26. 初心者講習 - 8
これは、何…?
王家の実を発芽させられるのは、レティスリール様だけだと、光の精霊さんが言った。
そして、それ以外にも“禁忌”と呼ばれる方法があるとも、言った。
では、この状況は、禁忌……?
「たくと…」
私の口から漏れるのは、とても小さなつぶやきの声。
今の、この状況は、禁忌…?
タクトの左胸から咲いた花は、赤い、大きな一輪の花だった。それが何の花かは私には皆目見当がつかないが、良い物ではない…というのは何か肌で感じる。苦しそうにしているタクトの顔からは表情が消え、しかし私にはどうすれば良いのか分からない。
「タクト… タクト! しっかりして、意識はある…!?」
「……」
何度も呼びかけるが、揺さぶっても反応を示さない。それどころか、タクトの左胸に咲いた花が…成長している。葉が生い茂り、さらには木の枝が、生えて来た。
そして、その後は一瞬だった。
光が辺り包み込んだと思えば、魔法陣の中心からは2メートル程の木が生えていた。
「え…?」
これは、何…?
「ひなみ様っ!!!!」
「あ…っ」
ふらりと、後ろに倒れる寸前で腕が私を抱きとめた。
息を切らして、汗だくになって、これは…イクル、だ。
「イクル、いくる…いくる… タクトが…!」
「ひなみ様!? タクト…? 何があったっていうのさっ」
私の尋常ではない様子から、イクルの声にも焦りが含まれる。
だが、私には何か説明することも、声を上手く発することすら出来ない。
この木がタクトだなんて、そんなまさか。あるわけが、ない。
「…とりあえず、この部屋には木があるだけで危険はなさそうだけど。タクトも一緒だったの?」
「……」
「ひなみ様?」
震えるばかりで、まだ声が出ない。そんな様子を見て、イクルが私を抱き上げた。小さい子をあやす様に、左腕の部分に座らせて背中を撫でてくれた。私はイクルの肩に顔をうずめて、声をあげて泣いてしまった。
タクトがいない。…いや、この木だ。それを私はこの目で見た。
元に戻す方法が、きっとあるはずだ。光の精霊さんが、きっと知っている。
「ら・ら… ら〜♪」
「ひなみ様?」
私はかすれた声で、でもしっかりとメロディを紡いだ。光の精霊さんに話をしてもらう為に。
『はーい! こんなに呼んでくれるなんて嬉しい! ひな…み?』
「せいれい、さん…」
『どうしちゃったの、そんなに泣い… あっ!』
光の精霊さんは、私を見て、次に部屋の中を見渡した。そして、木を見て声を上げた。
『禁忌の方法、知っていたの?』
やっぱりこれは、禁忌だったのか…と、どこか頭の片隅で考えながらも首を横に振る。そんな私を見て、またもイクルが優しく背中を撫でてくれた。
「貴女は、精霊様?」
『えぇ、光の精霊。貴方はひなみの呪奴隷ね?』
「…はい。イクルと、言います」
『そうなの。ひなみのこと、よろしくね。っと、今はそれよりも、この木ね』
光の精霊さんが木の近くまで歩き、観察しているようだ。そう、元に戻す方法を聞かないといけない。
私も近くに行かなければとは思うのだが、体が言うことを聞かない。
『うーん… これは、立派な王家の木ねぇ』
「これが?」
『えぇ、そうよ。なっているのは王家の実ね。すごい希少なアイテムだから、持ってかえるといいわ』
光の精霊さんが王家の木だと言い、その枝に引っかかっている鞄を手に取りイクルに渡した。特に何も言わずにそのまま受け取り、イクルが自分の肩に掛ける。そんな動作をしているのに、私のことはまだ腕に抱いたままで。
『さて。この木は、タクトよ。間違いなく、ね』
「木が…?」
『そう。王家の実を発芽させて、育てさせる方法は2つあるの。1つは、レティスリール様が育てる方法。レティスリール様は種も持っているし、魔法陣がなくても普通に育てることが出来るよの。まぁ、これが一般的ね。そして、禁忌と呼ばれる、禁断の方法があるのよ』
「禁断の…栽培方法? ひなみ様のスキルですか?」
『いいえ。あれはあくまでも、スキル。だけどね、天使の歌声には禁断の使用方法があるの。……特定の条件を満たした人の心臓を、王家の実の種にすることが出来るのよ』
「「……!?」」
静かな空間で、光の精霊さんの声はとても透き通っていた。
禁忌と呼ばれる栽培方法。
1つ、天使の歌声で人の心臓を王家の実にする。
2つ、心臓を王家のみに変えた人間を、魔法陣の中に入れる。
3つ、その状態で天使の歌声を使う。
4つ、種は宿した人を養分にし、発芽する。
『でも、この魔法陣の中で天使の歌声を使っても種が無ければ無効なのに。タクトの心臓がもともと種だったのかしら?』
「わからない…です…」
『そうよね。うーん… まぁ、いいわ。とりあえず、タクトのことは私に任せてちょうだいな。ひなみは、家に帰って休んでいなさい』
「でも…!」
私がとっさに反論の声を上げるが、イクルがそれを静止する。今は光の精霊さんん任せる他ないということは、もちろん私も分かってはいるが。
けれど、頭では分かっているけれど、心では納得出来ない訳で。
「ひなみ様は、つれて帰ります。そちらは任せてしまって大丈夫ですか…?」
『えぇ。イクル、ひなみをよろしくね』
「はい」
◇ ◇ ◇
「はっ…!」
お腹のあたりに、なんだか暖かさと重みを感じて目を開ける。
見慣れた天井は、森の中にある私の家であった。自室のベッドに横になって、眠っていたようだ。外を見れば明るくなっていて、明らかに一晩以上寝たのだと分かる。
『むにゅぅ…』
「え…っ? ねこ…の、ぬいぐるみ?」
起き上がろうと上半身を起こせば、少し重みを感じていたお腹辺りから鳴き声が聞こえた。それは、タクトと宝箱で見つけた白い猫の人形だった。
しかし、人形であったはずのそれは声を上げ、眠そうに顔をこすっている。
え、どういうことですか…?
『お、起きたのかひなみー』
「えっ… その声、たく…と?」
『そうだぜー! 気づいたらぬいぐるみになってたんだよ』
「えええぇぇぇぇ!!?」
ふふんと、なんだかどや顔気味のぬいぐるみがくるっとターンをしてみせた。可愛いです。
というか、どういうことだろうか。なんでぬいぐるみになってるの?
『いやーまいったね!』
「ちょ、タクト…ノリが軽くて付いていけないよ」
『ん、実は俺さ… 特別な体質…? だったらしくてさ。光の精霊が教えてくれたんだ』
特別? それは、心臓が王家の実にすることが可能という、特別なのだろうか。
よくわからずに首を傾げれば、タクトが丁寧に説明をしてくれた。
タクトの話す内容をまとめると、こうなる。
人間の心臓を王家の実にするには、レベル1である必要があること。そして、肉体年齢が15歳を超えていること。さらに、レティスリール様の寵愛が必要だと言うこと。
こんな特殊な人間はなかなかいないから、光の精霊さんも禁忌の方法が可能になるとは思っていなかったようです。
「って、タクトがその条件を満たしているの…?」
『女神様の寵愛に関してはさっぱりわかんないけど、今は15歳のレベル1だ』
「そうなんだ… でも、無事で良かったよ。って、なんでぬいぐるみなの?」
『あぁ、俺の体は治療中らしくてさ。気付いたらこの体だったんだ。たぶん、光の精霊がやったんだろー』
「軽すぎるよタクト… 一大事でしょう?」
あまりにも自由すぎるタクトが逆に心配になる。副作用でこんな楽観視するような子になってしまっていたらどうしよう。お姉さん泣いちゃうよ。
そもそも、タクトはレベル1だったのか。私の方が強いよ…? だからいつもあんなに重傷だったのだろうか。さらに色々と心配になってくる。そんな私の考え何て気づいていないのか、タクトは『大丈夫だって』とゆるかった。
『そうそう、イクルが王家の実を持って来てくれたみたいで、貰ったんだ。色々ありがとうな、ひなみ』
「いや、それは別に… いいんだけど…」
そもそも、その実だって元をただせば木になったタクトに実った訳で。私は…なんだか微妙なもやもや感しか残らない訳です。あんなに取り乱して泣きわめいたのに、本人はぬいぐるみになったのにけろっとしてるし。いいの? これでいいの??
「起きたの?」
「イクル…!」
トントンというノックの音とともに、イクルが部屋に顔を出す。
いつも通りのマイペースで、「もう大丈夫そうだね」と言いながらホットミルクを手渡してくれた。受け取りながら、なんとなく先ほどのことを…思い返せば… ば?
あああぁぁ! 泣きわめいてあやしてもらうという恥ずかしいことをしてしまっていたことを瞬時に思い出した。もう少し思い出したくなかった! 恥ずかしい…よ…! くぅ。
小さな声で「さっきはごめん」と言えば、ぽんぽんとイクルの手が私の頭を撫でた。さらにそれに便乗し、ぬいぐるみのタクトまでが私の頭をぽんぽんと撫でた。え、一番あやされているのは私なのか…!? 精神的には一番年上なのに。
『ひなみは元気だぜ!』
「みたいだね。タクトも無駄に元気だし… そろそろ時間じゃないの?」
『おっと、そうだな!』
時間? イクルとタクトが私の状態を確認しながら部屋の時計へと目を向けた。何かあるのだろうか…? あ、王家の実を持って帰らないと行けないのかな?
何かな? という様な私を見てぬいぐるみのタクトが声を上げて笑った。
『なんだよひなみ、まぬけ顔だなぁ〜!』
「むっ! そんなことないよ…! というか、時間って? もう帰っちゃうの??」
『そんな焦るなよ。帰るとか、そんな次元じゃなんだよな! な・な・なんと! 光の精霊が俺に修行をつけてくれる約束でさ!』
「えっ?」
修行…? って、あれだよね?
「滝に打たれるの…?」
『ちげーよ!』
真冬に滝壺で打たれるのが修行ではないのか、と。そうか、ここはファンタジーの世界だから剣や魔法の修行なのか。寝起きだからちょっと頭が回らなかったんですよ。そうですよ。…きっと。
「まったく、ひなみ様は起きたばっかりなんだからもう少し静かにしてよね」
『ちょ、イタタタタ!!』
「はいはい」
イクルがぬいぐるみの頭を手のひらで押せば、タクトが短い手で反撃をしようと試みるがまったく届いていないようだった。か、かわいい…! ねこちゃんのぬいぐるみは最強か…!!
というか、本当にこんな軽いノリで良いのだろうか。さっきまでの記憶を呼び起こせば、ドシリアスな場面だったんだけれども。これがファンタジーなのか? 人が木になってぬいぐるみになっても問題ないの…か…? いや、きっとそうなんだろう。と、タクトの気軽さを見てそう思うことにした。
『っと、帰還の翼を貰ったんだ。俺はこれで光の精霊の所に行くからさ!』
「えっ! もう…?」
『おう。帰って来た頃にはスライム25匹程度余裕で倒してやるから、まってろよな!』
「あ、うん…」
「え、弱…」
ちょ、イクルさんそれ言っちゃ駄目ー! タクトが少し涙目ですよ。
そういえば遺跡? で、追いかけて来たスライムの数がそれくらいだったなぁ。
「ん、楽しみに待ってるね!」
『おう。じゃぁ、また遊びにくるからな! "帰還”!!』
「わっ!!」
タクトが真っ白な翼を取り出してそう言葉を紡げば、淡い光がタクトを優しく包み込んだ。
軽いノリでぬいぐるみになって、軽いノリで光の精霊さんの元に旅立ってしまった。あれ、これで本当に良かったのだろうか。休んだらまた精霊さんを呼んで聞いてみよう、うん。
「そういえば、私丸一日寝ちゃったんだね。ごめんね、イクル」
「え? 3日間寝てたけど」
「……え?」
えええええぇぇぇ!?
本日2度目の驚きだ…! まさかそんなに眠っていたなんて。
「ギルドの初心者講習は終わってるから、手続きもしておいたよ」
「あ、うん。ありがと…?」
「どういたしまして」
「……?」
なんだか意味ありげに言うイクルを不思議に思いつつ、私の初心者講習は微妙な感じで終了していた。
……私が眠っている間に。
長かった初心者講習はこれで締めです。後日談は少し出ますが。
せめて1日置きにでも更新出来たらいいなぁ。




