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エルシュリーゼの落ちこぼれ魔女4

体中が重い。手足が痺れて、動けない。呼吸も苦しい。そしてなにより熱い。汗がジワリとにじむ嫌な感覚。いったいどうしたというのか。いきなり体調を崩したのだろうか。ここ数年は健康管理には気を使っているので病気とは無縁だったのだが。


とにかく、全身に力を込めて無理やり起き上がる。病気だとすれば、このまま外で寝こけているわけにもいかない。どうにか家まで帰り着くか、宿をとるかしなければならない。


体を起こすと、すっと上半身から重さと暑さが引いた。というか重くて柔らかいものが胸の上から膝に落ちた。ぶにゃっ、と抗議の声を上げるそれは毛むくじゃらの見慣れぬ生き物。


「……猫」


そういえば魔女なのに、うちには猫の一匹もいなかったな。師匠の趣味なのか、部屋で小鳥は飼ってたみたいだけど、そのせいだったのだろうか。なんにしても気が抜けた。


胸の上に乗っかっていた黒猫が、膝の上にいたぶち猫の上に落ちていたが、下剋上されてぶち猫の下敷きにされた。腹の下から黒はぶちを前足でペシペシ叩くが、ぶちは完全に無視の構えである。ふてぶてしい面構えだな、こいつ。ぶちは黒の2倍近いでかさなのでもがけどもがけど脱出できず、ぶちは我関せずと大あくび。


よく見ればこの二匹以外にも、茶虎や、キジトラ、灰色と、周囲に大量の猫が群れて丸くなっていた。体が重かったのも暑苦しかったのも全部こいつらのせいか。保温の魔法使ったせいでこの辺りが絶好のお昼寝スポットになっていたらしい。


見上げると、長方形に切り取られた空の西側が茜色に染まっており、東側からは夜の気配が忍び寄ってきている。まあ、ちょうどいいくらいの時間だろうか。いい加減足が重いし痺れているしできついのでぶちの首筋を鷲掴みにして脇に下ろす。微妙に嫌そうな顔をしたが、特に抵抗もなくぶちは下ろした先で再び丸くなった。


圧迫から解放されて一息ついている黒の方も首根っこを引っ掴んで下ろす。ぶちの上に乗っけてやったらまた即座に下に敷かれていた。なんだこの明確な上下関係。


腕を伸ばして一息つく。圧迫されていたせいか体中がだるい。特に足の痺れはしばらく動きたくない感じだ。地面に足をつけた瞬間にひどい痺れがやってきそうなあの感覚。足を軽く浮かしたまましばらく待つ。案の定無駄な足掻きだったので、足を下ろすとつま先からジーンと痺れが上ってきた。あがが。


ふと視線を感じた気がして下を見ると、何とも言えない顔をした少女と目があった。猫まみれとか足の痺れにおののいてる間抜けなところとかを見られたのだろうか。恥ずかしい。薄暗い中でもよく目立つ艶やかな金髪を頭の後ろで一つにくくったその子は、バツの悪そうな顔をすると、踵を返して立ち去った。


重要部分だけを覆う軽装の革鎧に、小手、丈夫そうなブーツ、あの子も冒険者だろうか。年は私やリコリスより少し上、14歳くらいだろうか。身に着けた装備は使い込まれている感じはあったが、今まで見たものよりはるかに上等なもののように見えた。もしかするとお偉いさんかもしれない。そんなのがなんでこんなとこにいるのかは分からないが。


まあいいや。立ち上がり、伸びをする。凝った体がほぐれていくのが何とも心地良い。そうこうしているうちに見る見る周囲が暗くなっていく。影のクッションを消し木箱から飛び降りると、上の方から、十数センチ程度落下した猫たちの抗議の声か、別れの挨拶か、数匹分の鳴き声が上がる。見上げると黒猫の緑色の瞳がこちらを見下ろしていたので、なんとなく手を振って別れた。




街を行き交う人波の中には、狩りの帰りか、濃い土や草の匂い、そしてマナの香りを漂わせる冒険者が幾人もいた。軽く汗や血の匂いも混じるそれは、あまり好ましい物とは言えないが、人の営みを感じさせた。


家路につくもの、さっそく酒場に繰り出そうとするもの、一風呂浴びようと、銭湯に向かうもの、様々だ。彼らの横を抜け通りを進むと、家々の間から夕餉の匂いも漂い始め、道端には屋台も出ており肉を焼くぱちぱちという音や匂いも五感を刺激する。


腹が減ってきたな。……でもアミュレット停止しないと買い物できないんだよな。そこそこの密度の人波をすいすい抜けていけるその効果は便利だが、人ごみで外すと突然現れたようになって余計目立つ。どこかで外してきてもいいが、それだと本格的に何をしに来たのかわからなくなる。


ああ、でもいい匂い。カエルとかネズミとか、変な生き物の肉じゃなくて普通の鶏肉っぽいの……!


空腹を満たすだけなら、サンドイッチや保存食が影にしまってある。しかし、それらの中身は当然だが家の近所産である。不味くはない。不味くはないのだが。


「……」


なんかもういいかなあ。別に普通に姿を晒してもいい気がしてきた。いや、魔女の掟にはみだりに人前に姿を現すべきではないというのもあるし。


じぃっ、と焼き鳥っぽいのの屋台を見つめる私と、不自然な空白地帯を見とめたのか、小柄な人影が近づいてきた。このアミュレット、普通の人間にしか効かないのだ。魔女や、感覚が鋭い人は普通に気付く。


「シィちゃん、こんにちは」


大きな荷物を抱えたリコリスがこちらに歩いてきた。彼女の服装は、私の、というか師匠のローブと似たデザインだが、白と薄紅色を基調とした明るい色合いで、丈が短く、活動的な感じ。


私とリコリスを並べたら、パッと見は正反対の印象を受けるだろう。しかし、魔女の国特有の意匠なのか、私たちの服装は道行く人々とはずいぶん違う、民族衣装みたいな雰囲気なので、よく見れば同郷だと分かるかもしれない。私自身は魔女の国に足を踏み入れたことはないのだが。


微笑みながら声をかけてくるリコリスに、私は小さく手を振った。抱えている大きな袋からは食材がはみ出している。夕飯の買い物でもしていたのだろう。


「シィちゃんもこれからご飯?」


頷いておく。なんだか食事をたかる流れになってしまいそうだ。こんな小さな女の子に世話になるのは気が引けるのだが、まともな食事に対する欲求も忍び難いものがある。


「それじゃあ、一緒に食べよう。友達の家でこれから作るんだ。……えっと、串焼きも買ってく? けっこういっぱい作る予定だから、食べきれなくなっちゃうかもしれないけど」


恥ずかしい。


結局、串焼きはまた今度ということにして、リコリスの友人宅へ向かうことになった。葛藤を見かねたのか、財布を取り出し始めるものだから、もはや羞恥プレイだった。通りすがる人々はそんな私たちのことをまったく気にしていないとはいえ。


「シィちゃんは今日はどうしたの?」


「街を見た」


リコリスの斜め後ろからついて歩きながら言葉を返す。なんか以外と健脚だなこの子……うぐぐ、背も、私の方がちょっと低いぞ。年齢的にはこっちが上なのに。微妙についていくのに苦労している私を横目で見て、少し速度を緩めてくれた。なんだこの敗北感は。


仕方ないので足裏の影を軽く動かして移動補助。あと足全体に影をまとわりつかせてパワードスーツ風にも稼働。丈の長いローブの下でやっているので見えないが、茨のような影の模様が細く白い足に絡みついて若干アレなことになっている。


「荷物、持つ?」


すっと前に出て手を出す。いかに身体能力的にボロ負けしているといても、女の子に大荷物を持たせたままというのも気が引ける。影に仕舞ってもいいし、下から持ち上げてもいい。食料を運ぶには気分的にあまりよくないが、地面を滑らせるのが一番楽と言えば楽。そういう便利魔法は使えないのか、リコリスは普通に抱えているので、私がやるのがいいだろう。


「大丈夫大丈夫! こう見えて力持ちなんだから」


そう思ったのだが断られてしまった。私よりはマシとはいっても、やはり年相応に華奢で力があるようには見えないが、ぐっと荷物を持ち上げてアピールしている感じでは、本人の申告通り余裕がありそうだ。


「ならいい」


「うん。任せてよ」


結局、大荷物を抱えたリコリスの横をちょこちょこ歩いてついて行くだけになってしまった。なんだか悪いと思ったが、リコリスの方は全く気にせず、街のお勧めスポットについて、概ね甘味についてだったが、言葉少なに相槌を打つ私に気を悪くせず、話をつづけた。できた子である。


数分後、住宅地らしい区画の、ちょっと大きめの一軒家にたどり着いた。家の前の鉢植えや、小さな花壇も丁寧に世話をされているようで、落ち着いた良い雰囲気を出している。ロッジ風と言おうか、金持ちの別荘みたいな感じ。というか、そのものなのかもしれない。リコリスが声をかけると、ドアが開き、出てきたのはさっきちらりと見た金色の髪。


「あ」


「どしたの?」


私の方を見て驚いた顔をしたので、軽く手を振ってみた。


「猫の子!」


その言い方だと私が猫のようなのだが。

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