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魔女のお仕事・第一歩

開けて翌朝。昨日は師匠の爆弾投下によるダメージで朦朧としたまま帰宅し、そのまま力尽きて夢の世界に旅立ったので、私は非常に気分の悪い目覚めを迎えていた。ひとまず、現実逃避の一環としてやるべきことをやっておくことにする。影にしたドラゴンの素材の中で、肉など熟成が必要な物を倉庫で元に戻し、痛まないように処理していく。


そしてそのほかの素材は、影のまま、適当に倉庫の壁に貼り付けておく。一応影絵ネズミに齧られたりしないように、影絵で倉庫を作り、その中に入れていく。


影にした物品は、私の影の中にしまうことができるしだけでなく、適当な壁に貼り付けておくこともできる。物品の影の拡大縮小も自在なので、倉庫の壁は影絵による第二の倉庫だ。この切り絵と粘土細工を合わせたような作業は童心に帰れて非常に楽しい。


ドラゴンの血を入れた影の鍋や、骨や牙をまとめてしまった影の箱などに無駄な装飾を無心で施していると、いつの間にやらそれなりに時間がたっていたようで、腹の虫が鳴く。そういえば、今日からは師匠の食事を用意する必要もないし、食事の用意を忘れて叩かれたり、早く作れと急かされることもないのだなあ。


改めてこのでかい家に一人だということを思うと、なんだか嬉しいような悲しいような寂しいような腹立つような、何とも言えない微妙な感情が渦巻いた。ともかく、食事をとろう。そう思いリビングに向かうと、大きな樫の机の上に、ぽつんと一枚の便箋が置いてあった。シィへ、と書かれたそれは、師匠が私にあてたものだろう。


指先から影の刃を伸ばし、封を開けて中を見ると、一枚の手紙が入っていた。手紙には、本や触媒なんかは大体おいていくから、家のものは好きにして構わないこと、家自体の増改築も自由にして構わないし、引っ越すのも好きにしていい、などなど、昨日伝えなかった細々したことが書かれていた。基本的に丸投げということに変わりはないのだが。


手紙をしまい、ため息をつきつつ食事の支度をする。なんだかもう何もかもが面倒だ。この手紙の意味するところは昨日のアレが全部計画的犯行だったということだ。私に現世のことは丸投げして魔女の国に帰る、というのはずいぶん前から既定路線だったのだろう。もしかすると、私を拾って育てたこと自体がそうするためだったのかもしれない。


ヘクセンナハト。師匠が向かった、北の果ての大地にあるという魔女の国。始まりの魔女マレフィが作った異界の中にあるというその国の住人は、全員が全員魔女であるという。現世で生まれる魔女の才を持つ子供を集め、魔女としての教育を施す、すべての魔女の第二の故郷。


その国を治めるのは、13人の偉大なる“円卓の大魔女”たち。星詠みの魔女ステラはその中に名を連ねているのだ。数百年現世で暮らしているという話だったから、名誉職みたいなもんなのかと思っていたが、呼び戻されたということは師匠も働いていてしかるべきだったんだろうなあ。あるいは何かとんでもない問題が起きたか。


魔女の国の詳しいことは知らないのだ。そこに行ったことはないし、師匠も魔女の国について話すことはそんなになかった。興味がなさそうだったといっていい。わずかな書物からわかるのはこの程度だった。


本来なら私も、師匠に拾われた後に、この魔女の国で教育を受けるべきだったのだろうが、結局師匠に手ずから魔法や、魔女の何たるかを身をもって教わった。もしかしたら羨ましがられるような立場なのかもしれない。


前世の学校みたいな感じで、穏やかに教われるんだったら正直そっちの方が良かったけど。ああ、夢の学生生活よ。前世のそれはもうあんまり記憶に残ってないけど。そこそこ楽しかったような気がするのだ。


まあ、いいや。ともかくも師匠の無茶振りはいつものこと。とにかくどうにかなんとかしないと必ずひどい目にあわされる。手紙の末尾にそれを匂わせるようなことが書いてあったし。


付け加えて、魔女らしくするだけでなく女らしくすることもきっちりと続けろと書いてあるから、鬼の居ぬ間に髪バッサリ切って、とかもできない。星は遍く全ての大地を照らしている。


魔女の責務。始まりの魔女マレフィが定めた魔女の掟にあるそれは、大いなるマナの流れを正常に保つこと。マナは我々が立つこの大地からあふれる膨大な生命のエネルギーだ。放っておけば、淀み腐れて世界の理を乱す。


基本的にはそうならないよう、動物や植物、器物にマナが凝って、マナニアとなり、世界のマナのバランスを保つのだが、その星の恒常性ともいうべき秩序を乱す存在がいる。


それが人間だ。マナを扱わず、マナの流れによる生態系の外にいながら、その仕組みを破壊する存在。原始的な道具しか扱えないでいたころは何の問題もなかったが、銅や鉄、さらにはマナを多く帯びた様々な魔法鉱物を扱えるようになってからは、自らの生存圏を拡大するため、同族同士の戦争だけでなく、マナニア狩りに勤しむようになった。


マナニアは多すぎれば、世界のマナの総量が減り、生命の営みが止まり、不毛な大地を広げることになる。だが、少なすぎても世界にマナが溢れ、世界の理が破壊される。人とマナニアのバランスがとれていなければ、世界は崩壊の危機を迎えるのだ。


そうしてかつて起きた世界の危機を救ったのが、始まりの魔女マレフィであり、彼女は魔女の掟を残した。人の身でマナを扱う者、人とマナニアの境界に立つ者である魔女は、世界のマナの流れを整える存在であるべし、と。


つまるところ、マナが増えすぎていたら人間を減らし、マナが減りすぎていたらマナニアを減らしてバランスをとれ、ということだ。この話を初めて聞いたときはマジかよと思ったものだ。疫病をはやらせるとか戦争の火種をまくとか、そういう魔女の魔女的行為が単なる趣味ではなく使命によるものだったのだ。


なんか、恣意的に人口調整をするとか、ちょっと独善的すぎるんじゃないかとも思った。しかし、マナ枯渇した不毛の大地や、逆にマナ過飽和で生まれた醜悪な巨大マナニアだとかを見せられると、それもやむなしと納得するしかないのだ。


大いなるマナの流れというものが、この世界で生き物が普通に生きていくのにどれほど重要かということが、頭ではなく心で理解できたというか。それが魔女の使命であるというなら、魔女として生まれた以上全うするのもやぶさかでないと思ったのだ。


その名にふさわしい悪逆非道の魔女稼業。師匠のせいでいきなり担当範囲が超広いが、まあ、頑張ってみよう。


でも今日はなんかもう疲れてるし明日から、いや師匠もいないわけだし、2,3日くらいはゆっくりごろごろしてからでいいや……。

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