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箱庭の薬術師  作者: ぷにちゃん
第3章 呪いの歌
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26. 初めての冒険準備 - 2

「うーん……どの子がダッチョンなんだろう?」



 はて、さて。

 動物屋さん? の、柵近く。馬やモー、それから違う種類の動物が3種類。おそらく、この3種のうち1種がダッチョンなのだけれど、いまいちわからない。



 すらっとした赤い羽根を持ち、白く長いくちばし。すらりと長い足はどことなくダチョウのように思えるけれど、人が乗るには少し小さいのではないかと思うその体長は1メートル程度だろうか。



 黄色い羽とオレンジのくちばし。足が短いけれど、身体は大きい。私とイクルの2人で乗ったとしても、ちゃんと歩いてくれそう。



 もこもこした白い羽毛と、黄色いくちばし。体長はだいたい2メートル程度だろうか。この3種類の中で1番足が長くて、速そうです。



「でも、どの子も可愛いしよかった。これなら安心して乗れるかもしれない……!」

「はいはい。まぁ、ひなみ様は動物に懐かれやすそうだし大丈夫でしょ。家にはまろもモーも鶏もいるしね」



 …………イクルの中では、まろも動物カテゴリーなんだろうか?

 という疑問が瞬間浮かんだけれど、そもそもが雪うさぎだからあながち間違っていないのかもしれない。うぅん、ここらへんのファンタジー要素はよくわからない。

 日本では動物が人間になったりはしないから。でも、まろも人間ではなくて精霊だから、やっぱりどっちかっていうと動物カテゴリーなんだろうか。謎です。



「あ、お客さんっ?」

「こんにちは! ダッチョンを明後日から借りられたらなぁと思って来たんですけど……」

「あぁ。ダッチョンですね」



 ログハウスから、店員さんらしい犬耳の人懐っこい笑顔をしたお兄さんがでてきた。あ、ちゃんとしっぽもあるんだとなんとなく目がいってしまい、慌ててそらす。

 ゆっくりと柵の動物に近づいて、「こいつがダッチョンですよ」と店員が示したのは、真っ白い羽毛のもこもこした子だった。



「お2人ですかね? こいつは1人乗りなんですけど、経験はありますか?」

「えっ!」

「……それに乗ったことはないかな」



 さらりと言ったお兄さんの言葉に、冷や汗が。私はてっきりイクルの後ろに乗っていくものだとばかり思っていたわけで。でも、そうか……そうだよね。2人で乗ってしまったら動物さんだって辛いし大変だよね。

 私も異世界デビューからもうすぐで3年経つことだし、ダッチョンくらい自在に乗りこなせるようにならなければ……!

 そう思って、店員さんの横まで行ってダッチョンをまじまじと見る。愛くるしい大きな瞳はブルーの瞳で、とても可愛い。『チョッ』と、可愛い鳴き声が聞こえて少しびっくりしてしまう。



「ひなみ様、1人で乗る気なの?」

「う、うん……駄目かな?」

「いや、駄目じゃないけど。大丈夫? 別に無理しなくてもいいよ、馬にしたっていいんだし」



 イクルの甘い囁きが私を襲う。

 そう、私はいつもイクルに甘えている。ここらでびしっと、私もしっかりするべきなのだと思う。せっかくのアグディス! 初めての本格的な冒険……! そう、異世界デビューには丁度いいナイスタイミング。

 ガッツポーズをして、力強くイクルに「大丈夫!」と伝えれば、なぜか頭を撫でられて生易しい目で見られた。なぜ。



「楽しい2人だねぇ。明後日から貸すことはできるから、少し乗ってみる?」

「はいっ! ぜひお願いします……!!」



 店員さんの申し出に力強く頷いて、イクルをひっぱり店員さんと柵の中へと入る。とたんに寄ってきた動物に驚いてイクルの後ろにかくれれば、やれやれと呆れ顔をされた。

 だって、馬とか、ダッチョンとか、わらわらこっちにくるとは思わなかった。すごい人懐っこい動物たちなのだろうか? レンタルしてるくらいだから、そう躾をしているんだろうな。



「すごい、初回からこんなに懐かれる人も珍しいね。攻撃されたりしないから、撫でてごらん」

「は、はい……」



 恐るおそる手を伸ばして、そっとダッチョンへと触れる。

 そうすれば、すぐにふわりとした、もこっとしたような感触が手をつつむ。すごく暖かくて、動物ってすごいなとしみじみ思う。日本にいると、ペットの犬や猫くらいしか触れる機会もなかったし。



「イクル、羽がすごい柔らかいよ……!」



 触ってみて! というようにイクルを手招きして、しかし「別にいいよ」と断られてしまう。イクルって、実は可愛い動物みたいなの好きだと思うんだけどなぁ。いや、私の思い込みですけどね?



「うんうん、出だしはいいね!」



 お兄さんがよーしよしとダッチョンを撫でて、りんごを1つ食べさせた。

 鞍をダッチョンに付けて、人が乗れるように準備を整えてくれる。一応足をかける場所もあるけれど、なんというか不安定で。私に乗れるかなと不安になっていれば、イクルが先に乗ると言ってくれた。



「よし、兄ちゃんからだね。乗りかたは馬と変わらないけど、どうかな」

「馬には乗れるから問題ないよ」



 ダッチョンの背に手をつけて、いとも簡単に背中へ乗るイクル。手綱がついてはいるけれど、特にそれを持つこともせずに乗りこなした。

 店員のお兄さんが「へぇ……」と、感心した様子でイクルを見る。やはり、最初からこうも簡単に乗りこなす人は少ないのだろう。ダッチョンは大人しくイクルの指示にしたがっているようで、その場で静止し、イクルが合図をすると走り出した。



「……すごい!」

「うんうん、たいしたもんだよ。ダッチョンに初めて乗る人はみんなそこそこ苦戦するんだけどなぁ……」

「そうなんですか? じゃぁ、やっぱりすごいんだ……」



 軽やかに乗りこなすイクルを見ていると、私でも簡単にできてしまうような気がするからこまる。そんな事実はまったくないので、焦る。

 そもそも、まずは鞍がついているとはいえ乗るところから苦戦するのは目に見えている。足をかけて、ひょいっと乗れというのだろうか。いやいや、無理でしょう。



「兄ちゃんは大丈夫そうだな。何か質問とかはあるか?」

「いや、問題ないよ」

「そうか。じゃぁ、次はお嬢ちゃんだね」

「…………が、がんばりますっ!」



 イクルがあそこまで乗りこなした後なので、なんとなくやりにくいと思いつつ……女は度胸、やらねばならぬ。

 足をぐっと金具にかけて、一気にのりあげようとして……ぐぐ、高くて乗れない。どうしようかなと、一瞬身体を止めればイクルが後ろから支えてくれた。



「ありがとう、イクル」

「焦らないで、ゆっくり乗れば大丈夫だよ」

「うん」



 イクルに支えられた身体を大きくゆらして、なんとかダッチョンへと乗ることができた。体長が2メートルほどあるので、自分の視界がいつもより高い。

 不安定な身体を支えるために手綱をしっかりと掴んで、いざダッチョンとお散歩を……! と、意気込みはしたものの……まったく歩いてくれません。まさに直立不動で、足を1歩たりとも前に出してくれない。



「……歩いてくれない」

「ええと、足でトントンってすれば歩いて、足をぐっと下に伸ばすと走ります。手綱を引けば止まるから、ゆっくりやってみましょう」

「はい、よろしくお願いします」



 ようし、トントン。

 ………………動いてくれない。なぜ。試しに、走るための合図だという足を下にぐっと伸ばす動作もしてみるが、一向に走るどころか歩いてすらくれない。

 柵の中に行ったときはあんなにすぐ寄ってきてくれたのに、実は嫌われていたのだろうか。



「おかしいなぁ、向き不向きはあるけれど……ダッチョンが反応を示さないなんてこれも珍しいな」

「私、嫌われてるんですかね?」

「いやぁ、最初の懐き具合からそれはない。何でだろうなぁ」



 ぽんぽんとダッチョンをたたいて、「どうしたー?」とお兄さんが声をかける。しかし、『チョッ!』と鳴いただけで特に反応はない。

 私が持っていた手綱を手にとって引いてみれば、やっと1歩だけ踏み出ししてくれた。



「ほらほら、歩けるだろー?」

『チョー』

「わ、わ、歩いた……! イクルすごい、歩いたよ!」

「はいはい」



 お兄さんが手綱をぐいぐいと引いて、ダッチョンが少しずつ前へと歩いてくれた。その足取りはイクルのときより何倍も遅いけれど、まったく歩いてくれなかったことを考えると涙がでるほど嬉しい。

 よしよし、いい調子! 動物園でポニーに乗っている感がはんぱないですけれど、いたしかたない。今はお兄さんに手綱を引いて貰って歩く練習をするしかないのです。



「じゃぁ、このままゆっくり歩いて……よし、手綱を持ってごらん」

「はい……っ! と、止まりました……」

「っれぇ? おかしいな、なんで歩かないんだ?」



 頭に疑問符を浮かべて、ダッチョンを見るお兄さん。普通に人懐っこいみたいだし、イクルのときも普通だったし。なぜ私ばかりこんな展開になってしまうのか。

 うーんと考えつつ、しかし理由はわからない。



「旋律の花を持ってるくらいしか心当たりもないしな、でもなぁ……」

「ん? 持ってますよ」

「え! そうなの? じゃぁ、それが原因だ」



 はい?

 ロロのおばあちゃんからもらった旋律の花は、私の鞄に入っている。お兄さん曰く、それが原因らしいがどういうことだろうか。

 詳しく話を聞けば、どうやらこの花はダッチョンの好物でもあるらしかった。だから、私のほうに寄ってきたし、においのする私を乗せて動かなかったらしい。

 試しにイクルに鞄を渡してみれば、ダッチョンは普通に歩いてくれた。すごい、私が足をトントンとすれば歩いてくれる。右に手綱をひっぱれば右に……行かずに走り出した。



「ちょ、え、あっ! やだやだやだ、いくるうううぅぅ止まらないよおぉおおぉぉおぉぉ!!」

「何やってるのさ……」



 私にとってはかなりのスピードで走り出したダッチョンだけれども、周りから見ればそうではないのか……イクルは呆れ顔でやれやれとジェスチャーをした。

 それよりはやく助けて欲しいのですけれども、これどうすればいいのでしょうか……!



「お嬢ちゃん、手綱をおもいっきり引っ張って!」

「もうやってますううぅぅ……っ!」



 慌ててお兄さんがアドバイスをしてくれるけれど、そんなこととっくにやっています。というか、何かあったら怖いからいつでも手綱を引けるようにしていたのにこれでは意味がないではないですか。「まじで!?」という絶望の声が聞こえて、私の背中を汗が伝う。

 どうしよう、止まらない。私の力の限り手綱を引くけれど、走っているということもあり上手く力が入らないし、そもそも乗馬経験だって動物園のポニーなのに。



「大丈夫、落ち着いて……」

「っあ、イクルっ……!!」



 不意に背後から聞こえた声と、温もり。驚いてちらりと振り返れば、いつの間にか距離をつめたイクルはダッチョンの背に手をついて……宙を舞った。

 そのまま私の背後に座って、手綱を取り上げられる。足をトンとして、手綱を引けば…………いともあっさりと、ダッチョンは走るのを止めた。



「はっ……はぁっ……! 怖かった……!」



 イクルに抱えられながらダッチョンを下りて、へたりとしゃがみこみそうになる。足ががくがくしてしまって、イクルに支えてもらわないと立てそうにない。

 震える私の頭をよしよしとイクルが撫でてくれるけれど、あの恐怖はなかなか消えそうにない。



「すみません、大丈夫ですか……!?」

「な、なんとか……」



 慌てて走ってきたお兄さんの顔は青くなっていて、犬耳がぺたりと垂れてしまっている。何度も「すみません」と謝ってくれたので、私も笑顔で「大丈夫ですよ」と返すけれど……なかなかにすごい体験でしたよ。



「ひなみ様、馬にする? それなら、俺と一緒に乗ればいいし」

「……う、うーん。ちょっと、一晩考えてからでもいい?」



 即決できない自分はへたれだなぁと思いながら、イクルが頷いてくれたのでほっとする。お兄さんにもその旨を伝えれば、了承の返事をいただけた。練習や質問などがあればいつでもどうぞということばもいただいたので、一晩じっくり考えてみよう。

 でも、どっちにしろ明日はもう一度ダッチョンと触れ合ってみて、それから最終結論を出そう。今は走った直後だから怖いだけで、時間がたてばけろりとする可能性だった十分あるのだから。



「じゃぁ、とりあえず宿にもどって休もうか。夕飯はその後」

「うん。船旅だったから、疲れも溜まってるんだよ。たぶんそれもあって、ダッチョンに上手く乗れなかっただけかもしれないし……」

「はいはい」



 そう、万全のコンディションで挑めばダッチョンと心を通わすことができるかもしれない。私の思い上がりかもしれないけれど、その可能性だってゼロではないのですから。

 とりあえず、今日は美味しいご飯を食べて、明日に備えるのがお仕事だ。

 隣で呆れ顔をしているイクルは、なんでもそつなくこなせて…………正直、かなり羨ましいです。

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