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箱庭の薬術師  作者: ぷにちゃん
第3章 呪いの歌
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31. 眠りし場所への入り口 - 2

「ふぅ……少し肌寒いから、スープが美味しいね」

「そうだね。ひなみ様は、ちゃんとあったかくしてよ」



 焚き火にあたりながらスープを口に含んで、しんと暗くなった外を見る。

 この洞窟で少し休憩をしていれば、あっという間に夜がきた。「風邪をひかれたらたまらないからね」と、私にブランケットを掛けてくれる。



「イクルこそ、寒くないの?」

「別に、鍛えてるからこれくらい問題ないよ」

「ふぅん……?」



 確かに、そう言われればイクルは鍛えているなと思う。細身ですらりとしてはいるけれど、筋肉はしっかりついている。かといってマッチョでもなく、丁度いい外見というのだろうか。理想だなと、なんとなくそう思った。



 少し硬いパンをスープで柔らかくして、口に含む。味が染み込んでいて美味しいなぁと思いつつ、私はいいけれどイクルはこれだけで足りるのだろうか?

 確かイクルは……19歳だったはず。



「ねぇ、イクル。それだけだと夕飯にたりないんじゃない?」

「ん? 別に大丈夫だけど」



 聞けばさらりと返される。確かにイクルはそんなにもりもり食べるわけではないけれど、家に比べれば十分質素だ。そんなことを思っていれば、「ひなみ様はちゃんと栄養とって」と追加でスープをよそられる。

 ……これは何だろう、イクルのほうが女子力高いのでは!?

 これではいけないと、イクルの器にスープをよそり返す。うんうん、男の子はいっぱい食べたほうがいいのですよ。



「……ほんと、ひなみ様っておせっかいだね」

「何、もう。だって、どう考えても私よりイクルのほうが食べるんだから! 遠慮したら駄目だよ」



 ぴしっと指を立ててポーズを決めたらイクルに笑われた。

 なんだか腑に落ちない気もするけれど、こうやってお互いに気を配りあうのはいいと思う。ましてや、私にはこんな冒険は初めてなわけで。

 イクルの気遣いは、私の心に余裕を作ってくれる。だから私は辛くても笑っていられるし、体調にも十分気を使うことができる。野宿なのに、なんだか安心するこの矛盾が心地いいなんて笑ってしまう。



 ご飯を食べて温まって、片付けをして。

 今後について少し話しつつ、私たちは休むために洞窟の奥へ向かった。





「え? イクル、それ……本気で言ってるの?」

「そうだけど?」

「意義ありです! 駄目、絶対!! おかしいよ!」



 夜も更けたので、そろそろ休もうか……というところで、私は重大なことに気付いた。

 寝袋が1つしかない。



「ひなみ様が寝袋で寝て、俺はマット敷いたしそれでいいけど」

「だって、それじゃぁ休めないよ……!」



 特に問題ないと言うように、敷いたマットの上に座って壁に背中を預けている。壁に寄りかかって、座った体勢で眠るつもりなんだということはわかった。

 でも、それでは身体が休まらないのではないだろうか。というか、間違いなく休まらないと思う。寝袋もそうかもしれないけれど、まだましというかなんというか。

 さっき用意したときに、寝袋が足りないなと思ったのだけれど……てっきりイクルがもう1つ持っているのだとばかり思っていた。

 こんなことならば、私自身もしっかりと確認をしておくんだった。もう後の祭りではあるけれど、次回は絶対見よう。イクルは自分を後回しにしすぎます。



「というか俺、寝袋だと眠れないんだよね」

「へ?」

「だから、この体勢のほうが寝やすい」



 ふぁ、と。ひとつあくびをするイクルが目にはいって……だけど、うぅん。寝やすいと、本人に言われてしまっては私が無理強いするのは難しい。

 絶対そんなことはないだろうと思うのだけれども、イクルだし。デリケートな問題かもしれない。そうなるとそっとしておいたほうがいいのだろうか。

 ぐるぐると思考を回して、とりあえず小さな声で「わかった」とだけつぶやいた。



 私も寝ようかなと、寝袋に入ろうとして……座っていたイクルがおもむろに立ち上がった。どうしたんだろうと思えば、しっと口元に指を当てられた。すぐに「魔物」というイクルの声にどきりとして、息を呑む。

 すぐ横に立てかけていた棍を手に取って、視線を洞窟の外へと向ける。



「ひなみ様はここで待ってて。倒してくるから」

「う……うん…………」



 まるで少し散歩にでも行くように、イクルが軽く告げるその言葉。

 しかしそんな様子に私はやっぱり慣れなくて。不安になりつつ返事をすることしかできない。洞窟の入り口へ向かうイクルの背を目で追って、心配になる。強いのはわかっているけれど、慣れない。



「…………」



 洞窟にひとり、ぽつんと座っている私。

 でも、ほら……少し視線をのばせばダッチョンがいる。



 ……イクル、大丈夫かなぁ。



 イクルが行ってから、何分くらい経っただろうか。実際はまだ数分なんだろうけど、体感的には30分くらい経っているのではないかと思う。

 少しだけ、洞窟の入り口の、ダッチョンのところまでなら……見に行ってもいいかな?



「そうだよ。ここで不安になっているよりも、少しだけ確認して洞窟の影に隠れてれば大丈夫……!」



 たぶん。そう、心の中で付け加えて、そっと洞窟の入り口まで歩みを進めた。

 イクルはどこにいるんだろう。洞窟の中からだと見えないかな……? そう思って、遠くを見るように目を細めれば…………いた。

 棍を流水のように扱って、狼のような魔物を倒しているイクルの姿が目にはいる。



「……すごい」



 イクルの腕が棍を振るうと、服についた装飾の紐が綺麗な円を描いて宙を舞う。

 戦っているはずなのに、まるでダンスでもしているようだと思った。洋服屋のお姉さんが、戦闘がいかに綺麗に見えるかは服による部分も大きい。そう熱く語ってくれたのを思い出して、確かにと納得する。

 買った投擲用の短剣を使うまでもなく、棍1本で3匹いた狼の魔物は倒された。



「…………」



 やっぱり強いなと改めて思う。さて、なんて声をかけようか。お疲れさま? ありがとう? それとも、無事で安心したと……声をかけるのが先かもしれない。

 こちらに向かって歩いてくるイクルに笑いかけて、ふとその違和感に気付く。



 …………私のこと、見てない?

 いやいや、まさかそんな。いくらイクルでも私を無視したりなんてしないはず。

 そう考えて、ふと。イクルの声が脳裏に蘇った。



『医者には……治らないと、言われています。まだ見える右目は、一生を掛けて視力を失っていくと言われました』



 呪奴隷市場で、初めてイクルに会ったときの言葉。

 普通に生活していたから、特に何も感じなかったし、ましてやそんなすぐに目が見えなくなるとも思ってはいなかった。

 ねぇ、イクル。もしかして。私のことを見ていないんじゃなくて、見えていない…………?



「……っ、あ……イクル」

「っ! ひなみ様、休んでてよかったのに」



 なんとか声を搾り出して、イクルの名前を呼べば……何でもないというように、いつものように返事が返ってくる。少し強張ったような気がしたのは、私の思い過ごしだろうか。



「……やっぱりほら、心配だったから。洞窟の入り口なら、ダッチョンもいるから安全かなって」

「そう。でも、あんまり無茶はしないでよね」



 呆れ顔のイクルに、「わかった」と伝えて……もしかして目が見えてない? と、聞く勇気が出なくて口が開かない。

 だけど。

 気付けば、私はイクルのもとへ駆け出していた。



 体当たりするようにイクルにぶつかって、勢いあまって地面へと倒れこんだ。イクルを押し倒した形になってしまい、イクルの目が驚きで見開かれた。

 そっとイクルの頬に触れて、両手で包み込む。



「……ひなみ様」



 きっと、察しのいいイクルのことだから、私が何を言いたいかなんてお見通しなのかもしれない。

 その証拠に、イクルは私の名前を疑問系で呼ばない。



「……イクル、ねぇ」

「うん?」

「目、いつから……見えてないの…………?」

「…………」



 ぽたりと、イクルの頬に雫が伝う。それが自分の涙だと気付くのに、時間がかかる。それほどまでに、今この時間はゆっくりと流れているように感じられる。「泣かないでよ」と、今度はイクルの手が私の頬に触れる。

 ごまかすように笑うイクルを見て、嫌だという意思を伝えるために首を振る。教えてと乞う。……気付かなかった私は最低だ。



「……ひなみ様は、すぐ流されるのに変なところで強情だね」

「そんなこと、ないもん……」

「…………見えなくなったのは、〈アグディス〉に来て少ししたころ。幸いこの大陸は山だから、風の精霊が多く風通りもいい。だから、そこまで不便はなかったんだよ」

「……なに、それぇ…………」



 アグディスに来てからということは、数日間は目が見えていない状態だったということではないのか。それを私に気付かれないくらい、普通に生活していたなんて。イクルは超人なのか、なんなのか。

 風の探索で普通に歩けると言い、とりあえずは問題ないと。そう、イクルが心配かけまいと微笑んだ。

 けれど、だから目が見えなくてもいいというものではない。それはまた別の問題だろうと、思う。

 溢れ出てくる涙を必死に抑えようと試みてはいるけれど、一向に上手くいく気配がない。



「ごめんなさい、全然……気付けなかった。ずっと一緒にいたのに、私……っ」

「別に、ひなみ様のせいじゃないんだから。そんなに気にしないでよ」

「……絶対、治す。回復薬(ポーション)の勉強も、もっと……頑張る、から……」

「…………うん。期待してまってるよ、ひなみ様」



 絶対ぜったい、治すから。

 ぎゅっとイクルにしがみついて、自分の無力さを悔やむ。しかし、私だってそんなに出来た人間ではない。所詮は、大学生。医療の知識なんて、花の病気に関することを除けばほぼ皆無だ。

 でも。方法はまだわからないけれど、きっとその方法を見つけるから。そう自分に言い聞かせて、イクルが涙を流さない分、私が思い切り泣いた。

 優しく私の頭を撫でるイクルの手が心地よくて、もっともっと、強くあろうと思った。







 ◇ ◇ ◇



 翌日。

 早朝からダッチョンを走らせてたどり着いたのは、レティスリール様の墓標。

 木で作られた門があり、その前に立っているのは墓守役のエルフが2人。

 イクルの目が見えないのであれば、私は最大限のフォローをしよう。強く心を構えて、姿勢よく立ってみせる。



「ここが、レティスリール様のお墓……」

「ひなみ様は、俺から離れないでね」



 イクルの言葉にこくりと頷いて、墓守の人へ村長さんの紹介だと告げる。睨むような目で見られた気がしたけれど、私だってここで引くことはできない。

 レティスリール様がここにいるのかは、正直にわからない。けれど、きっと何らかの手がかりがあるはずだと私は思う。いや、そう……思いたい。

 中に入りたいことを伝えて、許可証を渡す。そうすれば、少し驚いた表情を見せられて、しかしすぐに門が開かれた。



「……いいだろう。ようこそ参られた、薬術師殿」

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