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箱庭の薬術師  作者: ぷにちゃん
第3章 呪いの歌
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35. VSイクル - 2

 視点:イクル



 ぎりぎりのところでドラゴンの攻撃をかわして、棍を打ち込んで行く。

 そこまで巨体ではないけれど、3メートル程ある大きさには威圧される。やばいな、と……背中に嫌な汗が伝うのを感じた。



 横目でちらりとひなみ様を見れば、俺とドラゴンのいる広間に入らずしっかりと通路にいて安心した。絶対に動かないように言ったけれど、慌てて後を着いてこられたら護れる自信は正直なかった。

 自分1人であれば、なんとかしのぐことができるといったところか。



 情けない。



 まぁ、今どうこう言っても仕方がない。目の前にいるドラゴンを倒すしかない。




「イクル!」



 ひなみ様の声が耳に届いて……けれど、正直そこまで余裕はない。

 どうやって倒すかを頭で思考するが、いい案は浮かばない。目が見えない分、風でドラゴンの動きを読むのだけれど……集中ができない。否、させてもらえないと言ったほうだ正しい。

 先ほどのような、そこまで強くない魔物であれば風の探索を使いながらの戦闘も問題はない。だけど、ドラゴンと言えば話は別だ。

 ……こんなものを、たった一撃の魔法で倒してしまうのだからアルフレッド様は恐ろしい。と、アグディスまでの道中で見た光景を思いだす。



 さて、どうしようか。

 先ほどかすった肩はひなみ様のアシストによって投げられた回復薬(ポーション)で既に治っている。もともと攻撃魔法を使えないから、魔力も問題ない。体力もまぁ、あと30分くらいであれば持つだろう。

 問題は、集中力か。加えて、ドラゴンの威圧に真正面から当てられて動きが多少鈍る。



「やばい、かな……」



 ぼそりと呟いて、ぐっと棍を握る。

 しかし、ここまできて逃げ帰るわけにはいかない。ひなみ様を女神のところまで無事に届けなければ、わざわざ夜中を待ってここに忍び込んだのも無駄になってしまう。



「宙はドラゴンのテリトリーと思ったほうがいい……かといって地面からじゃ決定的なダメージを与えにくい、か」



 ドラゴンの尾が左からスイングされたのをしゃがんでかわし、そのまま転がるようにドラゴンの股下をくぐって背後に回って棍で一撃を打ち込む……が、効いていない。

 かといって、炎を吐くドラゴンに炎をぶつけても仕方がない。いかに優れた炎といえど、武器に着いた付与効果にすぎない。それに炎属性のドラゴンだ。最悪、炎を吸収されてエネルギーにされるということも考えられる。



「…………」



 さて、どうするか。

 そう思考を巡らせて、くるりと棍を手首で返したところで……頭がずきりと痛んだ。

 こんなときにいったい何だと、そう考て、酷く、嫌なものが背筋を走る。



『ほら、右から来るよ。飛んで』

「…………ッ!」



 ぞくりとした感覚が肥大して、しかしそれでもその声に逆らうことができずに大きく宙へ飛んだ。棍を使い、ドラゴンの身体へ一撃を入れて、全体を見渡せるほど高く。



『そう、そのまま。次は右に身体をひねって、翼の攻撃がくる……』



 頭の中に響く声が、次の指示を勝手にだす。しかしそれは酷く的確で、面白くない。ぐっと腕に力を入れて、棍を振るい炎を纏わらせる。おそらく、頭への一撃であれば炎も少しは効果がある。

 ガッ! っと、音を立てて棍をドラゴンへ打ち付ける。せめて体勢を崩せばと思ったが、踏ん張られて倒れ込むところまではいかない。さすがはドラゴン、か。



『そうそう、そのまま早く倒してもらわないと』

「誰さ、人の頭の中に直接声を届けるなんて。……気色悪い」



 酷く愉快そうなそれは、聞いたことのない声色と口調。まったく思い当たらない声の主に、苛立が込み上げる。

 いったい誰だと問いかけて、それより先に声が響く。



『伏せて、そのまま尾をかわしたら今度は左に飛んで背中を叩いて』

「…………ッ!」



 気に喰わない声だけれど、自分で風を使うのには限界がある。素直に甘えるしか、正直このドラゴンに勝つのは難しい。最悪なことに、俺の頭はその答えを瞬時に導きだした。

 しかし、味方なのかもわからない。完璧に信用することができない声は、どうすればいい。考えろと、自分の脳裏に問いかける。



『ふふ、俺が気に喰わないみたいだね。まぁ、別にいいよ。俺はひなが無事ならそれでいいからね』

「……ひなみ様!? お前、もしかして」

『さすが、察しがいいね。俺はリグリス。君の持っている《神託》スキルを強制的に使わせてもらったよ』



 頭の中の声が、『便利でしょ?』と笑いかけてくる。

 ふざけるなと、叫びたい衝動に駆られ、しかし今はそれどころではない。ドラゴンへは致命的な一撃も入れられていないし、まだ戦いは終わりそうにないのだから。

 風は展開させたまま、ドラゴンの攻撃を再度紙一重でかわして大きく横に飛ぶ。ドラゴンとの距離を少し取り、近づかれるまでに頭の中を整理しなければ。



「無許可で人に干渉するな、気持ち悪い」

『言ってくれるね。でも、ひとりでそのドラゴンを倒すのは無理だろう……? だから、協力してあげるよ』

「…………ひなみ様のために?」

『そう。ひなのために、イクルに協力してあげる。俺が変わりの目になってあげるよ』



 ……ふざけたことを言う。



「でも、そうしないと勝ち目はない……か」

『じゃぁ、利害が一致したところで……いくよ?』

「しかたないね……ッ!」



 ダンと大きく地面を蹴って、5メートルほどに近づいていたドラゴンとの距離を一気に詰める。

 棍を地面に突き刺した反動で大きく身体を宙に持ち上げて、ガッとドラゴンの首へ一撃を打ち込む……が、パワーが足りないから、弱い。

 ドラゴンのように皮膚が分厚い魔物は、大剣や魔法で攻撃をするのが通常だ。まして、棍を持った前衛術師が単体で挑む何てまずないだろう。だが、やるしかない。



『あのタイプのドラゴンは、瀕死になると炎を吐く範囲が広がるよ』

「それくらい、知ってる」

『そう? ほら、次は左から尾がくるから棍でいなして……それから炎の攻撃がくるから背後に回って』

「…………ッ!」



 何でこうも、ドラゴンの攻撃パターンを容易く読み解いて行くのか。

 ありえないと思いつつ、その指示にそって身体を動かして行くしかない。棍でドラゴンの尾をいなしたついでに一撃を打ち込み、背後へ回る。

 決定的な指示の他に入れる攻撃は、自分の判断でくだしていく。

 眼前に迫った炎をすれすれでかわして、背後へ周りくるりと棍の向きを調整して一撃を打ち込む。さらに追撃をして、ドラゴンの尾が再度振りかざされる前に射程距離よりも遠くに飛び退く。



『さすが! 指示以上の動きをしてくれるね』

「ふん。馬鹿にしないでよ、これくらいはできる」

『そう? じゃぁ、もっとペースを上げるけどいいの?』

「望むところだね」

『そうこないと!』



 嬉しそうな声とともに、矢継ぎ早に指示が頭の中に響く。

 そのせいで、風を操る集中力はなくなってしまったけれど……正直にリグリスの指示は俺が風を操る以上の情報量だった。

 さらに与えられた情報を頭の中で整理して、加えそうであれば一撃を追加しドラゴンに棍を振るう。



『グアッ!!』

「……はっ! っ、く」



 硬い。

 棍で攻撃を加えるけれど、ダメージは思ったより入っていないのかもしれない。

 しかし手を休めるわけにはいかないから、スピードを徐々に上げて……可能な限り手数を増やす。自分の一撃が強くないことなんて、最初から承知の上だ。それが自分の戦闘スタイルなのだから、焦らず攻撃を加え続けるしかない。



『炎、少し強いのがくるよ』

「くそ、また……ッ!」



 棍を手前で高速に回転させることにより、ドラゴンの炎をいなす。否、棍に纏わらせた炎へと吸収させる。まさかこんなことができるなんて、笑わせる。なんでもありなのか、この武器()は。



「はっ……はぁ…………!」

『そう、そのままドラゴンの炎を吸収して。最後にまとめてドラゴン(あいつ)に突き返すから』

「…………」



 こちらのことはお構いなしに、しかし最善と思われる指示が飛ぶ。

 今、棍に炎を吸収させたのもリグリスの指示だ。自分ではそんなことを考えもしなかったというのに、持ち主ではない奴に言われるとは思わなかった。

 再度雄叫びを上げて炎を吐くドラゴンを軽くいなして、背後に回る。がら空きになっている背中に棍を突き刺して、そのままグッと頭上より高く飛んで、後頭部に一撃を加える。



 しかしそろそろ体力も、というよりは精神的にキツくなってきた。

 戦闘スタイルのせいだろう、あまり耐久力はないため長引く戦闘は苦手だ。今後の課題だなと思いながら、次の指示通りドラゴンの首筋へ一撃入れる。



『うーん……そろそろいいかな? イクル、ドラゴンの腹に渾身の一撃をいれるよ』

「腹に?」

『そう。腹に一撃を入れて、とびきりの炎を吐かせるんだ。それを棍で吸収させて、突き返せ。そうすれば、この戦いはおしまい』

「…………わかった」



 また無茶なことを、簡単に言う。

 ふぅと息をひとつはいて、肩でしていた息を落ち着かせる。頬を伝う汗が地面に落ちて、いつもよりだいぶ無理をしていることがわかる。

 目の前のドラゴンの腹に渾身の一撃、か。しかもその後に炎を吸収して突き返すから、かなりの余力も残さないと危ないだろう。

 どうやって一撃を打ち込めばいいのか思案して、不意に扉が視界に入る。……そうか、あれを使えばいいのか。

 基本的な攻撃パターンは瞬時にリグリスから指示がとんでくるため、すぐによけることができる。その中で、思考を練りながら思い切り地面を蹴り加速して走り出す。

 目指すのは、奥にある……扉。

 恐らくスピードを落としたら追いつかれるので、振り返ることはしない。もし背後に何かあったとしても、そのときはリグリスから指示が飛ぶだろう。

 そう考えて……自分がリグリスの指示を信用しているのだと気付く。虫酸が走るけれど、恐らくひなみ様に関することでは嘘をついたりはしないだろう。



『あぁ、そういうことか』

「うるさいよ」



 俺が何をしようか察したリグリスが含んだ声で話しかけてくるけれど、そんなのに構っている暇はない。一蹴して、扉まであと5メートルというところまで全力で走り……今までで1番大きく地を蹴り上げた。



『グオオオォォォォ!!』

「そのまま向かってくればいいよ……!」



 扉に向かって大きく飛んで、足から扉に着地する。そのままグッと足を曲げて、ドラゴンが近づくのを待って……扉に着いた足で勢いよく扉を蹴り飛ばす。

 最初の扉へのジャンプで勢いを付け、その反動を加えてユーターンするように扉を蹴り上げる。それにより、ひ弱な自分の力が勢いによって倍増する。棍の先をドラゴンの腹めがけて突き刺し、全身の力を込めた。



『グアアァァッッ!!』

「ッ、炎……クッ!」



 雄叫びと同時に、腹への強力な一撃を入れた反動で今までとは比にならないほどの炎がドラゴンの口から吹き上がる。

 まさかここまで炎の威力があがるとは思っていなかったかれど……無理にでも棍の炎で吸収しないとこちらがやられるだけだ。ぐぐぐと炎に押される足を踏ん張り、回転させていた棍を振り上げる。



「…………ッ!」

『それでいい! そのままドラゴンの頭上に飛んで、頭に一撃をいれて……エンドだ』

「そんなこと……言われなくても、わかってるよ……ッ!!」



 足からスライディングして、ドラゴンの足を蹴り上げる。腹への一撃と、炎を吐いた反動もあって少しゆらぐ。その隙を見逃さずに、後ろ手に持っていた棍をガッと振るいさらに一撃。

 棍をドラゴンから離すと同時に高く飛び上がって、ドラゴンの頭上を見下ろす位置へと身体を持ってくることに成功する。



「これで、終わりだ……ッ!」

『グアアアアアアアァァァ!』



 吸収したドラゴンの炎は、もともとあった棍の炎とまじりあって……赤でも、青でも、白でもなく。暗い、闇色の黒い炎へと変化を遂げていた。

 これが良い物か悪い物かの判断はつかないけれど、良い物ではないということは、なんとなく気配から察することができた。



 断末魔を上げたドラゴンは、自分で吐き続けた炎によってその身を滅ぼした。

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