
完成した水晶を振り回しながら興奮して三時間ぐらいサララに熱く語ってしまった。半分ぐらい伝わらなかったようで反応が薄かったのが悲しい。
うん、まあ、サララにはまだ早かったか。次に来た竜書に返信してトリウィアに語ろう。全力で語ろう。フフフフ……やってやったぜ。どやぁ。
研究と開発は日を追う毎に、少しずつ、確実に進む。
水晶式天文術式には握りこぶし大の球体の水晶を使っている。光の反射角度や術式構成の都合上、それが最も効率的だからだ。
しかし、球形の水晶は転がる。よく転がる。ちょっとそのへんに置いておくとコロコロ転がっていく。しっかり固定しておかないと危なっかしくて仕方ない。
最初は台座につけていたが、持ち運びが少し面倒だった。台座をつければ確かに転がらないのだが、台座を幾つも抱え持つと落としてしまいそうになったり、台座に水晶が擦れてキズがついたりしてしまう。
そこで、持ちやすいように柄をつけてみた。これなら柄を纏めて持って運べばいいし、傘立てのようなケースを作って刺しておけば場所もとらない。なんなら横に寝かせて置いてもいい。柄の材質は調達しやすい木だ。
柄を付けた天文術式水晶の使用感に満足して、三日ほどしてふと気付いた。
これ、どう見ても魔法の杖じゃないか。
光を閉じ込めた球体の水晶を先端に付けた、1mほどの木製の棒。まごう事無き魔法の杖である。
オウ、ジーザス。効率を求めて改造していっただけなのにファンタジー化した。どういう事だこれは。何かに導かれたのか。
……いや待て。逆に考えよう。ファンタジーな魔法の杖も、結局はファンタジーなりの効率化の産物だったのではないか。
地球世界の過去に存在した魔法使いも俺と似たような結論にたどり着き、似たような天文術式を利用した魔法の杖を作っていたのだ。そして長い歴史の中で、天文術式という本質は失伝し、木の棒の先端に水晶を付ける、という表面上の形式だけが残った。
そう考えると驚くほどしっくり来た。神話や伝説には大抵、元になった事実が含まれている。歴史学者の間でよく言われる事だ。ファンタジーもまた然りである。
うーむ、ファンタジーもあなどれない。案外、過去の伝説や神話を注意深く紐解けば更に天文術式の手掛かりは眠っているのかも知れない。
水晶天文術式について竜書でトリウィアに伝え、ついでに竜書や旅費の代金について足りているのか、という確認をしてみたところ、問題無いという返事が来た。
どうやら、旅先で天文術式を刻んだ銅板を作って売って稼いでいるらしい。素人目には毛色の変わった魔道具にしか見えないようだが、その道の人間には価値が分かる。天文術式には、魔道具に必ず伴う経年劣化が無いのだ。好事家やその道の研究者が高く買うため、むしろ屋敷を出発した時よりも懐は暖かくなっているとか。
これは二重の意味で喜ばしい事だ。
俺はそうだし、トリウィアもそうだと思うのだが、俺達は天文術式の知識の独占を考えていない。むしろどんどん広まればいいと思っている。
天文術式の知識が広まり、興味を惹かれて利用・研究する者が増えれば、それだけ開拓は早く進む。俺やトリウィアが思ってもみなかった新境地を見出す人も現れるかも知れない。俺達が求めているのは、名誉ではなく知識なのだ。魔法を使いたい、魔法の真実を知りたい、魔法の果て無き果てを極めたい――――そのために誰かが力を貸してくれるなら拒む理由はない。
天文術式の可能性が広がり、トリウィアの懐も温まる。天文術式銅板販売は一石二鳥の名案だった。
俺が水晶式について知らせてからは、販売品を水晶式に切り替えていくそうだった。パッと見で怪しい記号や線が刻まれたただの銅板よりも、光点を封じ込めた神秘的な水晶の方が「それらしい」。マーケティングにおける第一印象は重要だ。トリウィアの旅先での経済事情は気にしなくても良さそうだった。
俺が成した事が、確かに旅先でトリウィアの助けになっている。離れていても、ちゃんと繋がっている。天文術式の成果ももちろんだが、それが何よりも嬉しかった。
トリウィアが屋敷を発って一年。竜書でそろそろ一度帰ろうかと考えている、と送られてきた。
確かに近隣のギフト持ちのデータは一通りは集まった感がある。これ以上のデータ集めはかなり遠出する必要があるだろう。トリウィアに会いたいし、じれったい手紙でのやりとりではなく、顔を合わせてテンポよく意見交換をしたい。
トリウィアが帰ってくるまでに新しい発見を纏めておこう、と、俺は手紙を丁寧に引き出しにしまい、小型竜に返信の手紙を持たせ、書類を山と積んだ机の上に向き直った。
データが集まったおかげではっきりしたのだが、生物は強力な天文の受信媒体らしい。
天文術式は星の力。星の力を星の光を通して受け取っている。これが銅板・水晶式の常識だった。
しかし、ギフトはそうではない。
生まれつき、ギフトを持っている人間がいる。その人間は天文の力をその身に宿して生まれた訳だが、その人間は生まれた瞬間に星の光を浴びていたのか? 屋外で出産したのか?
否である。ちゃんと外の光が差し込まない屋内で出産しても、生まれた時空が曇っていて星の光が届かなくても、しっかりギフトを得ている。
生物は星の光を介する事なく、星の力を受け取る事ができるのだ。
銅板・水晶式は星の光を介し、星の光が切断されると無効になる有線ケーブル。
生物は星の光が遮られても天文の力そのものは突き抜けてくる無線LANといったところか。
この原理を解明し、上手く利用できれば、雲に邪魔されないツェーヴェ霊峰ではなく、地上でも天候に左右されず安定して天文術式が使えるようになるかも知れない。
更に生物が星辰を記録する「星座」。これを上手く連動させれば、まだアイデアはまとまっていないが、もっと使い勝手をよくできるかも知れない。
両方とも、かも知れない、だ。失敗に終わるかも知れないし、成功しても思ったものと違う結果になるかも知れない。やってみなければ分からない。
どうせやるなら楽しんでいこう。サララの命がかかっているが、追い詰められた心で余裕なく齧り付くように研究するよりも、明るくリラックスして研究した方がきっと良い。
もし解呪が間に合わなかったとしても、死にゆくサララに暗い思い出を残してしまうよりは――――
……いや、よそう。
ネガティブに沈みそうになった思考を振り払う。俺は紅茶を持ってきたくれたサララに笑顔を向け、またデータとの格闘を始めた。
たぶんエピローグ含めてあと二話で完結。小休止の日常編挟もうかとも思ったけど内容思いつかなかったから書きたいことだけ書く事にします。といっても書きたいことはもう九割は書いてしまったので、次話で残り一割を書いてあとはエピローグという流れになりそう。