20. 初心者講習 - 2
こほんと、一つ咳払いをしてラークさんが午後の講習を始めた。
内容は、職業に関してと一般的な知識。とはいえ、一般常識となるとどこまで掘り下がって説明してくれるのか若干の不安が頭をよぎる。
「職業とは言っても、パン屋やら料理人やらの職業を説明するわけではない。冒険者としての職業説明だ」
特にテキストがあるわけでもなく、ラークさんはどんどんと職業について話を進めていく。私は慌ててノートをとるが、黒板も無く口頭説明を全て書き留めるのは無謀です。
ちなみに、私の場合は職業が薬術師となる。そして、適性は薬術。
適性というのは、所謂“才能”だと思ってもらえると分かりやすいかもしれない。私は薬術の才能があるから、薬術師になった。という具合に。
もちろん、適性があるから、ないから、この職業についてはいけない…という規則は無い。ただ、自分の適性職業の方がより力を活かすことが出来る。
〈レティスリール〉の職業は、日本のようにお堅い職業ではない。とはいっても、お城に仕えるとなると話は別らしいけれど。例えば、侍女や騎士などは割とお堅い。
今回ラークさんが説明してくれた職業は、戦闘職と補助職。戦闘職は、戦闘に特化している…まぁ、言ったままの扱い。補助職は、私のような薬術師だったり、戦闘がメインでは無い職業のことを言うのだそう。
前衛がメインの剣術師と盾術師。
後衛がメインの魔術師と弓術師。
ドラゴンと共に戦う竜術師。
妖精や魔物と共に戦う召喚術師と調教術師。
魔道具を駆使して戦う魔道術師
この8職業が戦闘職。
回復がメインの治癒術師。
詩や祈りでサポートする巫女術師
回復薬や色々な薬を作る薬術師
様々なアイテムを鑑定する鑑定術師
魔力を持たせた道具を作ることが出来る魔道具術師
この5職業が補助職。
「ちなみに、武器が剣でなくても前衛として戦う場合は剣術師にカテゴリーされる。例えば…槍や斧だな」
ざっと職業を説明し、補足事項をラークさんが伝えてくれる。ということは、イクルは棍を使うけど職業的には剣術師…というこですね! 私はそのまま薬術師。割と簡単な説明で終わってしまう。
薬術師、というものは何か。
基本は回復薬を作成するのが主な仕事。薬草などの材料があれば誰でも作ることが出来るので人気の職業であるらしい。
が、私のように適正があると話は違う。回復薬の他に、能力の上がる姫の加護薬や、他には攻撃が可能な危険な薬物や成長促進剤なども作ることが出来るらしい。
大昔の資料では薬術師に関しての文章が残っているらしいが、最近はめっきり…どころか一番研究がされていない職業だそう。理由は、薬術師の適正を持つものがごく少数しかいない為らしい。昔は盛んだったけど、今は世界に2桁程度しか適正のある人がいないようだ。
「私の適正って、実は結構すごいのかな…?」
「ひなみ、薬術の適性があるのか?」
ぽそりと私がつぶやけば、隣から小さなタクトの声が聞こえた。私もそれに合わせて小さく頷くと、「そうか」と一言返事をして机につっぷしてしまった。いやいやタクトさん、だから寝ないで下さいと申し上げたではないですか!!
と、思っていたらつっぷしたまま何かノートにペンを走らせている様で、まったく器用なことをするものだと少し感心してしまった。そして書き終えたらしいノートを私へとよこした。
『南の森へ2人で冒険に行かないか?』
「へっ?」
予想していなかったノートの文字に、思わず小さな声が漏れた。
というか、私とタクトの最弱コンビで森へ冒険になんていったら考えるまでも無く全滅なのではないだろうか…? それとも南の森にはスライムしか出ないのだろうか。しかもタクトが確実に倒せるかもしれない単体限定で…!
『どうして?』
とりあえず、ラークさんの講習は順調に進んでいるので、耳で聞きながらタクトへの返事を書く。気付かれませんようにと祈りつつも、この感じだと真面目にノートをとっている優等生かもしれない。
『薬術の適正には、女神レティスリール様の祝福がされている。その力を、少し貸して欲しい…』
『祝福…? でも、私にはそんなものないよ?』
『それは後で説明する。駄目か?』
うーん… どうやら、タクトには思っていたより深刻な悩みがあるのかもしれない。つっぷし姿を現状維持しているので表情は見えないが、文字がなんだか震えている気がした。とりあえず、私はすばやく手を動かして、タクトへと返事を投げた。
『わかった、一緒に行く。でも、護衛だからイクルも一緒ね。きっとタクトにも何か事情はあるんだろうけど、秘密は守ってくれる人だから』
ちらりとタクトを見やれば、私の返事を見ているようで反応は無い。
少しそわそわしつつ返事を待つが、一向に反応が無いため取り敢えずラークさんの講習へ集中することにしようと思いつつ、ノートに書かれていた『薬術の適正には、女神レティスリール様の祝福がされている』という一文が気になった。
神様の祝福はあるけれど、私にはレティスリール様の祝福に心当たりは…無い。特にステータスに表記があるわけでもないし…それとも、言い伝えとか、伝説とか、御伽噺とか…そういった類の認識なのだろうか。家に帰ったらイクルに聞いてみようかな…? 私の中のイクルは物知りで何でも知っているのです。
「…というわけで、竜術師は極めて人数が少ない。加えて背に乗って空を飛ぼうとしたら、とてつもない訓練が必要だ」
「質問です! どうやったら竜術師になれるんですか?」
おっと、うっかり思案をしている間に竜術師の説明をラークさんがしている様だった。それを聞いている他の受講者が質問をして… 午前中よりもテンポ良く講習が進んでいるのではないだろうか。でも、ドラゴンかぁ…きっと家よりもビルよりも大きいんだろうなぁ。一度でいいから会ってみたいなぁ…!
「ドラゴンに力を示し契約を行うか、卵を育てるか…の2パターンが確認されている。ただ、卵は親のドラゴンが保護しているから…なんらかの理由で偶然はぐれてしまった卵を見つける稀なケースになる」
「なるほど… では、この国にいる3人の竜術師もドラゴンと契約を行ったのですか?」
「そうだ、と言いたいが… アルフレッド様のドラゴンは卵だったそうだ」
ふむふむふー…あっ!!!
そうだった、私アルフレッドさんのドラゴンに乗ったことあったよ! 何故忘れてた! きっとドラゴンといったらビルよりでかいと思っていたからですね… だってアルフレッドさんのドラゴンは家より小さかったし… うん、すみませんアルフレッドさん。きっとまだ成長中でもっと大きくなるんですよね。だって卵から育ててるってラークさんが言ったし。
「あれ? でも、アルフレッドさんは魔術師じゃないのかな?」
「おぉ、いいところに注目するな」
「あっ… ハイ…」
うっかりと疑問を声に出してしまったようで、ラークさんからの返事をいただいてしまった。
「アルフレッド様は、“女神様の申し子”であらせられる」
「めがみさまのもうしご…?」
「あぁ。職業は魔術師であるが、適性が竜術・魔術の2つをお持ちだ。だから魔術師であり、竜術師としても国に仕えているのだ。もちろん、勇者パーティーに加わるのが一番の任務であるがな。通常、2つ以上の適正は持ち得ないものだ。それゆえ、稀にいる2つ以上の適正を持つものはそう呼ばれるのだ」
「そうなんですね… ありがとうございます!」
ふぉ。アルフレッドさんは、私が思ってた以上に、とっても、すごい人の様です。やばい、ラークさんも様を付けてアルフレッドさんのことを呼ぶし、私そのうち不敬罪にでもされてしまうのではないだろうか! いや、王族の人ではないはずだけど… あんまりシアちゃんの家のことも知らないし… 今度シアちゃんにそっと教えて貰おうかな…うん。
あぁ、でも本当。この世界は日本とまったく違う。世界観も、価値も、概念も、何もかも。
だから、私はちゃんとこの世界を知らないといけないんだろう。でも、私がこの世界をしっかりと理解するのが正解かもわからない。もしかしたら、私が知らないほうが良いこともあるかもしれない。神様的に。
だって、私は神様の玩具なのだから。
「さて、次は一般知識についてだな。とは言っても、皆知っているだろうがな! この初心者講習は魔物講習と装備講習の為に受けるようなもんだからな! とりあえず、簡単にさらっていくぞー…」
そうして大分手抜き感のある説明が始まったのだった。
ラークさん、私は知らないんですよ…! かといって、ここで知りませんと言う勇気もありません!! あぁ神様、ヘタレな私ですみません。
◇ ◇ ◇
「いやー! つまんない講習だったな」
「私はまぁ、最後の一般知識意外は知らないことが多かったし、良かったよ」
「そっかー?」
横に居るタクトを見れば、先ほどまでの不安な様子は無い様で少し安心した。ラークさんの講習が終わった際、席を立とうとしたらタクトに服の袖をつかまれて小さな声で「ありがとう」と言われた。その手が少し震えていたので心配だったが、とりあえずは大丈夫そうだ。
そこからは何もしゃべらずに、ギルドを後にした。丁度迎えに来てくれたらしいイクルとギルドの前で会ったので、3人で喫茶店へと入った。もちろん、南の森に冒険する件ですよ。
「は? 南の森?」
席に付き、少し雑談をしつつ本題をイクルに伝える。まぁ、いつものイクルの反応が返ってきました。でも顔は呆れるを通り越してめんどくさいが張り付いていますよ…!
「…そうだ。ひなみに、薬術師として協力を頼みたいんだ」
「別に、薬術師はひなみ様じゃなくてもたくさんいるじゃない」
「駄目だ。薬術に適正のある…ひなみじゃないと駄目なんだ」
「ふぅん… あんな迷信、信じてるんだ?」
やれやれといった風に、イクルが首を振る。薬術師の適正…迷信… きっとタクトが言っていた薬術師の適正にはレティスリール様の祝福がついているという点。イクルの反応を見るに、そういった話はあるが昔話のように伝わっているのかもしれない。日本で言えば…雷様におへそをとられちゃう! 的な感じだろうか。
しかし、タクトはそんなイクルの反応は気にしていない様子で、一言「存在する」と言葉を続けた。
私自身に実感が無いため分からないから、タクトの言うことが本当かも分からない。かといって、否定する材料も無い。だって、この世界はファンタジーですからね。この世界の住人であるイクルがそうは言っても、日本からきた私からすればありそうな話…にも聞こえるし。
「まぁ、仮に…あると仮定しよう。目的は何さ?」
イクルの目が少し真剣になり、タクトを見据えた。「そうだな…」と、小さく声を漏らしたタクトが何かを考えるように、両手の手を組み目を閉じた。なんだろう、このイケメン同士の睨み合いは。なんとなく空気がぴりっとしている様な気がして、口を挟めない。
「ひなみ様を危険な場所へほいほい連れて行けないからね。それに、あんた弱いしね」
「……そうだな」
容赦ないイクルの言葉にしばらく沈黙した後、癖のあるタクトの蜂蜜色の髪が揺れた。下を向いていたエルフの長い耳がピンと伸ばされたからだと気付けたのは、私がタクトを凝視していたからだろうか。
そしてゆっくりと瞳を開き、私とイクルをタクトの視線が捕らえた。
「南の森で、“王家の実”を採取したいんだ」




