29. 記憶の花 - 2
「……ようこそいらっしゃった」
「こんにちは」
ログハウスにそっと足を踏み入れて、目に飛び込んできたのは耳の長い年老いたエルフ。私の腰くらいの身長で、穏やかな笑みを浮かべた。
ソファに座るように促されて、腰をかける。イクルは座らずに、ソファの後ろに立ったままだ。
「旅の方だと聞いたが……アグディスへは何をしに? 人間では、よほど熟練の冒険者でなければ厳しいところであろう」
「主人が優秀な薬術師なもので、薬草などの採取の旅です。ここはサリトンよりも自然が多く、特殊な薬草が多いと聞きます」
「なるほどな。回復薬を売ってくれるという話だが、効果はどうだ? あれは薬術師の腕によって効果の差が激しい」
その言葉を聞いて、鞄から体力回復薬を1つ取り出して机に置く。
それを手に取り、くるくると遊ばせていたかと思えば。
「……ふむ。この物に宿る心よ、我に真実を示せ。《真実の鑑定》!」
「……鑑定スキル持ち、ね。なら話は早いか」
村長さんの使ったスキルを見て、イクルがぽつりと呟いた。
鑑定スキルとは、アイテムの情報を読み取ることが出来るスキル。前に、街で私の回復薬を鑑定してもらったことがあったのを思い出す。
簡単な内容であれば誰でもアイテムから情報を見ることができるけれど、詳しい情報を見るためにはこの鑑定スキルが必要になる。
そしてこのスキルには、使用方法が2つある。
1つは、スキルを使った術者のみに結果が分かる方法。
2つめ、は鑑定結果を紙に書き写す方法。
今使ったのは、術者のみに結果を知らせる鑑定。それがわかるのは、鑑定結果を書き写すための紙を使っていないから。回復薬の情報は、前に座っている村長さんだけが知りえるということだ。
「…………こんなに効果の高い体力回復薬を見たのは、はじめてだ」
「言ったでしょう? 主人は、名高い薬術師だと」
驚いて目を見開いた村長さんに、私の肩へ手を置いたイクルが含みを持った声で返す。
あまり大げさに言って挑発をしたりしないで欲しいのだけれども、イクルにすべてまかせると伝えてしまったので私は何も言えない。それに、私が何かを喋ったとしてもいいように丸め込まれてしまうような気がします。
「これほどのものであれば、是非にお願いしたい。部屋も用意させましょう」
「ありがとうございます」
どうやらこの村に無事泊まれるようでほっと胸をなで下ろす。さすがに冒険初日から野宿は辛いし、初めてのダッチョン移動だったから身体も疲れていた。
「それで、体力回復薬ですが……必要数は?」
「そうだな、可能であれば……100個ほど欲しいが」
「……わかりました。主人は疲れていますから、後で私がお持ちします」
「わかった。セラ、客人を部屋へ案内してやってくれ」
村長さんが声をかけた女性……セラさんは、娘さんだろうか。20代後半に見えて、淡い蜂蜜色の髪がさらりとゆれた。
私は村長さんにお辞儀をして、セラさんの案内に続く。特に何かを喋るわけではなく、少し長めの廊下を歩くだけ。奥の扉を開いて、「こちらでお休みください」と一言だけ告げられた。
「……助かりました。お部屋をご用意いただいて、ありがとうございます」
「いいえ。この大陸では、中心に行くほど人間はこころよく思われていませんから……今後辛い思いをするかもしれません。すべては、レティスリール様の御心のままに」
「レティスリール様?」
綺麗に礼をとって立ち去ろうとするセラさんに、声を、疑問をかける。
確かに人間よりも、エルフや獣人のほうがレティスリール様に近しい存在だということは耳にしたことがある。レティスリール様の宝物である“宝石華”を盗んだのも人間だといわれているようだ。
「ええ。私たちエルフは皆、レティスリール様を信じています」
「そうなんですね。私も、レティスリール様にお会いしてみたいです」
「いつか……そんな夢のような日がきたら嬉しいですね。では、私は失礼します」
「あ、はい。ありがとうございます……っ!」
慌てて再度お礼を言って、セラさんを見送った。
イクルに「喋りすぎ」と言われたけれど、気にしたら負けな気がします。だって、この旅の目的はレティスリール様。
案内してもらった部屋にはいって、机の上に鞄を置く。
「でも、イクルの丁寧な喋り方ってなんだか不思議。いつもの口調でなれちゃったし……というか、主人とか言われると恥ずかしくてしかたがないよ」
「まぁ、なめられても困るからね。ここは人間の少ない大陸だし……ひなみ様はどっしりかまえてればいいよ」
「うぅ……慣れないね」
ふぅと大きく息をはきだして、椅子に座る。
偉い人の前というのは、どうしても落ち着かない。やっとイクルと2人になれたので、肩の力を抜いていく。
とりあえず、第一段階はクリアというところだろうか。
村に一泊させてもらえるというだけで、大分ありがたいのです。出来れば、回復薬を販売してもう少し仲良くなれればいいなと思う。
レティスリール様を捜すこの旅は、明確なポイントがない。おそらくアグディスにいるだろう。という、かなり漠然とした予測。大自然に囲まれたこの大陸は、広く深い。
その中で、めぼしもないままにレティスリール様を捜すとしたらどれほどの時間がかかるかもわからない。島の中心にいるという確かな確証だってないのだ。
だから、私たちはこの大陸に住む人たちと仲良くなって……村への宿泊やお店での買い物をこころよく受け入れて貰いたい。それが無理であるならば、野宿ばかりになって私がつぶれてしまう。
「…………ねぇ、イクル。きっと、大丈夫だよね?」
「なにさ、弱気だね。まぁ、なんとかなるよ。ひなみ様は薬術師の適性があるから普通の人間よりは受け入れて貰えるだろうし。まぁ、呪奴隷の俺がいるとマイナスになるかもしれないけど」
「もう、そんなこと言わないでよ。イクルは好きで〈呪〉を持っているわけじゃないんだから……」
それに。
今回のこの旅では〈呪〉を解除するというのが大きな目的なのです。
レティスリール様を捜しだして、呪を解除して貰う。呪奴隷がいなくなって、この異世界〈レティスリール〉はハッピーになるという仕組みなのです。
「うん、そうだよ。レティスリール様を見つけたら、呪を解除して貰うんだから……! イクルはもっと堂々としてればいいんだよ!」
「はいはい」
私の熱弁を軽くスルーしながら、体力回復薬の材料を机の上に並べていく。呆れ顔をしながらも私の話に耳を傾けてくれているので、一応イクルなりの優しさはあるのかもしれない。
「体力回復薬を100個だね。瓶が足りないから、それだけポイントで交換するとして……あとは《天使の歌声》で大丈夫かな」
「そうだね。材料も簡単なものだけだし……」
体力回復薬の材料は、体力草、水、瓶。
なんてお手軽なんだろうと思うけれど、通常の薬術師はとても面倒な手順を踏んで回復薬を作る。
「家の中だから、あまり目立ったことはしないでよね」
「大丈夫だよ、静かに作るから……」
イクルが体力草を用意してくれている間に、私はポイントで瓶を100個用意する。
ごとんと音を立てて、すぐ私の横に瓶が現れた。
「あ、でも水はどうしよう。水差しはあるけど、足りないよね」
「そうだね……俺が貰ってくるから、ひなみ様は部屋で待ってて」
「わかった。体力草を少しだけ育てておくね」
水を入れるのに、鞄から丈夫な袋を持ってイクルが部屋を出る。
旅では、かさばってしまうので瓶などに水を入れたりはしない。空になったらすぐに小さくしまうことのできる袋が好まれる。
ただ、回復薬のようにすぐ飲む必要があるものは、瓶を使用するのがほとんど。
さすがに、死にそうな傷を負ってちんたら袋から回復薬を飲んでいる暇はないのだろう。
「土が入った袋に体力草を入れて、準備はオッケー!」
これなら、スキルを使っても体力草が大増殖することはない。
念のため、土がこぼれても大丈夫なように布を敷く。お借りした部屋を汚してしまうわけにはいかない。
「よし、っと。あまり大規模になると困るので、少しだけ育ってね。《天使の歌声》」
小さな声で、つぶやくようにスキルを唱える。
そうすれば、ゆっくりと、だけど確実に……体力草が成長し、増えた。
うん、上出来だ。あとは、イクルの持ってきてくれる水があれば問題はない。
丁度いいタイミングで、ノックの音が耳に入る。イクルの「開けて」という声が聞こえ、ドアを開ける。
そこには、右手に水の袋、左手に大きめの瓶を持ったイクル。
「これが水で、こっちは蜂蜜だってさ」
「ありがとう。でも、なんで蜂蜜?」
「村長が、疲労回復にいいからって。この村で採取してるんだってさ。まぁ、回復薬のお礼だと思えばいいよ」
なんだか、気を使わせてしまっただろうか。少し不安になりつつも、蜂蜜はありがたくもらうことにした。
山では、甘いものがあったほうがいいと聞いたような気もするし。
最悪遭難したら、この蜂蜜で乗り切ろう。
「でも、少しだけ食べたいなぁ」
「食べればいいじゃない。そのままでもいいし、港街で買ったクッキーが少しあるよ」
「あぁ、野宿を考えて買ったクッキー!」
この世界では、砂糖があまり採取できないので甘いものがあまりなく貴重。
なので、クッキーとは言うけれど……食べてみると甘くないのです。
ただ、パンより日持ちするから冒険者などにはこちらが好まれる。あとは干し肉とか、そういったものを持ち歩く。
「この村でもクッキーは買えるらしいから、食べても問題ないよ」
「そうなの? それなら、せっかくだし蜂蜜クッキーしよう!」
鞄のポケットに入れておいたクッキーを2枚取り出して、1枚をイクルに渡す。
そっと蜂蜜を付けてクッキーを食べれば、すっごく甘い。日本にいるときに食べていたものよりも甘いのではないだろうか。それでいて、そこまでしつこさがあるわけでもない。
「美味しいー……!」
「うん、これは美味しいね……」
私と同意見だったイクルが、蜂蜜を食べて感嘆の声をあげた。
そしてふと……私の中に記憶の花がよみがえる。そうだ、この花を見たのは、リグ様にもらった薬術書。
「思い出した。そうだ、蜂蜜と、記憶の花だよ。これ、回復薬の材料!」
「そんなのあったっけ?」
「うん。あった。記憶の花、蜂蜜、瓶、これで記憶の回復薬ができるはず……」
本は家に置いてきてしまっているけど、恐らく間違いない。
どきどきと高鳴る心臓を押さえながら、私は瓶をひとつ手にとり、記憶の花に蜂蜜をたらした。
「《天使の歌声》」
「…………」
私の声だけが室内に木霊して、出来上がったのは……割れたハートの模られた記憶の回復薬。
透明の液体が入った瓶を見て、なんだかとても切ない気持ちになった。
記憶の回復薬
封じられた記憶を蘇らせることができる。
「……なんだか、物騒な話だね」
「うん。なんだろうね、封じられた記憶って」
私も効果までは知らなかった。
けれど、封じられた記憶を蘇らせるということは……記憶を封じることもできるということに繋がる。なんとなく、少し怖いなと思い瓶をなでる。
「まぁ、今は必要ないだろうけど……何かあったときのために持っておくのはいいかもね。ただ、公になっている回復薬ではないだろうね」
「そうだね、うん。気をつけて、鞄の奥にしまっておくね」
急いで鞄にしまって、一息つく。
エルフの村に咲く、たくさんの記憶の花。エルフの村で作られている、美味しい蜂蜜。
その2つからできる記憶の回復薬は……エルフの村にとって何か大きな意味があるのではないかと思う。
けれど、今はそれを知る術はない。もしかして、ミルルさんなら何か知っているかもしれない。会えるかはわからないけれど、会えたならばそれとなく聞いてみよう。
次は土曜日に更新する……予定で、いや、します!




