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見習い/魔女3

「それじゃあ、早いとこ解体しちゃわないとね」


何でもないことのように言う師匠に、思わずため息をつくが、確かにこのまま死体を放置しても仕方ない。今もドロリとした緑色の血があふれているが、キラキラと輝きながら揮発していくこの血は、大量のマナを含んだ液体だ。放っておけばマナで土地が汚染される。土地のマナというものは少な過ぎると不毛の地となるが、多すぎればどんどん「魔物マナニア」を生み出すことになる。


ドラゴンのような強力なマナニアは死体もきちんと処分しなければいけないのだ。それにドラゴンの体は全身余すところなく貴重な素材となる。まずは血抜きのために影で柱を作り、首のないドラゴンの体を吊し上げて血抜きをする。血は影で作った大鍋で受け、ある程度たまったら鍋ごとペラペラにしてしまう。


「シィの魔法はこういう時ほんと便利だよねえ。地味だけど」


うるせえ。魔法少女じゃなくて、魔女なんだから地味で問題ないだろうに。とはいえ便利というのには同意するが。師匠が同じことをしようと思えば、いろいろな道具を空間魔法でしまって、持ってこなければならないだろう。倒すこと自体はビーム一閃でお終いだが。


「それじゃあ、血抜きしてる間にお昼ご飯にしようか。やたらと時間かけるからお腹すいちゃったよ」


「ん」


確かに腹の中が空っぽな感じだ。あまり自力で動いてはいないが、影の騎士たちを動かしっぱなしだったので頭が疲れている。騎士たちの自動化は今後の必須課題だ。数を出すだけなら数百体でも同時に出せるが、動かすとなると今回のように2,30体が限界。大騎士なら制御の難度を下げつつ戦力を上げられるが、今度はマナの消費が跳ね上がるので長期戦に弱くなる。それは趣味じゃないのだ。


死体を見ながら食事をするというのもあれなので、少し離れたところで食べようと思い、背を向けて歩き出すが、直後に襟首を掴まれた。


「うっ」


「魔女ならグロ耐性もしっかりつけなきゃ。凄惨な拷問を肴にゲラゲラ笑いながら晩餐を楽しめるくらいの度量が魔女には必要なんだから」


それは度量ではなく壮絶な悪趣味というだけではないだろうか。襟首はつかまれたままで、離してくれそうな気配もない。仕方ないからその場でバスケットや水筒を取り出し、影で普通のイスや机を作り、その上に並べる。


そして血なまぐさい風景の中で、昼食をとった。とはいえ、グロいのは見た目だけで、匂いなんかはそうでもなかったりする。ドラゴンの体は濃いマナを含んだ、ほとんどマナの塊と言っていいほどのもので、その血や臓物も鉄錆の匂いではなく、深い森の奥の酸素が濃い空気のような、独特のものだ。だからあんまり見ないようにすれば食事をするのに全く問題はない。


師匠は普通に、ドラゴンの死体を見ながら先ほどの戦闘に関してダメ出しをしていたりするわけだが。まあ火力信者の師匠と、消耗抑制論者の私とでは噛み合うはずもなく、のんびりとした無為な時間に激戦の空気はあえなく押し流されていくのだった。


しばらくの後、ドラゴンの解体作業に入る。師匠監修の元、まずは地面から巨大な影の腕を生やして、残しておいた大剣を操り、大まかに解体する。大剣のような重量のある武器は普通その重さ威力に変えるわけだが、影の武器は基本的に軽い。なにしろ魔力でできた物体であるし、“影”という属性自体重さのないものだ。


この大剣も、サイズに比して非常に軽い。大騎士を作る際、加重して威力を上げることも考えたが、どう考えても効率が悪いので、ある仕掛けをすることにした。刃の部分が細かいギザギザの鋸歯になっており、この時点でお察しだろうが刃が高速で回転する。神をも殺す最強兵器を影絵の魔法によって再現したものだ。


エンジンで動いているわけでもないので静音性は抜群。というか影の刃そのものが動いているので無音。継ぎ目もない黒一色で、パッと見では普通の大剣にしか見えない仕様だ。軽いので速く、下手に受ければ削り切られる。我ながら結構いいものができたと思っている。


とりあえず役目を果たした大剣をしまい、影絵の侍女を十数人ほど出す。鋸やらナイフやらをチェーンソー仕様にしたものを持たせて、ザクザク皮を剥いだり内臓を切り分けたりしていく。


……騎士団の武器にこれつけてたらもっと手早く終わっただろうか。いや、バンバン蹴散らされてるんだし1体1体のコストを抑える私の方針は間違っていないはず。……戦闘時間が伸びたせいでピンチになる場面が増えていた可能性?


いやいやいや、これは火力ぶっぱとはまた別の問題だ。費用対効果の問題、つまりは敵味方の戦力評価が適切でなかったのではないかということだ。その辺は戦闘経験を積んでいかなければ理解できないところだろうし、消耗を抑えて持久戦で勝利を得るという方針自体は間違っていない、はず。そうでないと影絵の魔法は師匠の評価通りの地味でショボい魔法ということになってしまう。それはいけない。


そんなことを考えながらもメイドさんたちをてきぱきと働かせて、ドラゴンの解体を終わらせる。肉や皮、骨、爪、牙、内臓、これらを使えば色々な魔法の薬や道具ができることだろう。そして分けたそれらを影の中にずぶずぶと沈めて、ぺらぺらの影としてしまっていく。影になっている物は基本的に腐ったりしないので非常に便利である。とはいえそれに胡坐をかいて適当にしておくと影の生き物にかじられてしまったりするので、絶対安全という訳でもないが。


「さて、これでひと段落かな」


師匠の言葉に頷く。なんだかんだで結構時間がかかってしまった。精神的にも肉体的にもかなり疲労している。早く帰って休みたい。お風呂に入って、布団にダイブだ。


「それじゃあシィ、このドラゴン討伐をもって、あなたは見習い魔女卒業です」


「……え」


「これからは“影絵の魔女シルエッタ”だね。この星詠みの魔女の弟子なのだから、その名に恥じないようにしっかりと魔女稼業をすること」


師匠はにこやかにそう告げると、やさしく私の頭をなでた。不覚にも少し泣きそうになった。こっちの世界と前世の世界含めて、こんな風に人に優しくされるなんて、それこそ二十数年ぶりのことではないだろうか。恥ずかしくなって顔を伏せる。顔が熱くなり、耳まで赤くなっているのがわかる。


他人にいじわるをするのと、大火力のビームをぶっぱするのが生きがいみたいな師匠が、こんな、まともな良い師匠みたいな。何かの罠ではないかと疑わざるを得ないのだが、頭に乗った柔らかく優しい手のひらの感触で感情がかき乱される。上目づかいでそっと師匠の表情を盗み見ると、いつものにやにや笑いではなく、見たこともないような優しげな微笑みで、思わず見とれてしまった。


「う、えと……ありがとう」


これで私が見習い魔女を卒業するというなら、一人前の魔女として独り立ちしなければならないはずだ。無茶振りやらいじめ紛いの修行ばかりだったが、十年一緒に暮らしたのだ。そしてなんだかんだで魔女として必要な大体のことをきっちりと仕込んでくれた。もっときちんと言うべきなのだろうが、それ以上の言葉が出なかった。


師匠はそれをわかっているとばかりに、笑みのまま頷き、そっと私を抱き寄せた。ぽんぽんと背中を叩かれ、何かがあふれた。ぎゅっと師匠に抱き付いて、泣いてしまう。情けない。恥ずかしい。まるで本当に少女になってしまったかのようだ。精神は肉体に依存するとかそういうあれだろうか。なぜか涙があふれて止まらないのだ。師匠の胸に顔をうずめてすすり泣く。師匠はそのまま、ゆっくりと私の背中をなで続けた。


十数分後、何とか泣き止んだ私は師匠から離れた。死ぬほど恥ずかしい。でも、そうだ。少し落ち着いて、これほど感情があふれたのはなぜか、分かったように思う。物心ついてすぐに父母に捨てられたこの“私”にとって、師匠は、生きるすべを教えてくれる母であり、弱い自分を庇護してくれる父でもあった。両親に等しい存在に一人前と認められ、独り立ちする。それが嬉しくて、寂しくて、誇らしかったのだ。


「じゃあ……一度帰る」


荷造りをして、どこに行くか考えなければ。魔女となったからにはどこかに縄張りを持って活動しなければならない。最初は村一つとか、どこかの小さな領域を縄張りにするものだ。師匠の広大な縄張りのどこか一部を借り受ける形になるだろうか。


「うん。私ももう出発するから」


「……?」


にこやかに言う師匠。不穏な気配を感じる。嫌な予感だ。割と慣れ親しんだ、これからひどい目に合うという確信にも似た直感。


「ヘクセンナハト……魔女の国を長いこと留守にしてたから、一度帰って来いってうるさいのよね。たぶん、少なくとも百年くらいは向こうにいると思うから、その間、私の領地のことは全部シィに任せるよ」


「!?」


ちょっ、おま


師匠の、星詠みの魔女ステラの領地は広大な剣山山脈、シュベルトベルグの山々全てと、それに連なる高地エルヘーベン、そして南方に接する二つの王国、フロスラントとシュヒルドクローテの北部だ。とんでもなく広い上に、人とマナニアの領域、そしてそれが接する領域のすべてを含み、起こる問題も非常に多様だ。恐るべき大魔女だからこそ、一人で縄張りとすることができた領域。それを新米の魔女が代行するなど、絶対無理だ。


「それじゃあ、あとはよろしくねー」


師匠はひらひらと手を振りながら箒に座ると、あっという間に飛び去っていく。最後に見た師匠の顔は、さっきまでの微笑みはどこへやら、見慣れたにやにや笑いが張り付いていた。私は唖然としたままそれを見送るしかない。


いつのまにか師匠が残していたのだろう、小さな紙片が足元にひらりと落ちた。全権委任状と書かれたそれには、領地に関するすべてを私に任せると書いてあり、しっかりと署名済みだった。


「~~~~~ッ!!」


声にならない叫びをあげる。師匠の、馬鹿野郎……!


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