16. 開店準備 - 2
「いらっしゃいませ!」
うぅん、緊張します。
「体力回復薬が2つですね。2,000リルになります!」
「…何やってるのさ」
「はっ! い、い、いくる…! 見てたの!?」
「………」
うっかり倉庫で回復薬の在庫確認をしながら接客の練習をしていれば、うっかりイクルに目撃されてしまったようです。やばい、やばすぎる、恥ずかしくてイクルが見れない…!
あまりの恥ずかしさにうずくまって顔を隠す。いや、だってもう寝てると思っていたのに!
そう。現在は夜も良い時間…といっても24時くらいだろうか。いつもなら皆寝ている時間なのだけれど、私は明日オープンするお店が心配なので寝付くことが出来ずにいたのだ。
「いや、その、ね? 緊張して眠れないと言うか、なんというか…」
「まぁ、ひなみ様らしいけど…寝坊してもしらないよ?」
「む、大丈夫! 仕事で寝坊したことは一度もないから!」
バイト魂の私はどんなに体が悲鳴を上げてもきっちりと就業時間には間に合うように起きる。これはもう、なんというか寂しい習慣でもあるかもしれない。
あれ、そういえばイクルはどうしたんだろう。こんな時間に起きているなんて珍しい。いつもなら部屋に戻っている時間のはず…?
「あぁ… ちょっと眠れなくてね。水を飲みに来たら地下にひなみ様が居るみたいだったから」
「やっぱりイクルも緊張してるんだ…!」
「違うけど」
むむ。
一瞬で否定されてしまったのです。
「……というか、イクル最近あんまり寝てないの?」
「え?」
「だって、朝も最近はゆっくりだし…最初は体調が悪いのかとも思ったけど、違うみたいだし」
「なんだ、ばれてたの」
ちょっと驚いた顔をして、「ひなみ様なら気付かないと思ってたのに…」と言葉を続けた。失礼な、私だってちょっとしたことに気付くんですよ! だってそれが日本人ですからね、きっと。
というか、なにかイクルの気に掛かることでもあったのだろうか。確かに最近人と知り合う機会が多かったけど…皆良い人たちだったし。私にはあまり心配事の要素が見当たらない。
「あぁ、違うよ。特に何かある訳ではなくて…」
私の表情を読み取ったイクルが、心配しないでと言うように言葉を続けてくれる。「でも」と、私が言葉を続ければ観念したように肩をすくめた。
「ひなみ様が心配するようなことじゃない…ただ、本を読んでただけだよ」
「本って…精霊さんが選んでくれたやつ?」
「そうだよ」
「なんだ、それで夜更かししてたんだ。良かった、イクルに何かあったのかと思って心配になっちゃったよ」
イクルの応えに安心しつつ、あれ、そういえば何の本を選んで貰ったんだろう?
「ひなみ様は読んでるの?」
「……!! 忘れてたよ…!」
「感想、期待されてるんじゃないの?」
そうだった!
イクルの言葉で思い出すなんて、私はどれだけ忘れやすいのか。精霊さん手作りの本を貰っておいてまだ読んでないどころか存在すらも忘れていたなんて。チラリとイクルを見ればさっきとは打って変わって呆れ顔だ。
部屋に帰ったら読んでから寝ようと心に近い、私は1人そっと頷いた。
ふわり、と。
突然肩に何か暖かい物が…と見れば、イクルが来ていた上着を私に掛けてくれた。
「夜に地下室は冷えるでしょ」
「あ、うん…ありがとう」
あまりにもナチュラルだったそれに、私はとっさに反応することが出来なかった。
イクルの「早く寝なよ」という言葉を聞きながら、私はなんだか心に穴が開いたような気がした。そのまま先に部屋へ戻るイクルを見送りながら私は倉庫をもう一度見渡して、心を落ち着かせる。
何か、イクルが変だと思う。
私に“本を読んでるの?”と聞いたのは、きっと…これ以上詮索しないでくれというイクルの合図、だと思う。きっとキーワードは精霊に貰った本。イクルにとって一番必要な本であるはずだけれども…いったい何の本なのかは私には想像がつかない。
「イクルが言ってくれるまで待ったほうがいいのかなぁ…」
しんと静まり返った倉庫に響くのは私の声だけで。
イクルのことは心配だけど、もしかしたら私が気軽に聞いて良い内容の話ではないのかもしれない。それならば、私はいつもみたいに笑っていた方がきっと良い、そう1人結論付ける。
でも、もしイクルが辛そうにしていたらもう一度声を掛けよう。
「だから、辛いときはちゃんと伝えてね…?」
◇ ◇ ◇
「ひなみぃ! パンが焦げてるー!!」
「ええぇぇぇ! 取り出してっ!」
「熱いのは駄目なのであるっ!」
一夜明け、お店〈ひなみの箱庭〉オープンの日となりました。
今は開店前…というか、朝ごはんの準備中。イクルがお店を簡単に掃除している間にまろと私で朝食の準備をしている。のだが…現在修羅場です。
「雪うさぎだからっ!? じゃぁ、こっちの目玉焼きとソーゼージをお願いね!」
「わかった~!」
私はまろにフライパンをまかせて、急いでトングを使いパンを釜から取り出した。うん、ちょっと焦げてるだけでとても美味しそうな匂いです。綺麗なシートを敷いたバスケットにパンを入れて、机に運ぶ。一緒に飲み物の準備もして、あとはサラダとスープがあれば準備完了だ。
と、そんな時にまたまろから悲鳴があがる。
「ひなみぃ、これってどうすればいいのであるー!?」
「わっ、もうお皿に取らないと!」
見れば目玉焼きも少し焦げ始めていた。
あれ、まろは料理が苦手なのだろうか。
いや、待って。根本的なところが間違っているんだ…だってまろは人間じゃない。つまり、普通に考えて料理などしたことがないんじゃないだろうか。そうだ、そうだよ…!
「ごめん、まろ! 私が料理教えてあげるね…!」
「ふえっ? うん、ありがとー!」
にこにこしながらまろが私の腰にぎゅーっと抱きついてくる。うぅ、可愛い…!
雪うさぎだからなのか、まろは割と全体的にひんやりしている。夏は丁度良いだろうと思いつつ、冬は寒そうだ。でも、かえって冬のほうが過ごしやすい種族なのかもしれない。今度色々話して教えて貰おう。
「ひなみ様、掃除終わったよ」
「あ、ありがと! こっちももう出来るから座って。さ、まろも座って」
「うん!」
イクルが掃除を終えて戻ってくる。こちらも丁度準備が終わりつつあったので丁度良いタイミングだ。サラダは先ほど用意したので、スープをよそって朝食の準備は完了だ。
私も机についたところで、3人合わせて「いただきます」をして食べ始める。
「ひなみっ! お客さんくるといいね!」
「そうだね! 緊張しちゃう」
美味しそうにソーセージを食べながら、まろが今日のことを聞いてくる。
開店初日ということもあり、なんだかいつもの朝食の雰囲気と若干違う気がするのです。いや、私だけかもしれないけれど…。
基本的に、回復薬はそれぞれ100個売って終了。
あまりに大きい騒ぎになると私には手が終えないから。それに、女神…レティスリール様を捜しにいくという重大な使命もあるので…残念ながらずっとお店に掛かりつけになるわけにはいかないのです。
あぁ、なんだろう。この世界に来たときはこんなことになるなんて思ってもいなかったのに、いつの間にかとんとんと物事が進んでしまった。こんなに順調で良いのだろうか。
若干不安になりつつも、美味しそうにご飯を食べるイクルとまろを見てそんな心配も吹っ飛んでしまった。
「あ、忘れてた!」
「「ん?」」
「調合室を使ったのであるっ!」
「あぁ、使われていない調合室ね」
「うぅ。だって使いかたがいまいち分からなかったから…」
でも、調合室?
まろは調合が出来るっていうこと…なのかな?
「これ作ったんだよー」
「あ、可愛い…! でも、これ何?」
まろから手渡されたのは丸い玉。丁度手のひらに収まるサイズで、良い香りが漂ってくる。
芳香剤か…それとも石鹸的な何かなのだろうか。
「これはねぇ、香りの魔法花だよ」
「あろまふるーる?」
「香りの魔法花!?」
見事に私とイクルの声がかぶる。
ただ残念なことに、イクルはそれが何か理解をしているけれど私はしていない。
「そう。これで身体を洗うと良い香りがするんだけど、それにプラス効果がつくのであるっ! 効果は、作るときの調合方法や魔法の使い方で変わるんだよ。ちなみにそれは、魔物があんまり好きじゃない匂いがつくから、出かけるときに便利だよ」
「えぇっ! すごい!!」
「香りの魔法花は作るのがすごい難しいんだ。まさかまろが作れるなんてね…」
「え? そうなの?」
続いてイクルが、香りの魔法花は知識と技術と魔力があれば誰でも作れると教えてくれる。が、魔力の扱いが大変難しい物らしく作れる人はあまり多く無い様だ。入手するにはお店で買うか、もしくは協会に所属している回復術師が修行の一環で作るので協会でも購入が出来るらしい。
「まろはすごいんだねぇ」
「へへっ! もっと褒めるのであるー!!」
「すごいすごい!」
「えへへ~」
「雪うさぎだけあって、魔力の扱いが上手いんだね…」
「おまかせであるっ!」
イクルの言葉に調子にのりつつ、まろが食事の途中だというのに「他にも作ったから取ってくる!」と調合室へ向かってしまった。うん、まずは落ち着くことを覚えてもらうことも必要のようだ。
ふぅと息を吐いて、私は残りのおかずに手をつける。イクルはもうほとんど食べ終わっていたようで、ゆっくりとお茶を飲んで一息ついていた。
その間にまろが大きな箱を手にもどってきて、中から色とりどりの香りの魔法花が姿を現した。イクルが何個か手にとって見ているのを横目で食べつつ見る。私も触りたいから早くご飯を食べないと…。もちろん、まろにも先にご飯を食べるように伝えることは忘れない。
「これって、作ったのに何か目的でもあるの?」
「んーん、特にないよ」
一通り見終わったイクルがまろに用途を尋ねれば、特に何も無いようで。じゃぁなんであんなにたくさん作ったんだろうと思いつつ、調合がまろの趣味なのかもしれない。
あぁでも、それならばお店に置いてみるのもよいのではないだろうか。
「「お店に置く?」」
「!」
あ。私とイクルの声が見事に重なった。今度は声のトーンもピッタリ一致していた。なんだか嬉しくなって笑えば、イクルもちょっと笑っていた。
「ひなみぃ、いくるぅ~!!」
「きゃっ!」
まろが私に飛びついてきて、嬉しかったのかすりすりと頬ずりをしてくる。よしよしと頭を撫でてやれば太陽みたいな笑顔で、私まで癒されてしまう。
その後イクルにも飛びつこうとしたまろだが、さっと避けられて地面にダイブをしたのは内緒です。
さぁ、お店の開店まであと30分です…!




