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見習い/魔女

翌朝、私は魔法瓶にお茶を入れ、二人分のサンドイッチをバスケットに詰め、それらを大きめの鞄に詰め込んで家の前に立っていた。シュベルトベルグの険しい山々のど真ん中、師匠が名づけたという星見ヶ丘に、星詠みの魔女ステラの邸宅は建っている。


四階建ての木造で、縦に細長い作りの家が、今にも崩れそうな崖の上に。誰がどう見ても違法建築といった具合だ。最上階は師匠の寝室であり、大きなベランダに出て星を詠むのだという。私にはぼんやりと空を見上げているだけにしか見えないが、たまに未来のことがわかっているような発言をするので何かすごいことをしているのかもしれない。


季節は冬。山々の峰は真っ白な雪化粧に覆われ、麓の方の木々はすっかり葉が落ちて丸裸だ。紅葉の季節は周囲360度すべてが色鮮やかな紅葉に染まって、実に見事なものだったが、今の景色が与えるのは寒々しさと人の出入りを拒む自然の厳しさだけだろう。


今の私は普段のローブの上に、さらに毛皮のコートを羽織って、分厚いミトンの手袋、毛糸のマフラーを装備している。寒さを防ぐ魔法も当然あるが、標高が高いこの場所でさらに箒に乗って飛ぼうというのだから、防寒具は必須だ。非常にもこもこした丸っこい、カッコ悪いシルエットになってしまうが仕方ない。見た目よりも実用性が優先だ。


師匠は普段通りのローブ一枚だ。耐寒魔法の練度が違うと言っているが、流石に無理がある気がする。年を取ると気温の変化に鈍くなるというあれだろうか。細いビームが飛んできた。とっさに立ち上げた影の騎士が一瞬で消し飛ばされる。


あれが当たっていたらどうなっていたのだろう。怖い。というか心を読んで攻撃するのやめてほしい。どうしようもない。気を付けても反省しても心の中のことなんか自分でも自由にできないのだから。


「シィの修行が足りないだけよ」


とりあえず謝罪の意味も込めて軽くうなずいておく。師匠を見ていれば何もかもが未熟であることは分かるが、自分の心まで自由にしたいとは思わない。いや、単に大人になれということなのだろうか。


師匠を見つめると少し微笑んだ。そういうことなのだろうか。前世も今世も、子供のままで大人になっていないが、できるものなら大人になどなりたくない。


「それじゃあ、今日は西の崖に行くから、ついてきて」


そういうと、師匠は箒に横座りしてふわりと浮かぶと、私がついていけるギリギリくらいの速度で飛び始めた。私もすぐに箒にまたがり追いかける。上空は風が強い。箒の制御だけでなく、風除けの魔法も魔女が飛ぶためには重要だ。またがって飛ぶのはコツがいるし、ありていに言って股が痛くなる。


なのでできれば私も師匠のように横座りで飛びたいが、あれはあれで高度な技術だったりするのだ。以前に真似して箒から転げ落ちて以来、見習いは見習いらしく、伝統の魔女スタイルで飛ぶのがいいのだな、という確信を得ている。


そんなことを考えながら、ゆるく風になびく師匠の銀髪を追いかけること数時間。目的地である西の崖の近くまでやってきた。かなり昔に崩落して、窪んで洞窟のようになった崖の下、山間の強い風が弱まるのでここでしか取れない薬草なんかがあったはず。何度か取りに来たことがある。


だが今のそこにはなんだかよくわからない、緑色の塊がある。師匠は速度を緩めると、その緑の塊に向かって弧を描くようにゆっくりと飛んでいく。距離を詰めてよく見れば、緑色の塊は、体を丸めた生き物の背中だとわかる。トカゲか何かだろうか。でもそれなりに遠く、上空から見てるのにこの大きさということは、結構でかいよな。


「ふむふむ、ちゃんと翼は折れてるね。巣立ち直後くらいの若い個体だ。治癒の魔法も使えないみたい」


「師匠、あれは?」


「ウィンドドラゴン。縄張り争いに負けて流れてきたんだろうね」


「ドラゴン……」


ドラゴンといえば、ファンタジー物の定番の存在である。普通の人間では絶対にかなわないというのはおおむね共通しているだろうが、その強さは千差万別だ。


主人公格ならサクサク殺せるとか、軍隊なら頑張れば殺せるとか、大きめの害獣程度の存在であることも多いが、知恵も力もあって魔法も使うからどうにもならない、どんな魔物よりも強い魔物の王、あるいはもっと直接的に神として崇められるような存在とされることもある。


この世界だと、その中間くらいだろうか。生まれてすぐは普通の「魔物マナニア」と変わらないが、際限なくマナを食らうので、年経たドラゴンは手が付けられない化け物になるらしい。


「あれがいるとここの素材が取れなくなっちゃうから、困るよね」


この辺りはマナが豊富だ。そのためこの辺りで取れる薬草は多くのマナを含んだ土や水で育った良質な触媒となる。前に取りに来た時も、魔法薬を作るための素材にするためだった。そんな土地は若いドラゴンにとっても住みやすいのだろう。


「というわけで、あのウィンドドラゴンを狩ってきて」


「は?」


ドラゴン、ドラゴンだ。若くとも、その鱗は強靭で、普通の剣や槍などは通さないし、魔法も多少ならば防ぐだろう。全長10メートルを軽く超える巨体はそれだけで脅威だし、爪や牙は鋼鉄も紙のように切り裂くという。ウィンドドラゴンならば、高速で飛翔するための風魔法も当然使えるだろうし、それは攻撃にも転用できるものだ。


「大丈夫大丈夫、いけるいける。翼が折れてるのは“知ってた”し、治ってたとしても斬ってあげるつもりだったし。飛べないウィンドドラゴン程度ならシィでも殺せるよ」


「無理……」


できてもやりたくねーよ。だってでかいし、怖い。影絵の騎士団で囲んで棒で殴って殺せるようなモンスターの相手ならいくらでもやるが、あれはその程度で動きを止められるとは思えない。師匠ならビーム一発で綺麗に殺せるんだから自分でやってほしい。


「やらないと“看病”しちゃうよ?」


「ぴぃっ!」


思わず変な声が出た。「看病」、それは恐ろしい記憶を想起させる禁断のワードである。何年か前に風邪をひいて熱を出したことがあったのだが、その時、師匠は看病と称して私を散々いじめてくれたのだ。


下から入れる薬という名目で私の×××を、妙な器具を使って弄り倒し、人としての尊厳を蹂躙し尽くしたのだ。体格が違う上に病気で弱っているものだから全く抵抗できず、恐怖と羞恥と苦痛、あとちょっとのあれな気持ちで、もう頭がどうにかなりそうだった。またあれをされるくらいなら爬虫類と死闘を演じる方がなんぼかマシだ。


「きちんと治ったし、ちょっと喜んでたよね、シィ」


「……死にたい」


あの事件以来、体調管理には万全の注意を払っているし、いざという時のために魔法薬や薬草のストックも欠かしていない。これ以上このネタでいじられる前にさっさと仕事を始めよう。


「行ってくる」


「はい、行ってらっしゃい。何があっても助けないから油断しないようにね」


不安になる一言を付け加えるのはやめてほしい。


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