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エルシュリーゼの落ちこぼれ魔女2

ひとまず、さっきの男のことは忘れて、薬屋の魔女とやらに会いに行く。男が言っていた辺りに降りて、周囲を散策すると、小さな薬屋の看板が出ているのを見つけた。二階建てだが、周囲の建物に押しつぶされるように狭い隙間に建っているため、あまり大きくは見えない。表立って権力を持っていることはなさそうだ。そしてこんな陰気臭いところに住んでいるようでは住人の性格も知れたものである。


明るい表通りからは少し離れているので、周囲は薄暗いが、二階の窓のカーテンの隙間から、光が漏れ出ている。一階部分は店舗になっているようで、道に面して扉があるが、そこには丸っこい字でCLOSEDと書かれた板が下がっており、多分閉まっているだろう。


よく見れば、家と家の間の、私がなんとか歩けるくらいの細い隙間に、へばり付くように小さな階段がついており、二階に直接入れるようだった。こちらから入るのがいいだろう。カンカンと小さな音を立てながら、登っていく。一応こちらのほうが立場が上なはずなのだし、堂々としていよう。内心が表情に出にくい我が体、無表情がデフォルトなのでこういう時だけは頼もしい。階段を上り切った先にあったドアをノックする。


沈黙。気づかなかったのだろうか。明かりはついていたし、まだ起きていると思うが。少し強めに、もう一度ノック。……反応なし。さらに強く、殴るような感じで、ごっごっごっ、とノック。表通りの喧騒も遠く、静かな夜だ。少し近所迷惑なくらいだろう。これで聞こえないということはない。しかし沈黙。


居留守とはいい度胸だ。強行突入を決定。魔女業界は舐められたら終わりらしいので、扉の下の隙間から影を伸ばし、扉の内側を這わせ、影の手で施錠を解除。扉を開ける。トラップや奇襲に対応できるようにそこら中に影を這わす。内開きの扉をあけ放ち、狭い玄関に踏み込む。靴は靴箱に小さなものが何足か。サイズが同じに見えるのでたぶん一人だろう。


ワンルームのマンションみたいな作りになっているらしく、薄暗い廊下の横には流しや風呂トイレらしき扉があり、奥から光が漏れている。うちとは違って土足のようだからそのまま進む。堂々と、しかし油断せず、壁や天井を影で覆い尽くしながら歩を進める。部屋の近くまで行くと、こつこつという自分の足音のほかに、規則正しい呼吸音が聞こえ始めた。


「……」


「すぅ……すぅ……」


部屋に踏み込むと案の定、私と同じくらいの小さな女の子が、体のサイズに見合わない大きな机に突っ伏して寝落ちしていた。机の上には本や薬草などが散乱しており、すり鉢なども置かれている。ため息をついて机に近づく。簡単な傷薬を作ろうとしていたようだ。


開いたまま置かれている本を手に取り、表紙を見ると、「初めての魔女術」というタイトルが書かれており、下の方には「初等魔法学校指定教科書」などと書かれている。パラパラとめくってみるが、薬草の見分け方や、器具の使い方、簡単な薬の作り方、などなど、基本的なことが書かれていた。読み癖がついたページや、しおりが挟まれたページ、小さな丸っこい字で書き込みがされたページ、よく読み込んでいることがうかがえた。


ただ、この本、分厚い割に内容的にはそんなに大したことがない。似たようなことを師匠にばしばし殴られながら無理やり頭に叩き込んだが、このくらいだったら最初の3ヶ月くらいで覚えたような。無駄が多いような感じがする。丁寧なのはいいが。うちにはもうちょっと要点を押さえた魔女術の本が何冊も転がっている。


魔女の国の教育がどうだか知らないが、もしかすると私はけっこうな英才教育を施されていたりするのだろうか。最近は効能的に結構ヤバいんじゃないかと思われるような薬もポンポン作れるようになってたし、師匠はいったい私をどうしたかったのか。


「……ん、うぅん」


真横に立っている私の気配に気づいたのか、少女は目を覚ます。目をこすりながら体を起こし、真上に腕を上げて伸びをする。


「ん、ふわぁ……」


赤毛でショートカット、少しくせのある柔らかそうな髪の毛だ。腕を枕にしていたせいで前髪が少し跳ねている。目尻には涙が溜まり、随分眠そうだ。大きめの椅子に座っているから確かではないが、背丈は私と同じくらいだろうか。発育不良の13歳なので、この子はもう少し下かもしれない。


たぶん11,2才くらい。肌は白いが、割と外に出てるはずなのに病的に青白い私と違って健康的な感じ。じっと見つめていると、不意に横を向いた彼女と目があった。赤みがかった茶色の瞳が大きく見開かれる。


「ふゃぁっ!?」


奇声をあげて思いっきり後ずさろうとするが、バランスを崩して椅子ごと倒れそうになる。椅子が大きくて、足が少し浮いていたため、踏ん張りも効かない。放っておいいたら後頭部を打ちそうなので影で椅子をつかんで支える。浮いた椅子の足を引っ張って床につけ、固定。転びそうになっている背中もそれに合わせて少し押して支える。


「び、びっくりした。あの、きみ、誰?」


椅子の背もたれにしがみついた少女は、とりあえず不法侵入中の私に誰何することから始めることにしたようだ。怪物っぽい感じに影を出して脅かしてやろうかとも思ったが、なんだか可哀想なことになりそうな気がするのでやめておく。


「星詠みの魔女の弟子。“影絵の魔女”シルエッタ」


「ふぇっ!? ほ、星詠みの魔女様の!?」


こくりと頷く。少女はあわあわと青くなったり赤くなったり百面相をした後、勢いよく立ち上がると、お茶を入れてきますと叫んで小走りでキッチンに向かった。しばらく待つと、湯気の立つカップをお盆にのせて持ってくる。


緊張しているのが見て分かるほど肩肘張っており、すっころびそうで心配になる、と思った瞬間何もない場所で足を滑らせた。漫画のような展開だがもしわざとやってるのだとしたら大したものだ。お盆とティーカップが飛んでいくのを絶望感の溢れる顔で見送っていたから流石にそれはないか。


琥珀色の液体が宙に広がる。ドジっ娘アタックを素直にひっかぶって火傷するのも馬鹿らしいので、影から侍女を立ち上げ、カップをつかみ宙を舞う紅茶を回収する。逆の手でついでにお盆もキャッチ。少女の方はもう一人出して背後から抱き留めるように支える。一瞬の早業。脳ミソ酷使になれるとこれくらいは余裕である。


「あうあうあう……」


何が起きたか全く理解していない様子で少女は床にへたり込む。とりあえず、せっかくだからこの紅茶を飲もうか。侍女に机を軽く片づけさせ、椅子に座る。いまだにあわあわしながらこちらを見る少女を見下ろしつつ一口。……ううむ、懐かしき文明の味。町に住んでいるとこういうものを手に入れるのも楽なのだろうな。


「あ、あの……ごめんなさい」


ようやく正気に戻った少女が一言。リアルドジっ娘は害悪だが、結果的に被害はなかったし可愛いので許す。なぁに構わんよ、という鷹揚な気持ちを表現するために軽く首をかしげておく。……なんだかキラキラした目で見られているような気がする。むず痒い。


「わ、私、“春風の魔女”リコリス、です。もともとは王都の方に住んでて、ここには半年くらい前に引っ越してきたところで、その時に星詠みの魔女様にはご挨拶に伺おうと思ったんだけ、ですけど」


「普通にしゃべっていい」


丁寧語が苦手っぽい感じがしたので助け舟を出しておく。生意気で弱っちかったらいじめてやろうと思っていたが、魔女らしからぬ普通っぽさなので優しくしてあげよう。


「あ、うん。ありがとう。えっと、シルエッタ、さん」


「シィでいい」


「わかった。よろしくね、シィちゃん」


ちょっと緊張がほぐれたようでリコリスは笑顔を見せる。そして、ようやく床から立ち上がると、ベッドの端に座った。


「それでね、ええと、このエルシュリーゼの街はここ数年ですごく発展した街なんだけど」


それを聞いて少し安心。幻術とかではなく、普通に発展してできたのだろう。それはそれで問題なのだが。


「冒険者さんとか、たくさんいるって聞いたから、村付きの魔女をやるより修行になると思って、引っ越してきたの。それでね、それでね……!」


身振り手振りを交えつつ、ここでの生活がいかに充実したものであるかを語る。とても楽しげで、そこに嘘はないのだろう。冒険者の友人と一緒に森に入ってマナニアを頑張って倒して薬草をとってきた、だとか、傷薬が飛ぶように売れるから、お金に困ることはないけど、その分色々と飼うものも多くて大変だ、とか、そういう話を聞いていると魔女ってなんだっけと首をひねらざるを得ない。とりあえず適当にうなずきつつ聞く。


この世界の魔女というのはもっと殺伐としているものだったはずなのだが。マナニア狩って経済回して発展してる開拓村とか、毒をまいて滅ぼさないといけないレベルだろうに。どうしてこんなになるまで放っておいたんだ、と思うがリコリスの話を聞いているとなんかその辺の常識が怪しくなってくる。だって普通にファンタジー満喫してるんだもんこの子。


半年足らずという話だがイベント満載で、初めは定食屋に下宿していたけれど、ウェイトレスをやりながらお金を貯めてこの家を買ったらしい。小さいながらも一国一城、自分のお店。などなど、とにかく尽きることなく話題が出てくる。切れ間ないマシンガントークに若干疲れが出てきたところで、リコリスははっとして言葉を止める。


「あ、ごめんね。私ばっかり話しちゃって」


「構わない」


年頃の娘さんならこんなもんだろう。よく知らないけど。“私”の人生の中でまともな会話をした相手がほぼ師匠オンリーなので、毒気がなく裏を読む必要や失言、というか失思考? に気を付ける必要のない会話は久しぶりで、癒される。会話というには私が喋らな過ぎるが、そこは仕方ないと思ってほしい。


「それでね、私、できればここでお仕事を続けたいんだけど、許してもらえるかな……?」


胸の前でギュッと手を握り、上目遣い気味に私を見てくる。無意識みたいだけど、あざとい……!

しかし、どうしたものか。戦力調査をしてから適当な手段でこの街を滅ぼすことが魔女としての私の使命。それを思えば、未熟っぽいけど、魔女が冒険者のために働くというのはマイナスだろうか。そもそもこの子はなんでこんな普通に人間社会に溶け込んでいるのか。


「……魔女として、あなたが、この街でしなければならない……こと、分かる?」


とりあえず一つだけ、クリティカルな質問を投げてみる。答えはわかっているようなものだが。ひきつる喉元に、軽く手を添える。


「うん! 立派な魔女として、世のため人のため、頑張ることだよ!」


先ほどの長話の中で軽く触れていたが、彼女は初等魔法学校、義務教育相当という話だから、小学校と中学校がセットになったようなものか。そこで落第を繰り返したため、卒業課題として、魔女の国の外で修業を積むことになったらしい。


魔女の国の教育方針がどういうものだかは知らないが、魔女の使命は初等教育中に伝えるようなもんじゃないと判断されているのだろう。それにはまあ、同意しよう。でも、大輪の花が咲くような笑顔で言い切る少女に、言い知れぬ気持が湧き上がるのは確かだ。ああ、無い左目がじくじくと痛む。


今の私なら、あの時負った傷くらいすぐに治せる。そもそも犬コロ一匹相手に苦戦することなどあり得ない。だが、適当に縫合された喉も、膿み腐れ、感染症にかかるようなことだけはないように処置された左目も、古傷となった今ではどれほどの手段を用いても治癒は叶わない。


黙り込んだ私を見て、笑顔が少しずつ引っ込み、不安が浮かんできている。普通の女の子のように可愛らしい。普通の女の子のように感情豊かで、落ちこぼれのレッテルを張られても、遠い見知らぬ地でけなげに頑張っている。普通の女の子なら、それでいいだろう。


だがなぜ魔女が日の当たる場所で笑っている?


眼帯の下でなにかぬるりとしたものが流れるのを感じる。口の端が引きつるように上がるのが分かる。ここは、この世界はそういう場所ではない。あの時の私が、ヒーローのような力を持っていなかったように。師匠がヒーローなどではなく悪趣味な悪い魔女であったように。殺して殺して殺して口減らしでしか保てないこの世界は少女が思っているような優しい世界では断じてないのだ。


「今日は帰る。また今度、町の話を聞かせて欲しい」


私の笑顔と言葉で、許されたと思ったのだろう。リコリスは再び笑顔を浮かべると両手で私の手を握り、ぶんぶんと上下に振りながら謝辞を述べた。玄関まで送られ、手を振って別れる。まるで普通の友人同士のように。


箒に乗り飛び上がる。夜更かし通りの灯りも、流石にだいぶ少なくなっている。その分月の光がずいぶん明るい。眼帯をずらし、ぬめる液体を手で拭う。銀の光に照らされた赤黒い液体は、腐った臓腑のような印象を与えるも、新鮮な鉄錆の香りがした。ぺろりと舐めとる。


ああ、こんな風にあの子の涙をすすってやろう。絶望に歪む顔を存分に楽しんで、絶叫を上げる喉笛に噛み跡をつけてやろう。そしてその震えを舌で楽しもう。魔女らしく、純粋な子供に消えないトラウマを刻んでやろう。全てを失った後で、空っぽになった心に、溢れるほどの愛を注いであげよう。なに、私は師匠とは違うから、見た目が悪くなるようなことはしないとも。


「……ふふ」


久しぶりに自然に笑いがこぼれた。これからのことが楽しみで、心が躍る。さぁ、何をして遊ぼうか。初めてのお友達。


ようやくまともなヒロインが出ましたが、楽しかったぜお前との友情ごっこ(ゲス顔)する予定。普通に不意打ちでやろうとしてましたが、流石にそれは無いかと思い先にゲス顔(血涙恍惚顔)しておきました。

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