24. 契約
昨日更新予定だったのに、忘れてましたごめんなさい……ガク
ふわふわと、まるで夢の中でクリスタルの世界を冒険しているようだと……そう思った。
私をすんなりと迎え入れた扉は、ダンジョン奥地に眠る空き店舗。
きらきら光るクリスタルの素材で作られているこのお店は、とても幻想的です。
まさに、人知れずそっとたたずむ幻のお店です。
……まぁ、残念なことにお店自体はやっていないのですけれど。
「すごい、綺麗」
「まったくひなみは……」
クリスタルに吸い込まれるように、サリナさんが店内をみて歩く。
それに私たちも続き、きょろきょろと見渡して、何かないかと探してしまう。例えば、古代のアイテムとか……って、これはゲームの中だけか。
「でもさ、貸し店舗なのはいいけど、どうやって借りるんだろうね」
カウンターの横に置いてあった椅子に腰掛けて、サリナさんが「店主みたい」と楽しそうに笑った。
確かに、どうやって契約を行うなどの文はなかった。やはり、下層の居住区にいかないと契約などはできないのだろうか。
「こんなところで店を開いても、仕方がないだろう……」
「まぁ、そうだけどさ。こんなクリスタルのお店なんて、なかなかないじゃない」
一通り店内を見たアルフレッドさんも、カウンター横の壁へと寄りかかる。サイネさんは興味深そうにクリスタルを観察していた。
『まぶしいポッホ』
「そうだね、クリスタルがきらきらしてるから」
私のリュックからソールが飛び出して、店内をぱたぱたと飛び回る。こんなせまいところで飛んで大丈夫なのだろうか。しかしそれは杞憂で、ソールは小さい身体をたくみに操りカウンターに着地した。
私も店内を一通り見て、サリナさんとアルフレッドさんのいるカウンターへ。
いったい何を売るお店をしていたんだろうと考えていれば、カウンターにおいてあるレジからリィン……と、透き通るような音が響いた。
「……え?」
レジを見れば、装飾だと思っていたクリスタルから音が出ているようだった。
「何だこれは……」
「興味深いですね」
アルフレッドさんがそれを眺めて、サイネさんが手で触れて観察する。しかし、これがいったい何であるのかは誰にもわからなかった。
そしてふと、アルフレッドさんたちが神妙な顔をして……私の顔を見ていることに気付く。
危険かもしれないから、離れていろということだろうか? それなら、と、数歩下がってみれば「違う」とアルフレッドさんから声がかかる。
「はい?」
意図がまったくわからなくて、どうしたのだろうと考えればくすくすと笑うサイネさんが視界に入る。そのよこでは、なぜか自身に満ち溢れたサリナさん。
アルフレッドさんに手招きをされて再度カウンターの横に行けば視線でレジを示される。
「ひなみなら、何か効果が発動するだろう。なんと言っても、この店はお前を受け入れたんだ」
「え、あ……!」
アルフレッドさんたちには、このレジやクリスタルのことはわからないし、何かをすることもできない。だから、反応も示さない。
けれど、私ならば……? と、その可能性を示された。
階段に書かれた日本語を読むことができたし、サリナさんでも開けなかった頑丈な扉をすんなり開くことができた。
……私は、このお店に受け入れられていると考えていいのだろうか。
とくんと、自分の鼓動が……とても大きく聞こえた。
「おそらく危険はないだろうが、俺から離れたりはするなよ」
「はい、気をつけます」
そろりとレジの前に私が立てば、より大きくリィンと音が鳴った。まるで私を待っていてくれるようなそれに、なんだかとても触れたいと思ってしまう。
レジをよく見れば、クリスタルでできた押しボタンに数字が書いてある。日本のものと、どうやら作りは似ているらしいことがわかる。
会計をするために、しっかりと作られてはいるが……ラリールにあるお店でもここまでしっかりしたレジを見たことがない。そのためか、アルフレッドさんも訝しげな目で見ていた。
そっと音を鳴らすクリスタルへと触れては見るが、特に何かが起きるということはなかった。
これは……もしかして、レジを開けばいいのだろうか?
「ひなみが触れても何もなし、か。ますます意味が分からないな」
「うーん。ひなみちゃんなら、何かが起こると思ったんだけどなぁ」
私の横で会話しているアルフレッドさんとサリナさんは、次の瞬間に「「えっ!?」」と、そろえて声を上げた。
なぜなら、私がお会計のボタンを押してレジを開けたから。
「そこを押すと開くんですね、興味深いです。……中には、紙、ですかね」
「何でしょう?」
レジにお金は入っておらず、代わりに入っていたのは1枚の紙。
それを手に取り広げれば、私の後ろから3人も覗き込んでくる。
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◇ 契約書 ◇
店舗貸し出し条件
・店舗として通常の営業が可能なこと
・妖精を店員として雇用可能なこと
妖精が店員となるため、主人が常に滞在する必要はない。
妖精への報酬は、回復薬とする。
契約を行う者は、下記に署名をすること。
- - - - - - -
「契約書、か。店舗料金などは書いていないが、どういうつもりなのか」
「そうですね……怪しくはありますが、ダンジョンだからということもありえそうですね」
「……ふむ。かと言って、ここで営業をしても客は来ないだろう」
この世界の文字で書かれた契約書。
でも、3人にはわからないことが、実は1つだけあった。
契約書の上と下、模様のように書かれているラインが実は日本語だった。これは、私にしか読むことのできない文字。いったいどういう意図かはわからないけれど、相手が日本人であることだけは確かだ。
『ゆるくまったり店舗にどうぞ! 特にお金とかはいらないので、好きに使ってください。ダンジョンなので人間の客はあまり来ないけど、妖精や精霊がお客としてくるよ。店舗内のレイアウトもお好きにどうぞ。 鈴花春』
「……これって」
『どうかしたポッホ?』
「う、うぅん?」
鈴花春……それは、この世界に来てから何度か目にした名前だった。
そう、これはイクルが持つ棍の、製作者の名前だ。
この鈴花春という人物は、私とイクルに何か縁でもあるのだろうか。いや、日本人というだけでそれが縁なのかもしれないけれど。
「……今は考えても仕方がない、か」
そういえば、レティスリール様からもしきりに春くんという名前が出ていた。
過ごした年月で言えばありえない話ではあるけれど、この鈴花さんという人なのだろうと思う。
でも、やはり何かがひっかかる。
どこかで聞いた名前だということが頭から離れない。……いや、私の思い違いということもあります。
今はただ、いつか会うことができますようにと考えておこう。
「……よし!」
契約書にさらりと自分の名前を書けば、後ろから声が上がってはっとする。
「ひなみ! お前は何をしてるんだ!!」
「ええぇっ!? これって、契約書なんだよ!?」
「…………ひなみさん」
あ。
ついうっかりと、署名をしてしまいました。
日本人でレティスリール様の知り合いだと思い込んでいる私は、何の警戒もせずに自分の名前を書いてしまったのです。
やらかした! と、そう思ったときにはすでに遅かった。後ろから聞こえるアルフレッドさんの怒った声と、サリナさんの焦る声。サイネさんにかぎっては、あきれているのか名前を呼ばれた。
「えぇと、つい、うっかり?」
「……うっかりで済むわけがないだろう、馬鹿者」
「ごめんなさい……」
私を心配して怒るアルフレッドさんに申し訳なく思うけれど、これは……おそらくキャンセルができない代物です。
……なぜなら、私の足元に魔法陣のようなものが出現したから。
魔法陣にはあまりいい思い出がないのだけれど、これは薄い青で書かれ、淡い光を放っていた。私を結界のように包み込んで、外の世界と遮断をした。
「えっ!?」
さすがにこの展開は考えていなかったので焦るが、それはほんの数秒で解除された。いったいなんだったのかと思えば、目の前にいるアルフレッドさんたちがとても驚いた顔をしていた。
どうしたのだろうかと首を傾げれば、店内に備え付けられていた姿見を促される。頭に疑問符を浮かべながら姿見で自分を見れば、リグ様にいただいた制服のエプロンワンピースを着た私がいた。
「えぇっ!?」
さらに驚いて声をあげてしまう。間違いなく、自分の部屋のクローゼットにしまっていた制服です。
これがさっきの魔法陣の効果なのだろうか。強制的に働けと言われているような気がしなくもないけれど、悪いものだとはやはり思えなくて。
「ひなみの箱庭の制服か。どうやらひなみは、この店の主人となったんだろう」
「そのようですね。ひなみさんは、この店舗を借りたということでしょう」
やれやれと首を振るアルフレッドさん。
ソールは横で『すごいポッホ!』と、なぜか私を褒め称えてくれている。
ここのフロアは、最初からとても気になっていました。なので、契約ができたということはとても嬉しい。
……けれど、今はダンジョン攻略の途中。こんなことをしている場合ではないのだと、自分を叱咤する。
「まぁ、契約してしまったものは仕方がない。妖精を雇用して、ここに店舗を構えるしかないだろうか」
「それとも、ひなみさんは契約を破棄したいですか?」
サイネさんの提案に、私は首を横に振る。思わずサインをしてしまったけれど、遅かれサインはしたと思うから。
「大丈夫です。店舗はもちろん気になりますけど、今はダンジョンの攻略をして、魔物に関する調査を優先してください」
「それはもちろんだが、店舗を放っていのかが気になるな」
んんっ、確かに。
通常営業をするということが、契約の条件です。開店までの準備期間があればいいのだけれど、そういったことはどこにも示されていない。
困りました。どうしようかと考えていれば、サイネさんからの提案。
「ひなみさんには、サリナとともにここで一度待機してもらっては?」
「え?」
「ここから先は、未知の領域です。私とアルで、簡単に偵察をしてきます。皆んなで進むのは、それからでもいいでしょう」
これ以降は、誰も足を踏み入れたことがない。確かに、サイネさんの提案は至極当然のことです。
加えて、私は足手纏いになってしまう。
「でも、前衛術師のサリナさんがいないと危険じゃないですか?」
提案としては嬉しいけれど、それで危険に晒されては元も子もない。
真剣にサイネさんを見れば、きょとんとされる。
お願いだから、気を使うような嘘をつかないで正直に教えてください。
危ないなら、そう言ってください……。
「あぁ。それならば、問題はないから気にするなひなみ」
「でも、どんな魔物が出てくるかわからないんですよ?」
「大丈夫だ。俺たちは強い。ひなみは気にせず、ここでサリナと待っていろ」
……アルフレッドさんの言葉は、さり気ないけれどどこか力強い。
確かに、アルフレッドさんとサイネさんが強いのはわかっている。けれど、わかっているけれど心配なのは心配なのです。
「大丈夫だよ、ひなみちゃんっ!」
「えぇ、ちゃんと帰ってきますから。サリナとこの店舗について、少し調べていてください」
サリナさんに励まされ、サイネさんのゆったりとした声を聞き……私は小さく頷いた。
「無茶だけは、しないでくださいね?」
「あぁ、わかっている」
「では、少し行ってきますね」
子供をあやすように頭を撫でられ、休憩もせずにでていくアルフレッドさんとサイネさんを見送った。
冒険に出る人を見送るという行為は、いつになってもなれる気がしない。
「まぁまぁ、こっちは私がいるから大丈夫! ここの店舗を調べるのも、大事な仕事だよ」
「うぅ、わかりました」
「それに、ひなみちゃんがわくわくしてるのも知ってるよ?」
えへへと笑ったサリナさんが、「2号店だね!」と手を叩いた。
心配もしていたけれど、実はわくわくしていた私です。
不謹慎ではあるけれど、このクリスタルのきらきらしたお店を一目見て気に入ってしまったのです。
いつも感想やブクマ、評価などありがとうございます!
返事は遅いですが、目だけはすぐに通させていただいております!
冬コミの原稿が終わるまでは、やっばり返事は遅いかもしれませんが……汗
執筆の励みにさせていただいております!




