17. ミニチュアガーデン開店
天気は、爽やかな晴れ。
雲ひとつないその空は、まさに〈ひなみの箱庭〉のオープニングに相応しいのではないだろうか。
私は神様からいただいたオレンジのエプロンドレスを見に纏い、お店の入り口から街へと一歩出る。
気合いを入れる意味を込めて、なんとなくポニーテールにした髪が心地良い風に揺れる。お店のドアノブに“営業中”のプレートをそっとセットすれば、これで開店となる。
あぁ、どきどきします。
お客様は来てくれるのだろうか。もしかしたら、誰も来てくれない可能性だってある。まさか自分がこんなどきどきした不安の様なものを味わうなんて、思いもしなかった。
妹の治療費の為にバイト三昧だった毎日が、今では嘘のようで。この嬉しいどきどきを、花と共有することが出来たら良いのにな。
「よーし、頑張るぞっ!」
気合一声、深呼吸。
「ひなみさんっ!」
「ひなみ!」
「ひなみ様!」
「あっ! シアちゃん、来てくれたんだ!」
3人の声がした方を向けば、シアちゃん、アルフレッドさん、キルト君がいた。まさか開店初日に、しかもこんなに早く来てくれるなんて思わなくてビックリ。けど、とても嬉しくて思わずシアちゃん達の方へ駆け寄った。
「まさかこんなに早く来てくれるなんて! ビックリしちゃった。ありがとう!」
「だって、ひなみさんの記念すべき日ですもの! 絶対に1番乗りしたかったんです」
えへへ、と。はにかんだ可愛らしいシアちゃんの笑顔にとても癒されつつ、隣を見ればアルフレッドさんがさらに癒されている様だった。さすが、私より重度のシスコンです!
立ち話も…ということで、早速店内へ3人を案内する。イクルとまろも準備を整えていたようで、3人を見て「いらっしゃいませ」と迎え入れてくれた。
「わぁ、可愛いです!」
「ありがとう!」
シアちゃんが一歩足を踏み入れれば、両手をパンと鳴らして「素敵」と感激してくれた。
お客様が3人も入ればいっぱいになってしまう店内ではあるが、落ち着いた雰囲気きでゆったり出来る内装にしてある。
回復薬を見ながら、シアちゃんが「あれ?」と、香りの花魔法の前で足を止める。
これは、まろが作ったものを籠に入れて置いているのです。特殊な石鹸…と思ってもらえば良いかもしれない。価格は教会で販売している物と同じで、1個500リル。
数があまりないので、“お一人様1個限定”のポップをそっと添えてある。
「それはね、ここにいるまろが作ったんだよ」
「こんにちは、まろです!」
ぴょこんと、一歩前へ踏み出してまろが丁寧にお辞儀をした。それに続きシアちゃん達も挨拶をした。
自分より幼いまろを見て、可愛いとシアちゃんがはしゃいでいる。これで女子率がまた上がりました…!
「まろは、香りの花魔法を作れるのか、すごいな。シア、何か選べ。プレゼントしよう」
「わ、有難うございます。お兄様!」
「それから、ひなみにはこれを。店のオープン、おめでとう」
「ええぇっ!?」
アルフレッドさんが相変わらずのシスコンというのを確認していれば、突然その矛先が私へと向いた。というか、開店のお祝い…ということなのだろうか。
いきなりだったので咄嗟に受け取ってしまったそれは、ずしりと重い。シアちゃんが「3人で選んだんですよ」と、にこにこプレゼントを開けるのを待っているので、私は素直に受け取りお礼を述べる。
受け取ったそれは、ピンクの包装紙にリボンが巻かれている可愛らしい物だった。リボンの結び目には小さな花がとめられていて、シアちゃんの心遣いが嬉しかった。
「何なに〜?」
「まろも開けるの手伝ってくれる?」
「もちろんであるっ!」
重たいので、もしかしたら何か割れ物かもしれない。まろと2人で慎重に包装紙を開けて行けば、キラキラと光る、しかしずしりと重い宝石が姿を現した。
……え、でっかい宝石?
「ちょっ! こんな凄そうな物貰えないよ!?」
私は慌ててシアちゃんへ「高価すぎる!」と訴える。あまりにも予想外の物が出てきたので、焦ってしまう。
キラキラ光るそれは、ピンク色の光を放っていて…日本では買う、どころかこんな大きな宝石は存在もしないのではないだろうか。
サッカーボール程の大きさをしていて、1人で持つと若干ふらついてしまう。
不意に背後から手が伸びてきて、首だけ振り向けばイクル居て、興味津々と言った風に宝石へ触れた。
「……これ、手作りですか?」
「えっ?」
イクルから出た予想外の言葉に、私は驚きの声を上げる。え、このファンタジー世界は宝石を作れるの? というか、実は鉱物じゃなくて作る物だったらどうしよう。日本とはまったく価値も用途も違うのかもしれない。
ちょっと重たいので、宝石をイクルに渡して…と。シアちゃんに「そうなの?」と尋ねれば、大きく頷いてくれた。
「3人で材料を集めて、お兄様に加工して貰ったんです。だから、気にせず受け取って下さい!」
「そうなんだ…! すごいね、こんな大きい宝石を作れるんだ。ありがとう、大切にするね!」
私の言葉ににこりとシアちゃんが微笑んで、「はいっ!」と元気に応えてくれた。
「この宝石は、一般的に“桃色の宝石”と呼ばれているんですが、“赤ちゃんの揺り籠”とも呼ばれているんですよ」
「揺り籠?」
「ベッドのことー?」
私の疑問の後にまろが続き、2人で頭の上に疑問符を浮かべる。そんな様子を見ても嫌な顔ひとつせず、シアちゃんが説明を続けてくれる。
「自然の物に限りますが…この桃色の宝石は植物の発芽を手助けするんです。桃色の宝石で育った植物は成長が早く、とても立派に育つんですよ。だから、ひなみさんにはピッタリだと…皆でプレゼントにしたんです」
「「おぉぉ〜!」」
まろと2人で声をハモらせて、「すごいっ!」と手を合わせる。
まさかそんな凄い宝石があるなんて。さすがはファンタジーです。でも、自然の物に限るってことは、この宝石では駄目ということなのだろうか。
「なので、これは御守りのかわりです。薬術師である、ひなみさんへ」
「シアちゃん… ありがとう、大切にするね…!」
「はいっ!」
日本で言う、パワーストーンだと思えばいいだろうか。おそらく、そんな感じのとても高価な物…だと思う。
市場価値については後でこっそりイクルに聞いてみよう。それでお礼を贈ろう…そう考えている内に、カランとドアに付けた鈴が来客を告げる。
初めてのお客様だ…!?
「い、いらっしゃいませっ!」
「「いらっしゃいませ」」
力んだ私の掛け声に続いて、イクルとまろが自然に声を出す。
ドキドキしながらお客様を見れば、それは女性の冒険者だった。ショートカットの髪に、皮素材の防具。腰には短剣を装備していた。
「こんにちは! 真紅の回復薬が欲しいんだけど…」
キョロキョロと棚を見渡しながら、「あったあった」と真紅の回復薬を棚から手にとった。
どうやら既に買うものが決まっていた様で、そのままレジにいるイクルの元へとやってきてお会計をした。
割と高めなのに、すんなり買ってくれることに驚きつつも「ありがとうございます」と声をかける。
「昨日ね、パーティメンバーにここのガーネットを貰って使ったのよ。そしたら、美味しくてビックリしちゃったの!」
驚いた仕草を身振り手振りで教えてくれる冒険者さんに、「そうだったんですね!」と返事をしつつ、コーラはこの世界でも受け入れてもらえるんだなぁと、なんとなく思う。
喜んでくれたようで、冒険者さんは笑顔でお店を後にしてくれた。
その様子に安堵しつつ、初めてのお客様にもう1度ありがとうございますと心の中でお礼を言った。
「あまり長居をすると仕事の邪魔になるな」
「そうですね。私達もそろそろ行きましょうか」
いつの間にか選んだ香りの花魔法をシアちゃんがアルフレッドさんに見せながらそんな話をしている。
確かに狭い店内なのでそんかことないですよと…言うのも微妙なのです。
アルフレッドさんが香りの花魔法を受け取って、「効果は何なんだ?」とシアちゃんに聞いている。
しまった! 効果は1つ1つ違って、明記していなかった…!
慌ててまろに効果を尋ねれば、えっへんと胸を張りながら教えてくれた。
「それはねぇ、冒険者にピッタリなのであるっ!」
「と、言うと?」
「魔物の気配がいつもより分かりやすくなるのであるっ!」
「なるほど。自分が良い香りな分、魔物の気配を異質に感じ察知する…ということか」
「であるっ!」
まろの割とざっくりした説明を、アルフレッドさんが丁寧に直してくれる。とても分かりやすいです…!
でも、香りの花魔法は本当に色々な種類がある。他には、敵を寄せ付けない、ではなく寄せ付ける物。それから、暑さや寒さ対策にも使える温度調節。これは、体がぽかぽかしたり、冷んやりしたりを感じることが出来る。通常と異なる気候の場所で重宝する。
アルフレッドさんがお会計をして、イクルから包まれた香りの花魔法をシアちゃんが受け取った。大事そうに胸に抱える姿を見れば、なんだかとても嬉しくなった。
「じゃあ、またくるね!」
「ひなみもいつでも遊びに来い」
「今日は本当におめでとうございます!」
シアちゃんが大きく手を振り、アルフレッドさんとキルト君もそれぞれ温かい言葉をくれる。
うんうん、きっと遊びに行くよ!
「絶対! また連絡もするねっ!」
「まろも待ってるのである〜!」
「ありがとうございます」
私もシアちゃん達に手を振りかえして、また会おうと約束をする。
今度は私がお土産に、何かプレゼントを持って行かねばと思いつつ…冒険者だかはやっぱり回復薬? と、色気のない回答が頭を巡る。
「…さて。お店はまだ開店したばっかりだから、頑張ろう!」
「おー!」
私の言葉にまろが腕を上げて答えてくれる。イクルは…キャラじゃないですよねそうですよね!
ちょっと残念に思いつつも、シアちゃんに貰った桃色の宝石を一旦家へと持って行く。後でお店に飾るスペースを作ろう。
「「いらっしゃいませ」」
「こんにちはー! マナ下さいなっ!」
おっと!
家に桃色の宝石を置いている間にお客様が来たようだ。私も急いで戻り「いらっしゃいませ」と迎える。
どうやら今度のお客様は魔術師さんのようだ。長いローブに、とんがり帽子を被っている女の人だった。
この人は…市場で買いに来てくれた人だ。それに気付いて少し嬉しくなる。
魔術師の女の人は、魔力回復薬を3個購入してお店を後にした。
「なんだか順調だね…?」
「だねぇ」
そう、思っていた時間が私にもありました。あれから、新しいお客様が3人ほど来てくれたけど…その後は閑古鳥。
うぅん、まぁ、仕方が無い。開店初日なんて、これで十分なのですよ!
交代しながらお昼休みや休憩を取っていれば、いつの間にか夕方。
まろとイクルが夕飯を作るということで、私は現在1人でお店番。たまにお客様が来てくれるので接客をしながら、自分のお店に身を委ねる。
私の好みで作られたこのお店は、とてと癒される空間なのです。居るだけで心地良くて、ずっと昔から私の居場所だったよう。
「うーん… そろそろ閉店かなぁ」
パッタリと途絶えた客足になんとなく呟いて、大きい窓から外の様子を伺う。
人通りはまだそこそこあるが、辺りは暗くなってきている。初日だし、今日はここまでにしようかなと出入り口に視線を向ければ丁度お客様が入って来た。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
ええと、魔術師さん…かな?
女性、というかお婆ちゃんのお客様。純白のローブを着て、中に見える服も白を基調としていた。さり気なく見える金色の刺繍がとても上品で。
年はいまいち分からないけれど、腰はあまり曲がっていない。働くお婆ちゃん! という感じだろうか。
「ここは、お嬢ちゃんのお店かね?」
「はい。今日からオープンしたんです」
店内を見渡しながら、「そうなのかい、頑張るんだよ」と声を掛けてくれた。なんだか優しい感じのお婆ちゃんです。
「私はね、回復薬には目が無くてねぇ。特に、薬術師にはね…」
「えっと…?」
所謂、コレクター…的な人なのだろうか。切手コレクター、みたいな。
いや、でも…雰囲気がちょっと違うような。
しかし、そんな私の思考は次の一言で消え失せてしまう。
「まさかこんな小さなお店で…レティスリール様の回復薬に出逢えるなんて」
やっと更新出来ました!
土曜日から頑張りますよ!




