27. 初めての冒険準備 - 3
豪華な宿屋の部屋が私にはなんとなく相応しくないような気がして、ベッドの端に腰掛けた。
昼間、ダッチョンを上手く乗りこなせなくて割とへこんでいるというかなんというか。いや、そもそも初心者だから当たり前ではあるのだけれども……イクルがすごいから自分の駄目さが際立っているのかもしれない。
アグディスでは、あまり人間は受け入れられないと。そんな理由からいい宿屋を選んだけれど……今日出会った人たちは皆いい人たちだったなと思い浮かべる。
ダッチョンを見に行ったときの店員さんは犬耳の獣人さんだったけれど、すごく丁寧に接してくれたし。へこむ私に、初心者なんだから大丈夫。最初は皆そんなものだから元気だして! と、励ましてくれた。
「うーん……本当なら、明日は少しのんびりして明後日から冒険の予定だったんだけど」
どうしよう。間違いなく、私のせいで冒険がストップしてしまいそう。
イクルはダッチョンではなく馬でもいいと言ってくれてはいたけれど、さすがにそこまで甘えるのもよくないと思う。
そもそも、馬は山登り? には、あまり適していないそうだ。ダッチョンであれば、山にもなれているため頂上付近まで乗って行くことができると店員のお兄さんが教えてくれた。
「馬で行って、割とすぐに徒歩移動になるか。それとも、かなり上までダッチョンで移動するか」
そう考えると、自分の体力面を見てもダッチョンを選択するのが1番いいというのはわかりきったことというかなんというか。うーんともう1度唸って、昼間の出来事を思い出してみる。
正直、すごくすごく、怖かった。恐怖だった。だって、謎の生物? ダッチョンが私だけを乗せて走り出したとか……普通の子は恐怖に震えると思うのですよ。それが今後は山道になるのだから、笑えないわけで。
イクルが助けてくれるだろうという思いはあるけれど、すぐに対応できるとも限らない。ダッチョンに乗るのであれば、私は最低限1人で歩かせることができて、少し早く走らせて、止まらせる。これができなければならないのです。
「ダッチョン自体は可愛いから好き、なんだけどなぁ……」
いかんせんあの乗ったときの高さと、結構揺れるところが恐怖心を煽るのですよ。
もっと、仲良くなれたらいいんだけどなぁ。でも、動物と会話とかできるわけでもないし。なんとなく嬉しいのかなとか、それくらいなら分かる人はいるかもしれないけれど。
「いや……このまま冒険をスムーズに進めるには、ダッチョンしか選択肢がないということはわかってる。馬だと駄目だっていうこともわかってる」
よしっ!
決めた。もう1度、明日になったら乗る練習をさせてもらおう。それで、ダッチョンと仲良くなれるようにしてみよう。
そう決めれば、なんとなく胸がすっきりとした気がした。私は決断力に思い切りがないから、いつもぐだぐだしてしまう。でも、これからはもう少し頑張ってみようと……そう思います。
◇ ◇ ◇
家にいるときも大きい鳥の鳴き声と、ばさばさと飛ぶ音で自然と目が覚める。
そうだ、アグディスにいるんだと思い出すのに時間はかからなかった。
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おはよう、ひな。
初めての〈アグディス〉はどう?
ひなの家がある〈サリトン〉よりも自然がよりいっそう深い大陸だから、勝手が違うところもたくさんあるかもしれないね。
だけど、ひなのように薬術師の適正を持っている人には材料の宝庫とも言える大陸だから……いろいろな場所に行ってみるのもいいかもしれないよ。
レティスリールを捜すのは大変だと思うけど、ひなならきっと大丈夫。楽しみに待ってるね。
それと……すごく悩んでいたみたいだけど、結論がでてよかったよ。
ダッチョンは、すごく優しい動物だからひなとの相性はいいと思う。だから、諦めないで今日はダッチョンと一緒に頑張ってみるのがいいと思うよ。
旋律の花が好きだから、天使の歌声で少し増やして持って行ってあげるといいよ。でも、あまり数のある花ではないからこっそり持って行くんだよ。
ちなみに、個性的な鳴き声だけど……本当に嫌だと思ったときはさらに個性的な鳴き声になるからすぐにわかると思う。
そうでなければ、普通に接し続けて大丈夫だよ。
じゃぁ、頑張ってね。
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朝、目が覚めて1番最初にしたことは交換日記の確認。
アグディス2日目の今日……私は力一杯一生懸命ダッチョンと向き合うのです。リグ様の言葉に励まされて、少し勇気が出た。そして、さりげなくアドバイスをしてくれたことにも嬉しくなる。
「確かに、旋律の花が好物だって言ってた……」
でも、この花はメジャーではあるけれど、たくさん入手することが難しい花でもあるらしい。
ロロのおばあちゃんが花壇で育てていたから、少し不思議に思うけれど……もしかしたら、育てるのに時間がかかったり花があまり咲かないような種類なのかもしれない。
それを私のスキルで簡単に増やすのは……なんだか申し訳ないけれど、私にできる数少ない力なので使わせていただこう。私は頑張って冒険して、リグ様に恩返しをするのだから。
少し吹っ切れたかなぁと思いながら、花のいい香りに頬が緩む。
「ひなみ様ー?」
「あ、おはようイクル!」
ドアをノックするイクルに笑顔で返事をして迎え入れれば、少し驚かれる。「もう立ち直ったの? さすがひなみ様だね」と言われてしまったけれど、いつまでもめそめそしているわけにはいきません。
「大丈夫。やっぱり、もう1回ダッチョンに乗ってみようと思って……」
「そうなの? まぁ、駄目とは言わないけど……俺が近くにいるから、ゆっくりね」
「うん。ありがとう、すごく助かるよ」
もちろん、イクルが助けてくれるのが大前提ではあるのですが。
いやほら、やっぱり保険は大切というか。何かあっても、イクルがいれば大丈夫だと思うのは……私がイクルをちゃんと信頼している証だろうか。
私もいつか、イクルに信頼してもらえるようになれたら嬉しいけれど……私はドジだしあまり取り柄もないからなぁ。現に今だって迷惑ばかりをかけてしまっているし。
「できる女になりたい……」
「……ほら、朝ご飯はひなみ様の好きなお肉らしいよ」
「私はいたって正常だよ!」
顔に大丈夫? と、書いてあるのですけれどもイクルさん。
目指せできる女。アグディスを冒険して、レティスリール様を捜し出して、私は成長するのですよ。
◇ ◇ ◇
「ひぎゃああぁぁぁああぁぁぁぁぁ……っっ! と、と、と、とっととまああぁぁぁ!!」
「あー……ひなみ様、手綱をぐいっと引くように後ろに倒れてー」
『チョッ!』
いやいや、それ難易度高いですよねイクルさん!?
私とイクルはダッチョンに再チャレンジ! いや、私だけですが。ということで、ダッチョン再びです。
店員のお兄さんはログハウスの中にいて、ここにはいない。イクルのダッチョン捌きならと、自由に練習させてくれた。その優しさに涙をながしつつ、上手く行かない自分がもどかしい。
さっそく乗って、ゆっくり歩いて……よし! と、心の中でガッツポーズをすればとたんに走り出した。そして私は……雄叫びをあげたのです。
イクルが軽い感じにアドバイスをしてくれているけれど、正直それ、無理です。
「怖いかもしれないけど、やらないと止まらないよー」
「ううああぁぁああぁぁ」
「ひなみ様、しゃべれてないからー」
『チョッチョー』
陽気なダッチョンの鳴き声が恨めしく思えるほどに、私の口からは謎の叫び声しか出ない。いったい身体のどこからでているのかと思うけれど、仕方がない。出てしまうのだから……!
でも。いくら身体を倒すのが怖くても、このままでは駄目なのは分かっている。
大丈夫、女は度胸。やれば私だってできるんだから……!
「ダッチョーーンっ!!」
『チョッ!?』
手綱をぐいっと引っぱり、全体中をのせて後ろに倒れ込む。大丈夫、落ちたって死なない落ちたら回復薬すぐ飲む大丈夫!
自分に言い聞かせて、とりあえず勢いをつけるためにダッチョンと叫んでしまった。よくよく考えればかなり恥ずかしいのではないかと思ったけれど、ずっと叫んでいたので今更感もはんぱないわけで。
「あ、止まった」
「ふあぁ……」
『チョー?』
ふと耳に聞こえたイクルの声に、ダッチョンが止まってくれたんだということが分かった。私ではもう、頭が混乱していてよくわからなかったかもしれない。
「ひなみ様、大丈夫? まぁ、無事に止まったし1歩前進じゃない?」
「うん、うん、うん……」
「って、何後ろに倒れてるのさ」
「力が、はいらなくて…………」
手綱を握りしめたまま、ダッチョンの大きなしっぽ? に、よっかかるような形になっている。ふわふわの羽根で、心地いい。というか、ふわふわすぎて身体が沈んでしまい、起き上がれない。
イクルに引っ張られてなんとか身体を起こせば、そこにはいつもの呆れ顔。……ではなくて、珍しい、ちょっと笑顔のイクルだった。
少しは認めてもらえたのかな? 頑張ったし……と、思うけれど。しかし走っていたダッチョンを止めただけだったということに気付く。いやもう、私の中では偉業をやり遂げたぜ! ばりの達成感だったのですけれども。
「ありがと」
「少し休憩だね」
ダッチョンから無事におりて、イクルにお礼を言う。
休憩だし、ここへ来る途中に屋台で買った軽食でもと思い鞄の中を見て……あ。
「すっかり忘れてた。これこれ!」
「ん? 旋律の花がどうかしたの?」
「ほら、ダッチョンの好物は旋律の花だって言ってたでしょ? だから……《天使の歌声》」
旋律の花を地面に植えて、そっと小声でスキルを唱えれば旋律の花が1本から3本へと増えた。
「ちょ、こんなところでいきなりスキルを使わないでよ」
「あ、ごめん。うっかり……」
「まぁ、誰もいないことは確認してたからいいけど。気をつけてよね」
またやってしまったなと思いつつ、イクルが周りを見ていてくれていたことに驚いた。一応、護衛という形だから周りを見ていてくれているのだろうか。
私としてはすごく助かるのだけれど、イクルが疲れないといいな。
『チョー!!』
「あ、ダッチョンがすごく喜んでる。ほらほら、私からのプレゼントだよ!」
乗っていたダッチョンの口元に旋律の花を持って行けば、ひときわ嬉しそうに『チョー!』と鳴いた。
うんうん、喜んでもらえると私もすごく嬉しい。いっぱい食べてね……と言いたいけれど、あるのは3本だけなので今日はそれで我慢してもらおう。
『チョ、チョッ♪』
「美味しかった? なんだかご機嫌だね、ダッチョン!」
私にすり寄ってきて、お礼を言うように声を上げる。その仕草がとても可愛くて、なんだか私とダッチョンの距離が縮まった気がする。
『チョッチョチョッチョー♪』
「え?」
『チョッチョ!』
「……もしかして、乗れって言ってる?」
羽根をばたばたさせて、背中に乗るようにくいくいしているダッチョン。どう見ても、私を乗せようとしているのだけれど……その、なんというか、上手く乗れる自信はまったくないよ?
「まぁ、乗ってみれば? 餌もあげたんだし、少しは言うことも聞くんじゃない?」
「そうかなぁ? でも、ダッチョンご機嫌だし……うん、乗ってみる」
足をかけて、よいしょっと鞍ににまたがる。
よしよし、乗ることだけなら問題なく1人でもできるようになった。最初の頃に転んでしまったりしたことは内緒です。
足でトントンとすると歩き出して、下にぐっと伸ばすと走り出す。手綱を引いて止まれ。
「よしっ! 行くよ、ダッチョン!」
足をトントンとして、歩くように指示を出す。
「ダッチョン、走るんじゃなくてゆっくり歩いてね」
『チョッ!』
任せろと言わんばかりに、ひときわ大きく声をあげてゆっくりと歩き出したダッチョン。
その足取りは加速することなく、1歩ずつ、ゆっくりと……歩いていた。
「うわあぁ! すごい、ちゃんと歩いてくれてる」
「うん。じゃあ、そのまますこし歩いたら手綱を少しだけ右に引いて」
「わかった!」
30メートルほど直進を続けて、ダッチョンが走り出さないことを確認してから手綱を軽く右に引く。
くるりと右手方面に歩き出して、そのまま右に引き続ければ1回転してイクルがいるほうへと歩く。
「すごい、私の言うこと聞いてくれた……!」
「餌をあげた途端なんて、現金な奴だね」
「あはは……」
まぁ、食べ物で釣られてくれるのであれば可愛いものです。
それからもう少し練習をして、私はゆっくりではあるが……無事、ダッチョンに乗れるようになった。




