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箱庭の薬術師  作者: ぷにちゃん
第5章 闇に目覚し一輪の花
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26. いなくなったひなみ

 視点:イクル


「……ひなみの気配が、消えた?」

「え?」


 ふいに、感じていた気配が消えた。

 リビングにいるのは、俺と、師匠と、まろ。ひなみは先に休むと、自室にいたはずだ。なんとなく家の気配を感じていたけれど、ひなみのそれだけがふっとかき消えた。


 師匠が首を傾げ、気配をよんだのだろう。「あ、本当だ」と声をあげた。

 まろは大きく目を見開いて、「ええええっ」と大声を出す。思わず耳を塞いで睨みつけると、睨み返された。


「まぁまぁ。……とりあえず、うーん、どうしようね」

「この馬鹿師匠」


 役に立たなさそうな師匠は放っておいて、階段を上がりひなみの部屋のドアを開ける。そこにはやっぱりひなみはいなくて、思わず舌打ちする。

 窓は閉まっているし、部屋が荒らされていたりする形跡はない。一瞬でひなみの気配が消えたことお考えて、誰かが侵入して攫ったということは考え難い。


「……ひなみぃ、どこいったのであるー!?」


 あとからきたまろが部屋に入り、きょろきょろと見回して――一点でその動きを止める。何を見ているんだろうと視線で追うと、机の上にある一冊の本が目に入った。

 なるほどと納得するのと同時に、どうにも嫌な怒りが込み上げる。


「……神の交換日記」


 ひなみがいつも大切そうに持っているのを見たことがあるけれど、中身までは見たことがない。いったい何が書かれているのか気になってパラパラとめくっていくけれど、白紙で何も書かれていない。


 ……神との交換日記はこれじゃない?

 それとも、俺に見えないようになっているのか。どっちかわからないけれど、おそらく装丁を見る限りは間違いないだろう。


 綺麗に片付いた部屋なのに、椅子だけ不自然に引いてある。

 まるで、直前までひなみが座っていたかのよう。


「イクル、まろ。……とりあえず落ち着いたら?」

「師匠……」


 ゆっくり階段を上がってきた師匠が苦笑していて、思わずため息をつく。


「何を落ち着けっていうのさ。ひなみがいなくなったんだよ?」

「ひなみが何も告げずにいなくなるなんて、おかしいのである!」


 まろが心配じゃないのかと師匠に問いかけるけれど、その笑みが崩れることはない。ああ、間違いなく何か知っているなと思いながら、どう口を割らせようかと考える。

 師匠は、あまり自分のことを含め多くを語ったりしない。だからこそ面倒なんだけれど、今回ばかりは力づくでもはかせたい。


「それ、交換日記ってやつ?」

「なんで師匠がそんなことまで知ってんのさ」

「まあまあ。聞いたんだよ、レティスリールに」


 もう寝てしまった女神の名を告げて、「いろいろ聞いたりしたんだ」と言ってのける。


「これでも長く生きてるから、情報収集は得意なんだ」

「…………」


 いったいどれくらい生きてるんだと言いたいけれど、絶対にこの師匠は告げないんだろうなと思う。眠りについた師匠の意思に潜り込んで、わかったことが何個かあった。

 にこにこと笑っているくせに、そのくせその心は真っ黒だ。瘴気があふれ出て、それが魔王という存在だということも知った。

 俺が知れたのはそんな事実だけで、師匠がどうやって生きてきたのかまではわからないけれど。


「――――え?」

「イクル?」

「師匠……」


 ふいに、今まで意識していなかった違和感を覚えた。

 ――なんだ?

 ひなみのいない部屋がおかしいのか、それともほかに何か、そう考えて、その違和感の正体が師匠だということに気付く。

 今まで発していた重い、威圧のような気配がない。ひなみが目覚めさせたのだから、取り除かれたという可能性はもちろんある。でも、俺の中で警鐘が鳴る。


 何かがおかしいと。


「イクル、どうしたのである?」


 まろの問いかけを聞いて、まろを見る。

 魔物の、雪ウサギが精霊となった姿。魔物、精霊、そして魔王――。


「師匠、ひなみは魔王になった……?」

「――ッ!」


 俺がそう問いかけると、師匠は笑みをくずさなかった。でも、まろの肩がびくりとゆれる。知らなかったのは自分だけかと、拳を固く握りしめる。

 そもそもまろは神の手先だったと思い出し、つまりはすべてまろたちの計画通りだったのかという考えが脳裏をよぎる。でも、そうであれば先ほどまろが動揺するのもおかしい。

 ……知らされていなかったけど、まろが自分で気付いただけ?


「イクル、落ち着いて」

「落ち着いてるよ!」

「……落ち着いてないよ。ひなみちゃんが魔王になったのは事実だし、それを望んだのも彼女自身だ」

「は?」


 ひなみが自分から魔王になるはずなんて――そう思いたいけれど、ありえないと言えないことに気付く。ひなみは神の言いなりだし、神のためなら自分のことなんて気にしない。

 落ち着くために、大きく深呼吸をする。


 師匠が俺の背中に手を置いて、「落ち着いたみたいだね」と苦笑する。

 落ち着きはしたけど、認めたわけじゃない。


「……ひなみが、リグリス様と一緒に生きることを選択したのである」

「まろ……」

「だから、ひなみは自分から魔王になったのである。まろは、ひなみよりもずっとずっと寿命がながいから、これからも一緒にいられるのは嬉しいのである」


 まろの言葉を聞き、確かにそれはそうだと納得することは出来る。

 俺を捨てて出て行った師匠を見れば、ひとりで生きていくことがどれだけ辛いのかくらいはわかる。しかも、早々死ぬことが出来ないのであればことさらに。


「俺はもう呪奴隷じゃないから、この先もずっとひなみと一緒にいるわけじゃない……」


 憤りは感じるけれど、止めろと強く言うのは無責任だ。

 師匠の意識の中で、もっとひなみをちゃんと見ておけばよかった。一人にしないで、せめて一緒に考えることができたら――そう思う。

 でも。

 それでもきっと、ひなみの選択肢は変わらないんだろう。


「……ひなみは、頑固だからね」

「まったくである」


 ぽつりとつぶやいた言葉に、まろが大きく頷いた。


「とりあえず、神に文句の一つでも言わないと気が済まないんだけど」


 まろをじろっと睨みつけると、首を横に振って「無理である!」と告げる。


「リグリス様のところに、自分でいけるほどの力はまろにはないのである!」

「肝心なところで役立たずだね……」

「ぐぅ……」


 信託スキルはあるけれど、あんなものを使いたいとは思わない。

 さてどうしようと思ったところで、階下に突然ひなみの気配が現れた――。

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