19. 初心者講習 - 1
「おはようございまーす」
カラン、と。音を立ててギルドの扉が開き、私は中へと足を踏み入れる。
今日は申し込みをしていたギルドの初心者講習の日です。ちょっと緊張はするけれど、おそらく塾とかそんな感じみたいな物かなと思っている私です。いや、バイト三昧だったので塾とかあまりよくわからないんですけどね。
しかし、受付に行こうとした私はそれ以上中へと進むことは出来なかった。
「あなたが薬術師のひなみ?」
「やだ、もっとお婆ちゃんかと思ってた」
「小さいのに凄いんだな!」
「今日は回復薬持ってないの?」
「何か特殊な方法でもあるの?」
えっえっえっ!?
初心者講習を受けるためにギルドへ足を運べば、あっという間に色々な人に囲まれてしまった。
全員が冒険者の様だけど、剣士や魔術師と職業は様々。というか、何で皆私のことを知っているのだろうか。お店を開いたのだって昨日だし…噂好きのおばさんでもいるのですか?
「えぇと…」
「回復薬が欲しいなら店に来てよね。出張販売はしてないよ」
「えぇー」
矢継ぎ早に言われ、私が返事に戸惑っていると、道中の護衛としてギルドまで送ってくれたイクルが間に立ってくれた。
少しほっとして、なんとか笑顔を作る。
「ありがとう、イクル。びっくりしちゃったよ…」
「ん。それより、講習の受付をしないと時間に遅れるよ?」
「あ、そうだった!」
出来た人だかりをイクルが引き受けてくれたので、私は足早に受付へと向かった。大丈夫かなと、受付をしながら後ろを振り返ればイクルが上手にあしらっていた。さすがです、イクルさん。
「回復薬に関して話すことは何もないよ。欲しかったら店に来なよね」
「まぁ、俺達の様な冒険者じゃ例え作り方が分かっても作れねぇしな!」
「あぁ、あんた不器用そうだしね」
「兄ちゃん言うねぇ! けど違いねぇや! はっは!」
耳だけ傾けていれば、若干不安になるイクルと冒険者の会話が聞こえてくる。なんだか思っていたよりも楽しそうに会話をしているので、イクルに任せてしまって正解だったようだ。
講習を受ける教室へと案内してくれた受付のお姉さんにお礼を言い、私は中へと足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
「つまり、この世界はレティスリール様が守護して下さっているっ!」
どういった座学なんだろうと思っていたら、割と熱血教師さんでした。
現在初心者講習真っ最中です。
「この世界は我がサリトン、ムシュバール、アグディスの3つの大陸がある。サリトンとムシュバールは人間の治めている国だが、アグディスは獣人や精霊の国だ。代々、獣人と精霊の王が夫婦となり国を治めている。まぁ、皆も知っている話ではあるが…精霊や妖精から守護を得ることが出来ればスキルや力が向上する」
ふむぅ… アグディスは、ここ〈レティスリール〉よりファンタジーな予感です。
今日の初心者講習は冒険者ギルドのこと、レティスリールのこと、職業や一般的な知識について行われる。ちなみに、ギルドに関しては受付の説明と、前に馬車であったお姉さんが話してくれたのと同じ内容だった。もしかしてお姉さんも初心者講習をやっていたりしていたのだろうか。ちなみに本日の教師は、冒険者のラークさん。30歳くらいのマッチョな男性だ。
前にラークさんが立ち講習を行う。生徒は私を入れて10人程度で、剣士っぽい人から魔術師っぽい人…それに弓を持っている人も居る。
ちなみに、タクトは私の隣の席で爆睡中です。何度か呼びかけたりゆすったりしたけど起きてくれない…誰か助けて! ラークさんに目をつけられたら嫌だよ!!
始める前はあんなに「講習楽しみ! 冒険者になったんだぜ!」とか言ってたのに、始まってすぐに寝てしまった。なんだろう、タクトには常識過ぎてつまらない講習だからなんだろうか。それとも授業は眠くなってしまう例の謎現象だろうか。
ラークさんが話してくれたレティスリールのことは、やはり宝石華がメインであった。女神様の宝物である宝石華が奪われ、奪った者に“呪”をつけた。
それから、各国のこと。
私が住んでいる〈サリトン〉は、とても平和な国である。女神レティスリール様を信仰する人がとても多い…が、その分呪奴隷に対しての偏見が一番強いらしい。ただ、基本皆平和主義者な様で、呪が解除された場合は呪をいっさいひきずらず普通に接してくれるのだそう。
それと、〈ムシュバール〉について。ここはサリトンと陸地つながりになっているそうだ。確か神様が…好戦的な皇帝が治めているって言ってた帝国だ。ただ、そのターゲットは人ではなく魔物に向けられているらしく、少し安心した。サリトンよりも魔物の数が多いそうで、冒険者ギルドもここより賑わっているらしい。
そしてファンタジーな〈アグディス〉は、獣人や妖精…それにエルフやドラゴンが棲んでいるとか。獣人はマリアージュさんのように耳や尻尾が生えているひとのことを言うのだそう。
ただ、人間をあまりよく思っていない人が多いそうだから行くのには少し注意が必要らしい。理由は、レティスリール様の宝石華を盗んだのが人間である…らしいから。
ここは日本の様に島国になっているから、行くには船に乗らなければならない。だから旅費もかさむそうだ。
ラークさんの説明をメモに取り、私は本当に一般常識が無いなと改めて思う。しかし、講習も基本知っている物として進むだろうから…やはり所々でイクルにサポートをして貰う現状は変わらなさそうだ。今度本を読み漁ろうかな?
そして最後に、妖精とドラゴンは契約を行うことが可能…という説明を受けた。まさにゲーム! 花がいたらすぐさま〈アグディス〉に行っちゃいそうだ。 契約を行うと、妖精ならば魔法の力が上がりサポートを行ってくれる。ドラゴンであれば、使役することが可能だそうだ。ただ、めったに契約を出来るものではないらしいのだが。
妖精にドラゴンかぁ… 一度でいいから会ってみたいな。きっと妖精は小さくて可愛くて、ドラゴンは家より大きいんだろうなぁ。うぅん、夢ですね!
「とりあえず、午前の講習はここまで! 午後も遅れるなよ!」
「「ありがとうございました!」」
「ふあぁ… 終わったのか」
「タクト… せっかくの講習なのに寝たらもったいないよ?」
「だって、あんなの誰だって知ってるだろ?」
「……そうかもしれないけど」
まぁ、私は知らないんですけどね!
ラークさんが部屋を出たとたんにタクトがあくびをしながら目を覚ました。チャイムも鳴っていないのに、丁度よすぎるタイミング。お腹の時計でも鳴ったかな?
「なぁ、昼食べに行こうぜ」
「うん。近くに美味しそうな定食屋さんがあったよ!」
「おっ! いいな!」
◇ ◇ ◇
日替わり定食を頼み、席についた。やはり鉄板のお肉定食だが、ベジタリアン生活だった反動のせいか肉メインのご飯から未だに抜け出せない私です。
「そういえば、今日はミルルさんは?」
「あぁ… お使いだって」
「ふぅん…?」
あぁ、そういえばお使いの為に〈アグディス〉からここ〈サリトン〉に来たって言ってたんだ。でも、やっぱり国が違うと入手できる物にも差が出てくるのかな? ゲームでも国によって装備とかも違っていたしね。
ミルルさんはお使い、タクトは冒険者。喧嘩しないで仲良く出来ればいいんだけど、大丈夫かな? って、私が考えるのは余計なお世話かな。
でもいいなぁ、好きな女の子との2人旅。ちょっとときめき度あがっちゃう。若いっていいなぁ、羨ましいなぁ…って、私も今は若いんだった!!
「しかし、座学ってやっぱつまらないのな。実技のほうがいいぜ」
「そう? でも、私は強くないから座学があって助かってるよ」
「まぁ確かに… ひなみは戦闘! って感じじゃねーもんな」
「否定はできませんっ!」
あははと笑いつつ、タクトと話していれば定食が運ばれてきた。あぁ、良い匂い!
「ようし! お肉を食べて午後も頑張るよっ!」
「随分はりきってんのな?」
私の決意表明に「どうしたんだ?」とでも言いたげなタクト。ふふん、私にだって目標があるんです、頑張ることがあるんですよ! 無事に初心者講習を終えて、私も一人前に…! そしてレティスリール様を探して神様に褒めて貰うっ!
……ん?
「どうしたんだよ、今度は黙り込んで」
「……いや?」
何となく「何でもないよ」と言葉をつむいで、なんで神様に褒めて貰う気だったんだろうと思案する。いや、神様の役に立つイコール褒めて貰うではあるんだけれど。でもそれは目的ではない。うん、最近神様と話しをすることが多くなってたから… ちょっと油断をしてた気がする。たぶん。
ぶんぶんと頭を振り、今の思考は忘れることにして…私はパンを追加注文した。こういうときは食べるに限るのですよ。
「さて、ひなみが食べ終わったら行くか。しかし、午後も眠いなー」
「もぐもぐ… って、タクトずっと寝てたよね!? 午後はちゃんと起きててくれないと…隣に座ってる私までなんだか焦っちゃうよ」
「はは、悪いなー」
まったく悪びれていない良い笑顔を向けられて、あぁ、またそわそわしながら午後を過ごすのかと思う。ラークさんがたまにこっちを見るからちょっと恐いのですよ。
最後の一口を口に放り込み「ごちそうさま」と言えば、すぐにタクトが立ち上がり行こう行こうとせかしてくる。うん、この頑張り具合ならきっと寝ないでしょう! たぶん。
そのまままっすぐギルドへもどり、講習室へと入れば他の人はそろっていた。あとはラークさんが来ればすぐにでも講習が始まる手はずになる。
この後、職業と一般的な知識の講習があり、本日は終了となる。
「あーやばい、お腹いっぱいで寝そう…」
「ちょっ! もうすぐラークさん来るんだからしっかり起きててよっ」
私の隣の席に座ったタクトが既にうとうとし始めてて若干焦る。私は平和に講習を受けたいのに、このせいで私までラークさんに目をつけられてしまったらたまらない。私はどっちかというとまじめに授業を受ける優等生タイプの生徒なんですよ! たぶん。
そんなことももやもや考えていれば、どこからとも無くペンが飛んできてタクトの頭にヒットした。
「痛っ!!?」
「!?」
「まだ寝るのかお前は!」
ラークさんのご登場です。やっぱり朝から寝てるから目を付けられていたようです。あぁ、おでこが赤くなってとても痛そうです…
「まったく、それじゃあ冒険者になんてなれないぞ!」
「あー… すみません」
ラークさんはタクトのところまで来て、がしがしと頭を撫でる。怒っているけれど、タクトのことを心配して気に掛けているのが伝わってくる。だからか、タクトも素直に謝罪の言葉を口にした。
なんだか、日本の学校ではもうあまりない光景だよね。今は保護者が凄いから…
でも、こういう教師と生徒の関係って良いものです。
うん、午後も頑張りましょうー!
更新が遅くなり大変すみません!
感想とメッセージは読ませていただいております!
毎日は厳しそうですですが、頑張って更新再開です!!




