27. 決断
扉を使い、レティスリールの自分の家に戻ってくることができると知り、さっそく戻ってきた。リグ様と一緒に。
すぐ階段から降りてくる足音がして、イクルが飛び込むようにリビングへと入ってきた。
「ひなみ!!」
「イクル、どうしたの……そんなに慌てて」
「……ああ、もう、ひなみが勝手にいなくなるのがいけないんだろ。部屋にいたくせに、いったいどこに出かけ――!」
どうやら心配をかけてしまったらしく、私は「ごめん」と謝罪の言葉を口にする。
しかしすぐ、イクルが驚くように息を呑む。いったいどうしたんだろうと思い、そういえばリグ様が一緒だということに気付いた。
「あんた、どうしてここに……」
「そんなに警戒しないでよ」
睨みつけるようにリグ様を見るイクルと、それを笑顔でかわすリグ様。そういえば仲が悪いんだよねと、私は思わず苦笑する。
イクルは神託スキルを持ってるのに、結局一度もリグ様とは会話をしてないんじゃないかなぁ。もちろん、レティスリール様とかそれ以外の人にもね。
「……まあ、ひなみのことは僕に任せてよ」
「!」
リグ様が私の肩をぐっと抱いて、引き寄せる。
思わず赤面して、リグ様の名前を呼ぶけれど優しく微笑まれるだけだ。どうしようと慌てていると、まろと鈴花さんが階段から降りてきた。そしてすぐあとに、眠たそうなレティスリール様。
家にいる人全員が揃ってしまった……。
「こんな夜中に……リグリス様?」
「久しぶりだね、レティ」
「! お久しぶりにございます」
レティスリール様が、跪いてリグ様に挨拶をする。
女神である彼女の言葉で、リグ様が本当にすごい神であるということを改めて認識させられる。室内の空気が一変し、イクルもどこかたじろいでいる。
「……ひなみは、どうしたいのさ。俺は、ひなみの意志を尊重するよ」
「イクル……」
一度睨みつけるようにリグ様を見てから、私に目を向ける。「怒ってはいるけどね」と不穏なことを言いながら、それでもイクルは私を応援すると言ってくれた。
「そいつは気に食わないけど、俺を救ってくれたのはひなみだ。もう、一生一緒にいることはできないけど、ひなみが望むことを手助けするくらいはできる。師匠もいるしね」
「そうだね。俺の魔王を押し付けちゃったわけだし、できることならなんでもするよ」
「二人とも……」
私のことを否定する人間は、ここにはいないよ。
そう……言われているような気がした。
だって、私は魔王になって、ずっと住んでた日本を離れてここにきて……さらにはここからも離れたいとおもってしまっている。
「……私は、リグ様と一緒にいたい」
「ひな……」
「ずっと一緒がいいと、思ったんです。リグ様に、今、イエスって言っていいですか?」
どきどきする胸を押さえながら、私はリグ様を見る。綺麗なその瞳に、私が映っているのがわかる。
リグ様がゆっくり私の前に来て、優しく髪に触れて――とびきり甘い笑顔で、微笑まれた。
「……っ!」
「もちろん、いいに決まってる」
ぎゅっと抱きしめられて、緊張はとってもしてるけど――体からは、安心して力が抜ける。リグ様に甘えるようで申し訳ないけど、少しなら……きっといいよね。えへへ。
「これにて一件落着である?」
「そうね」
「まろ、レティスリール様……!」
そうだ、みんないたんだった!
恥ずかしくなって、すぐにリグ様から体を離す。「残念」という声が聞こえたけれど、今はどっと聞かなかったことにする。
「ひなみ、リグリス様をよろしくなのである」
「レティスリールのことは、心配しなくていいわ。大樹が育ったから、女神の代わりにこの世界を支えてくれるの」
「!」
突然言い出したことなのに、まろもレティスリール様もすんなりと私の言葉を受け入れてくれた。イクルと鈴花さんも、同様に。
「こんな突然で、自分勝手みたいなのに……」
「別に、ひなみは十分すぎるほどこの世界に貢献しただろう? 呪の解放に、回復薬の向上。誰もが成し得なかったことをしたんだから、胸を張っていい」
「イクル……ありがとう。私こそ、イクルがいなかったらどうなってたか」
森にいるレッドウルフにやられちゃったかもしれないし、きっとずっと引きこもっているままだったろうなと思う。むしろ最初は年単位で引きこもってたからね。懐かしいなぁ。
「とはいえ、ひながここにこられなくなるわけじゃないからね」
「? どういうことさ」
安心させるようにリグ様が告げると、イクルが訝しむような視線を向ける。
私の部屋からレティスリールに繋がっていることを説明すると、すぐになるほどとイクルが頷いた。
「……でも、毎日こっちにいりわけじゃないだろう? 誰か、管理をする人間はいた方がいいと思うけどね。店はたためばいいけど」
「あ、そうか……。可能な限りはきたいけど、人が住まないと家は駄目になるって言うもんね」
ただ、家の場所が厄介だ。
街から離れた森の中だから、来るのが大変。それでいて、イクル曰くかなり特殊な家……に、回復薬や薬草もある。
信頼のおける人じゃなきゃ、頼むことができない。
うぅん、どうしよう。
私がそう思って悩むと、「それなら」とリグ様がさらりと言う。
「まろに任せればいいよ。適任だ」
「え!? ひどいのである!」
「あら、それはいいわね。私もアグディスに帰る必要はないし、ここに住まわせてもらおうかしら」
文句を言うまろと、名案とばかりに便乗するレティスリール様。
「私は別にいいですけど……」
こう、生活能力の低そうな二人で大丈夫だろうか。
料理をレティスリール様、それ以外をまろが担当すればなんとかなる? って、女神さまに家事をさせるっていうのもどうかと思うけど……。
イクルも鈴花さんも一件落着のような顔をしているから、まろを庇うことはなさそうだ。
「ひなみちゃん、リグリスに好かれてるねぇ……」
あははと笑って、鈴花さんが「こっちのことは任せていいよ」と言う。
「魔王を、ひなみちゃんに押し付けるようなかたちになっちゃったからね。……永遠を生きるのは、辛いよ」
「鈴花さん……。大丈夫です、私にはリグ様がいますから」
「うん。リグリスもずっと一人だったから、ひなみちゃんが一緒にいられるのなら……きっとそれが一番いい」
「はい」
その言葉に大きく頷いて、私はリグ様の手を取る。
頼りないかもしれないけど、ずっと一緒にいられるように頑張りたいと思う。
「ありがとう、ひな」
「私を選んでくださって、ありがとうございます」
二人で笑って、どうせならばと、みんなで料理を作って夜通しはしゃいだ。
◇ ◇ ◇
翌日、リビングは疲れ果てて寝ているみんなの姿。
リグ様もソファに座って寝ているようで、なんだかとても珍しい光景を見てしまったような気持ち。風邪をひかないよう皆にブランケットをかけて、私は顔を洗う。
「なんだか一日でいろんなことが起こりすぎだよ」
外に出て、大きく深呼吸。
まだ昨日のことがどこか夢のようで、自分の頬っぺたを抓ってしまった。
そして思い出すのは、昨日見せてもらった――扉。
日本に、つながってるんだよね。
お母さんとお父さんに、花。もう何年もあってないけど、花に聞く限りみんな元気みたい。リグ様はいつでも日本に行けると言ってくれたけれど――どうしようか。
「もちろん、会いたい」
でも、会ってどうすればいいんだろう。
不老不死になって、神様と永遠を生きたいのだと正直に告げて――笑顔で頷いてもらえるだろうか。もし私が母親だったら、きっととりあえず怒ると思うんだよね。
「ひな」
「! リグ様……」
少しはねた髪を手ぐしで整えながら、リグ様は体をほぐすように伸びをする。すぐ私の隣に来て、そのまま優しく頭を撫でてくれた。
「大丈夫だよ、不安にならなくても。花ちゃんは、ひなに会うのをとっても楽しみにしてるよ。会いたいっていう気持ちだけで、十分だよ」
ひなを育てた両親なんだから、安心して信じるといい……と、リグ様が言う。
「それに、僕も一緒に行くしね」
「えっ!?」
神様なのに!?
思わず声をあげてしまうと、リグ様が笑う。
「当たり前だよ。だって、娘さんをくださいって……挨拶に行くのが日本流なんでしょう?」
「え……あ、え……っ」
「ひな、まっかだね。可愛いけど」
「……っ!」
それって、だって、……え?
私の心臓は、しばらくドキドキが収まりそうにない。




