エルシュリーゼの落ちこぼれ魔女3
なんだか昨晩はテンション上がり過ぎて頭がおかしくなっていたような気がする。いや、まあ、別にやめようとも思わないけど。無垢な新雪に初めての足跡をつけたいとか、どこかの誰かが作った立派な砂の城をドロップキックでぶっ潰してやりたいとか、そんなのは誰にでもある気持ちだと思う。
だから、私があの子をいじめたいというのは別におかしなことではない。小学生男子がクラスメイトの可愛い女の子にいじわるしちゃうみたいな可愛らしいものだよ、きっと。げへへ。自己正当化完了。できてないけど。
ともかくもあの街は滅ぼさないといけない。リコリスのことは置いておくとしてもそれは確かだ。普通は狩れば狩るほどに強くなるマナニアの圧力に耐え切れず、一定上の大きさの集落は滅ぶのが通例だが、あの夜あった男のようなのが大森林から出てくるマナニアを狩っているのだろう。
人間社会の技術の発展が近年著しいということが書かれた本なんかもあったし、マナニアの素材をうまく利用することもできるようになったのかもしれない。獲物が強くなるのに合わせて装備強化とかなんかどっかで聞いたことがあるような。
そのあたりのことも調べないといけない。また夜に行ってあの子に話を聞いてもいいが、自分の目でも見て回りたい。今日はもう夜が明けてるし、明日ちょうど夜明け前につくように時間を調整していこう。目立たないように隠形と人除けのアミュレットなんかも作っておくか。
この魔女スタイルをやめて私服で行けばいいかとも思うが、眼帯ロリとかどうあがいても悪目立ちするから仕方ない。あの男には見られてるし、私も“善良な魔女”として振る舞うことにしよう。街を滅ぼす方法といえば毒をまくとか、マナニアをけしかけるとか、適当な人間を洗脳して火付けさせるとかが定番だが、どれもあの男がいる限り止められる気がする。
止められるというか、直接的な方法をとろうとした瞬間に切り殺されそうというか。オドを扱う超人は、五感がおかしいくらい鋭いという。ようするに勘でなんでも察知するのだ。先にあの男を殺すという手筋もなくはないが、わざわざ危ない橋を渡る必要はない。強い人間があの男だけという保証もないわけだし、じっくりやろう。
翌早朝、私はエルシュリーゼまで箒で飛び、再び町外れに降り立った。リコリスが多分受け入れられている以上、そこまでこそこそしなくてもいいのかもしれないが、魔女は忌み嫌われるものだし、後々目立っていない方が事がやりやすくなるかもしれない。それに何より魔女の掟には、人間とのかかわりは最低限にするべきだというものもある。
うっすらと朝靄に包まれた街を歩く。多くの住人は夜明けとともに起きだしているようで、そこかしこから人の声がする。大通りにはすでに多くの荷馬車が行き交い、石畳の上をガタゴトと音を立てながら、どこかに向かって行く。
作ったアミュレットが効果を発揮しているため、私に視線を向ける者はいない。誰もが無意識に私を避けて歩いていく。道端に置いてあった木箱に腰かけ、しばらく通りを観察してみることにしよう。
街から出ていく馬車からは濃いマナの気配が漂っていることから、おそらく中身は大森林のマナを帯びた植物か、マナニアからとれた素材なんかだろう。逆によそから街に入って来たらしい馬車からはそういう気配はない。商店に荷卸ししている所を覗き見ると、積み荷の多くは食料のようだった。
大森林の開拓で上手いこと経済を回しているようだ。街道の整備もしっかりされているらしく、流通もスムーズ。どうも国を挙げての開拓事業のようだ。ちょっとやそっとのことでは止まらないだろう。うーん、面倒な。
少し日が高くなってくると、冒険者風の格好をした若者たちの姿が増え始めた。あの男のような、ヤバそうな感じがするのはいないようだ。大体大したことがなさそうだ。ただ一般人と比べると明らかに雰囲気が違う。マナに似た気配。
オドを扱えるのは厳しい修行を積んだ一部の人間だけという話だったはずだが、どういうことだろうか。十代半ばから二十代くらいの人間が一番多いが、なんというか軽いというか、そういう感じではない。まぁ、私のこの世界の知識、特に人間社会についてはほぼすべて師匠の蔵書が元だから、最近の事情とは食い違うこともあるのかもしれない。
そろそろ通りの観察をやめ、再び歩き出す。日差しが差し込み、ずいぶん暖かくなってきた。山の上とはずいぶん気候が違う。割と軽装の冒険者たちの流れについていくことにする。気候もそうだが、彼らの狩場は基本森だから、鎧とか重装備にすると動きにくいのだろう。だが武器はわりと良い物を使っている冒険者が多い。
近くを歩いている冒険者の装備をよく見ると、森に出るマナニアの素材を使っているので性能が良さそうだし、やはり職人がいるようだ。濃いマナを帯びた素材は、昔は人間にはどうにもならなかったらしいのだが、その辺を克服する技術革新でもあったのだろうか。
通りを進んでいくと、やがて一際大きな建物の前についた。冒険者たちもその中に入っていくようだ。流石に中に入るのはあれなので、小さめの影を出して潜入させる。気づかれても気のせいだと思われるような見た目、蜘蛛でいいか。小指の先ほどの大きさの子蜘蛛の影に目と耳の機能をつけて潜入開始。
私自身はそのまま何食わぬ顔で離れる。蜘蛛を入れた瞬間何人かの冒険者はちらりとこちらを見た。なんとなく視線が合った、程度かもしれないが、怖い。建物の中は受付っぽいカウンターと、壁一面に貼られた依頼票。素材収集が大半のようだ。冒険者ギルドとかそんな感じ?
……森の浅いところで取れるものにこんな値がつくのか。家の近くで取れる素材ならとんでもない高値で売れそうだな。ちょっと一儲けして豪遊、みたいな欲望が首をもたげたが、間違いなく身を亡ぼすのでやめておこう。
依頼の多くは商工業者からのものだ。植物や鉱物、マナニアの一部など、素材を冒険者から買って、加工して売るのだろう。全体的に報酬は高額で微妙にバブルっぽい。いかにもチンピラっぽいのから、出稼ぎに昨日田舎から出てきましたみたいなイモい青年、貴族みたいな綺麗な少女まで、バラエティ豊かな冒険者たちが思い思いに依頼票をとって行く。
依頼票の独占とか、特にもめごとも起きていないようだし、何かルールがあるのかもしれない。一人3枚までとか。依頼票を取った冒険者たちは受付に行くと何やら手続きをした後、建物を出ていく。
次から次へと出入りするため人数は定かではないが、建物の規模、依頼票がなくなっている壁のスペースから考えるに、かなり多くの冒険者がこの街には居るようだ。
やっぱり正攻法だと苦労しそうな感じだ。道を歩いているうちに何度か巡回の衛兵とすれ違ったが、その装備もかなり上等なもので、常に数人で行動している彼らは規律正しく、練度も高いのが伺えた。
冒険者が多く治安対策もしっかり。上下水道の工事をしているのを見かけたから、衛生面も気を使われているだろう。隙がない。
歩いているうちに製造業関係が集まっている感じの区画を見つけたので覗いてみる。街の外への輸出用らしく、ある程度の品質のものを大量生産しているようだ。職人芸的な感じではなく普通に分業している。冒険者用の消耗品も作っているようだが、冒険者のいい装備を作る職人みたいなのは別のところだろうか。
「……」
街を歩いていて気が付くのは、活気と笑顔が溢れていることだ。冒険者、商人、職人、人足、誰もかれもが希望に満ちたような顔つきをしている。景気がいいというのは実に結構なことである。無自覚に滅びに向かって突き進んでいるのだが。でも伝えたところできっと止まらないだろう。それが人のサガというものだ。個人なら多少は自制できたとしても、集団では覚束ない。
少し歩き疲れた。適当な日陰に入って休むことにしよう。というかこれ別にわざわざ来なくても観測台から影飛ばせば済んだような。別に見るだけなら殺しにかかってくるようなこともないだろうし。いや、来る前はそういうことができることを知られるリスクと天秤にかけて、結局直接行くことにしたんだっけか。ああ、師匠みたいになんでもかんでもビーム一閃力押しでやれれば楽なのに。
ふらりと通りから路地裏に入ると、ちょうどよく奥の方に階段状に木箱が積み上げてあったので、その上に飛び乗る。影で体を支えながらトントンと跳ね、その頂点、数メートルの高みに腰を下ろした。レンガ造りだったり木造だったりはまちまちだが、背の高い建物が多いので、大通りを外れた建物の間はかなり薄暗い。とりあえずだが街の調査はこんなものでいいだろう。ざっと見ただけでも、それなりの収穫はあった。
見るだけではわからない部分については人に話を聞くしかないが、リコリスは昼間は森に行くか店を開けるかしているそうだから、日が落ちるまで待たなければならないだろう。
「……暇」
軽い調査なら早朝に来て丸一日かける必要がないし、本格的にやるんだったら影を使った方がずっと効率がいい。こういう迂闊というか、間抜けというかな部分が多々あることは自覚しているので、できれば大それたことなどしたくないのだが、使命であるし、やりたくなってしまったということもあるから仕方ない。
ぼんやりと路地裏から見える通りを眺める。人通りは切れ間なく、無数の声が混ざり合ってひどい雑音に聞こえる。前世の人混みを考えれば、この程度は全く大したことがないはずなのだが。人気のない山奥での生活に慣れ過ぎたせいか。背にした壁に、影で陣を描き、風除けの魔法を発動する。
空気の揺らぎが減衰され、響いていた声たちがすっと遠のいていく。ついでに軽く暖房の魔法も発動。少し肌寒い程度だった空気が、春めいた暖かさに変わる。自然、あくびが出て眠くなる。ちょうどいいから昼寝にしようか。影で箱の上にソファを作る。
影の感触は、何とも言えない不思議なものだが、柔らかさは自在だ。触れれば切れるほどに鋭く硬くもできるし、無限に沈み込んでいくような柔らかさにもできる。だらしない格好で寝そべり、帽子を頭の上にかぶせて視界をふさぐ。人に見られたい姿ではないが、アミュレットつけてるし、問題はあるまい。
そういえば、リコリスは“春風の魔女”と名乗っていた。それならば固有魔法は春風の魔法か。あのほわっとした少女には似つかわしいが、どんな魔法だろうか。詳細は聞いていなかった。こんな感じに環境を整える魔法だったら冬場は重宝だろうな。…………ぐぅ。




