36. ダンジョン店舗とお客様
「うぅぅ〜ん……」
動物たちが眠りにつき、夜も深い今の時間は逆に朝に近い。私は今、というより、夜から……花と手紙のやり取りをしていた。
ポイントはたくさんあるし、と。花にどうしても相談をしたくて、手紙を送ったのだ。
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ひなちゃん、それはずばり恋だよ!
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「うぅぅぅ〜ん……」
いつもはとてつも長い手紙を私にくれるのに、たったの1文。
ずばり恋だと言われても、うぅんと唸るばかり。
「…………」
もうとっくに自分の中の答えは出ているはずなのに、私は上手く言葉にできないでいる。
こんなに悩むことなんて、今までなかったかもしれない。
◇ ◇ ◇
「ひなみひなみひなみひなみいいぃぃぃ〜!!」
ばたばたという足音とともに、大音量でまろの声が私の耳に届く。
朝からいったいどうしたのだろうと眠い目を擦りながら身体を起こして……はっとする。
「朝!? やだ、私寝ちゃってた……っ」
私の下敷きにされた手紙を見て、間違いなく寝てしまったのだと確信した。
ということは、今……何時!? 慌てて時計を確認すれば、朝の10時。いつもだったらとっくに朝ご飯を食べ終わり、お店に行っている時間だ。
「おはようなのである!」
「まろ、おはよう! ごめん、私すっごい寝坊しちゃって」
「ん。それは大丈夫なのである。ひなみ、疲れてたみたいだったから寝かせておいたのであるー!」
「うぅ、ごめん。すぐ起きて支度するから」
慌ててクローゼットから服を取り出して着替える。寝癖がついていた髪は、ピンキーリングがリボンになった瞬間綺麗に整えられた。
普段は自分で髪の手入れをしたりしてからということが多いので、さっとセットされたことになんとなく恥ずかしくなる。
…………リグ様に見られているんだろうか。
「とりあえず急ぐのである〜!」
「うんっ! でも、いったい何があったの!?」
まろだけで、イクルがこないということはイクルが何か問題ごとに対応してくれているのだろうか。
足踏みをしながら待つまろにせかされる。一緒に1階へ行って、顔を洗ってからダンジョンの店舗へと向かう。
はらはらしながら向かえば、そこは……え?
「えっ!?」
自宅から店舗へ繋がっている扉をくぐってお店へ行けば、そこは妖精さんであふれていた。いったいどういうことだろうと、店内を見回してみる。
そこには、忙しそうに接客をするベアトリーチェたちがいた。
ということは、つまり今いる妖精さんたちは全員お客様っていうこと……? あまりに昨日までとちがう店内に、いったい何がと首を傾げる。
が、すぐにそれも解決する。店内が、少し変わっているのだ。
「まろ、これって……」
「そうなのであるっ! ハルがくれた招きの蜂蜜の効果である。あそこに設置されていて、近くにいる妖精や精霊にのみ感知することができるアイテムである」
「あ、本当だ。すごい綺麗で、それに……甘い匂いがするね?」
やっぱり、鈴花さんに交換をしてもらったアイテムの効果によるものだった。まろはたくさんのお客様がきてくれたから、私を急いで呼びにきてくれたのだ。
店内の入り口に、可愛いお花から蜜が流れているものが目に入る。小さな噴水に見えるそれは、甘い匂いを発しているが、しかししつこくなく心地いい。
妖精が近くを飛び、甘い匂いをかいでいるのも見てて楽しい。
『あ、店長きた』
『『『おはようございます』』』
「おはよう、3人とも。ごめんね、遅くなっちゃって」
『大丈夫ですわ! 私たち3人、しっかりと対応できてますもの』
慌てて手伝おうとすれば、ベアトリーチェから『問題ないですわ』とお返事をもらう。
店内には10人ほどの妖精さんがいるけれど、妖精はマイペースなのでそこまで対応を急がなくても大丈夫ということだ。ゆっくり選び、ゆっくり買う。
お客様としてきてくれている妖精同士も雑談をしたりして、なんだかにぎやかになっていた。
「精霊はや妖精、こういった交流の場所をあまり持っていないのである。だから、このお店は妖精たちにとって、集まりやすい場所なのである」
「そうなんだ。確かに、妖精ばかりがくる喫茶店……っていうのも、あまりイメージができないね」
こくこくと頷きながら、まろは「もっと広くして、精霊や妖精が情報交換できたり知り合える場所にするのもいいかもである」と言う。
使用用途は違うけれど、人間で言うところの冒険者ギルドのような感じだろうか。集まって情報交換をして、お茶を飲んだり休憩したり。
うん。そういう喫茶店スペース、いいなぁ……。落ち着いた店内、休憩スペースがある。お客様は可愛い妖精さん。まるで不思議の国だ。
「とりあえず、接客はベアトリーチェたちにまかせてアイテムの確認をするのである!」
「そうだね。確認したら、鈴花さんにもお礼を言いにいかないとね」
私はまろと一緒に、1つずつアイテムの確認をしていく。
おもてなしセットは、お客様へお茶を出すためのティーセットだった。人間サイズでは妖精が持てないので、大小あわせて5種類の大きさがあった。
それを、それぞれ3点ずつ。クリスタルの結晶があしらわれていて、とても綺麗だ。
妖精の掃除道具は、店内を綺麗に掃除するための道具だ。今も、お客様の邪魔にならないように装飾のクリスタルを拭いてくれたりしていた。
何これ、便利すぎてびっくりします……! 私の家にもぜひ欲しいくらい。
妖精の羽休めを3個。これは、店舗と私の家のつなぎの間に設置がされていた。
可愛いお花の型をした揺りかごのベッドだった。基本的にベアトリーチェたちは閉店後に帰るけれど、妖精はお昼寝をするのが好きらしい。
招きの蜂蜜は、先ほど見た通り。甘い噴水のようになっていて、近くにいる敵意のない精霊や妖精に探知することができるらしい。
基本的に店舗の目印として使用されるものらしく、それに気付いた妖精たちは店舗があるとわかり立ち寄ってくれるのだそうだ。
なので、今日は本当に近くにいた妖精がお店にきてくれたらしい。もう少し遠くにいる妖精も、近日中に顔を見せてくれると思うと、ベアトリーチェが忙しそうにしながら教えてくれた。
店舗拡張:来客スペースは、一瞬どこに? と思ったけれど、まろが教えてくれた。
入り口から入ってすぐ右側に、小さなスペースができていた。ガラス……ではなく、クリスタル張りになっている壁からは外が見える。
ダンジョン内なので太陽光が入ってくるわけではないけれど、明るくなったとは思う。
小さな机と椅子が置いてあり、接客はもちろん、情報交換をするスペースとしてもいいだろう。
「たった一晩でこんなに設置してくれたんだ。すごいねぇ」
「そうなのである。これからはもっとお店を大きくして、もっともーっとお客さんを呼ぶのであるっ! そうしたら、ここは世界一のお店になるのである〜!!」
「まろってば、気が早いなぁ」
目を輝かせてきらきらと語るまろには、このお店の未来が見えているらしい。
確かにそれはとっても楽しそうだし、精霊であるまろがこのお店にいればボス的なポジションになりそうだとも思う。
そんなことを考えてまろと笑っていれば、カランと音を立てて店舗の扉が開いた。
「いらっしゃいませー……って、鈴花さん?」
「おはよう、ひなみさん」
「おはようございます。それと、アイテムありがとうございます。まさか一晩でこんなになるとは思っていなかったです。お客様もたくさんで、びっくりです」
私の言葉に、鈴花さんは「よかった」と微笑んだ。
これはこれで特殊能力なように思えるけれど、鈴花さんの能力はどれほどに多彩なのだろうか。私も珍しいスキルを持っているけれど、鈴花さんは私なんかの非ではないと思う。
「しかし、すごいお客さんだねぇ。精霊や妖精は魔力を回復させる回復薬を好むから、このお店は繁盛するだろうね」
「そうなんですね。でも、回復薬が妖精さんたちの役に立つのは嬉しいですね」
「そうだね。自分の力が誰かの役に立つことは嬉しいね」
「はい」
お店に来てくれている妖精さんたちは、先ほどから私たちにちらりと視線を向けてくる。
その度に「いらっしゃいませ」と声をかけているけれど、なかなかそれ以上の話には発展しない。しょぼんとすれば、鈴花さんにくすくすと笑われた。
「精霊や妖精は、人とあまり関わらないからね。緊張してるんだと思うよ?」
「そうなんですか……?」
「そんなときは、パーティーであるっ!!」
「え?」
せっかくだから、私だってお客様の妖精とお話をしたりしたい。そう思っていれば、まろが魔力回復薬を温めて持ってきてくれた。
ティーポットにきちんとセットされていて、小さいティーカップに注いでいく。妖精が飲めるサイズのものだ。
なるほど、まろの言ったパーティーは、ここでお茶会をしましょうということだったのか。
「ありがとう、まろ。それなら、お菓子……だと準備が間に合わないから、果物を添えようか」
「それがいいのである! さっき、まろが庭からもいできた新鮮なりんごがあるのである」
「準備がいいね。なら、りんごは俺が切ろうか」
「任せたのである!」
まろを手伝うようにティーカップを並べ、紅茶を注ぐ。
りんごをまろからもらった鈴花さんは、懐からナイフを取り出してするりとりんごの……んんっ? 見ていた筈なのに、気付いたときにはすべてカットされていた。
初代勇者様は、りんごを一瞬でカットされてしまうのか……。すごい、です。
「えっと……。私は、ここのお店の店長をしているひなみです。紅茶とりんごを用意したので、皆さんよかったらお茶をしませんか?」
『紅茶、とってもいい匂い!』
『このお店、可愛いの! 精霊様もいて、びっくりしたの!』
『りんご大好きー!!』
どきどきしながら、お店にきてくれた妖精に声をかける。そうすれば、何人かはすぐに返事をくれて私たちの方へときてくれた。
ほっと息をついて、安堵する。誰もきてくれなかったら、結構ショックだったと思う。
「紅茶はたくさんあるのであるー」
『精霊様とお茶ができるなんて、嬉しいです』
『『よろしくお願いします!』』
まろはお客様からも精霊様と呼ばれている。やはり、1種につき1人しかいない精霊は貴重な存在なのだろう。私はいつもまろと一緒にいるので、少し不思議な感じだ。
お調子者で、とっても可愛いまろは様と呼ぶよりちゃんと付けた方が似合いそうだとなんとなく思った。
その後、私たちはみんなでお茶をしてまったりした時間をすごした。
ベアトリーチェたちも交代でお茶を飲んでもらい、今後はこんな風にお店を営業していこうと決めたのです。




