15. サイネという治癒術師
薄暗い洞窟の中、サイネさんが魔法で出した光が通路を照らす。ごつごつしている岩が少し歩きにくいけれど、最近のトレーニングの成果がでているのか順調に歩くことができた。
まろに言われて、少しだけど走り込みをしたり、お風呂上がりにはストレッチをしたりしているのです!
「何かあればすぐに言ってくださいね。疲れたら、休憩もはさみますから」
「はい。ありがとうございます」
私の斜め前を歩くサイネさんは、とてもしっかりとした足取りだ。治癒術師だから、私のように運動は得意ではないのかなと勝手な想像をしていたけれど……さすが勇者パーティーの治癒術師。格が違うのだろうなぁと、そう思った。
「そういえば、神託って……どういう感じなんですか? 私は教会で覚えようとしたんですけど、駄目だったんですよ」
「えぇ。誰しも、1度は神託を取得しようとしますからね」
歩く速度を緩めて、「そうですねぇ」とサイネさんが説明をしてくれる。
「神託とは、神に類ずるものからの声を聞くことができるんです。ただ声を聞くだけであれば、会話ができるという者もいる。私は短時間であれば会話ができますが……こちらから語りかけることはできません」
「神様からの連絡を受け取るスキルということですか?」
「えぇ。ただ、返事がないだけであって、語りかけること事態はできているという可能性もありますね」
なるほど、確かに。
しかし、神に類ずるものというのはなんだろうか。神様以外にも、神託スキルで話を聞くことができるということだろうか。
うーんと悩んでいれば、サイネさんが「どうしました?」と私の疑問に答えてくれる。
「あぁ、神に類ずるものですね。ご存知の通り、この世界における神とは女神レティスリール様です。しかし、私に今回の神託を託したのは……初代勇者様です」
「……えっ?」
初代の、勇者様? 確か、サリナさんは6代目の勇者だったはずだ。
私はてっきりリグ様からの神託がサイネさんに降りて、助けてもらったのだと思っていた。しかしよくよく考えてみれば、リグ様は私と直接連絡を取れるのだ。わざわざサイネさん経由で……ということも考えにくいのかもしれない。
「初代勇者様が活躍されたのは、今から約500年前。この世界に、初めて魔王が誕生したとされたときです」
「魔王……?」
「これは教会にのみ伝わる、秘匿情報です」
「えっ」
な、なぜ秘匿情報をさらりと私に話してしまうのですかサイネさん!?
1本道だった洞窟が二股にわかれ、「困りましたね」と。まったく困っていない笑顔でサイネさんが近くの岩へと腰掛ける。
休憩だろうかと思い、私もすぐ近くにあったそれより小さめの岩へと腰掛ける。
「初代勇者様は、レティスリール様のためにこの地に現れ、戦ったと言い伝えられています。一般では、凶暴な魔物を討伐したとか、そういった話が多いでしょう」
「はい。私も、サリナさんにそう聞きました」
穏やかな笑顔のサイネさんは、いったいどれだけのことを知っているのだろうか。
もしかして、私のことも何か知っているのだろうか。初代勇者様が神に類ずるものというのであれば、私とリグ様の関係を知っているのかもしれない。異様にどきどきとして、なぜか冷や汗が伝う。
「とは言っても、私だって多くのことを知っているわけではありません。私が今まで、神託を聞いたのは初代勇者様からのみです。残念なことに、レティスリール様のお声を聞いたことはないのです」
「あ……そうか、レティスリール様はずっと閉じこもっていたから」
「え?」
「あ」
いけない。また、うっかりと思ったことを口に出してしまった。
とりあえず、アルフレッドさんたちに説明したことをサイネさんにも伝える。レティスリール様には、そのうち会えると思いますとも付け加えて。
レティスリール様は目覚めて、今は〈アグディス〉に滞在している。そのうち、おそらく私が住む大陸〈サリトン〉にもくるのだろう。
アルフレッドさんとサリナさんに説明したのと同様に、簡単な情報だけを伝える。私がしっかり話そうとすると、絶対墓穴を掘ってすべて話さなければならなくなってしまいそうだから。
『サイネは初代勇者を知っているんだポッホ? ひなみは、レティスリール様を知っているポッホ? なんだか、2人ともすごい人だったポッホー』
「私は、治癒術が人より少し得意なだけですよ。起きたのですか?」
『ひなみの肩は乗り心地がよかったポッホー』
うつらうつらしていたふくろうさんが、話に加わる。
『この青い花は、初代勇者様の友達ポッホ』
「「友達?」」
『花が元気になればわかるポッホー』
翼を少しぱたぱたさせて、自分は初代勇者様の関係者だということを暗に示す。やはり、神託はサイネさんの言った通り初代勇者様からだったのだろう。
しかし、花が友達とはどういうことだろうか。あの、サボテンになんとなく話しかけてしまうのと同じようなことなのかな? でも、私もよく庭の植物に話しかけているし、そんなものかもしれない。
「この青い花は、初代勇者様にとってとても大切なのでしょうね。私が生きてきた中で、初代勇者様からの神託はこれが3回目です」
「3回……そこまで、たくさん交流があるわけじゃないんですね」
「えぇ。一番始めは、呪奴隷村の整備。次に、呪奴隷商の規律の強化でしたね。この世界のことを思ってくれているのでしょうね」
呪というものにたいする、勇者様の気遣いにさすがだなと思う。初代の勇者であれば、そういった面からこの世界を気遣い、よりよくしていくことができるのだ。
今はもう呪がないけれど、きっと初代の勇者様もレティスリール様を心配していたのだろう。
…………ん? 初代の勇者、魔王?
そういえば、レティスリール様が魔王を勇者に倒してもらったと言っていた。それが、初代勇者様。名前は、確かそう……『春くん』といったはずだ。
いや、春という名前は、ほかのところでも聞いた気がする。どこだったか、そう考えて……「そろそろ行きましょうか」とサイネさんの言葉によって思考が途切れた。
「あまり遅くなると行けませんからね。この洞窟は、アルたちと合流する予定だった村に繋がっているんですよ」
「え! そこそこ距離があったように思いますけど……結構深い洞窟なんですね」
『そうポッホ! ここは、青い花を守るために深く迷いやすいようになっているポッホー』
まだ30分と少しくらいしか歩いていない。村までの距離を考えるなら、おそらく2時間以上は歩かないといけないだろう。
『村への行き方はわかるから、まかせるポッホ!』
「うん、ありがとう! とっても助かる」
「道の問題も解決しましたし、村へ向かいましょうか。遅くなればなるほど、アルとサリナが心配しますからね」
◇ ◇ ◇
さらさらと流れる小川を横目に、私は多少混乱していた。
ふくろうさんの案内通りに洞窟を歩いていれば、外に出た。というか、中庭のような感じだろうか。周囲はぐるりと岩壁に囲まれていて、脱出するのは無理だなというのが一目でわかる。
「うーん……行きでは通りませんでしたね。こんな場所があるなんて、驚きです」
「花がすごいですね。きれいで、洞窟の途中には思えなです」
広さとしては、だいたい50メートルくらいだろうか。
一面が花畑になっていて、洞窟からこれるとはとてもじゃないけれど思えない。カラフルに咲く花、それにまぎれるスライムたち。幻想的。
「…………って、スライム!?」
「洞窟内には魔物がいないのに、この空間にのみ生息しているんでしょうか。さて、どうしましょう……私は治癒術師ですし、ひなみさんは薬術師ですし」
『ポッホー』
そうか、私たちは2人とも戦闘職じゃないんだ。
けれど……私には、リグ様の弓がある。必中攻撃で、スライムならば数匹同時に倒すこともできる。ぱっと辺りを見渡せば、スライムの数は5匹。
こちらに気付いたようで、ぴょんぴょんと跳ねながら向かってきた。勢いをつけ、そのまま体当たりをしてくるつもりだろう。
「させないっ! サイネさん、ここはまかせてください!」
「弓を、扱えるのですか」
「少しだけ。……3本だけ、矢を射ることができます!」
ぎりと弓を構え、狙いを定める。必中だからその必要はないのだけれど……そのほうが、より威力があがるような、しっかりと倒せるようなそんな気がします。
「いっけえぇぇぇっ!」
私は思い切り矢を放ち、風を切りながらまっすぐスライムに向かって行く。まずは1匹目に当たり、そのまま2匹、3匹と続いて倒した。
大きく深呼吸をして、実は少し震えていた足を叱咤する。「よし!」と、小さく口の中で呟いて、残りの2匹に目を向ける。もう1度弓を引き、矢が自動的にセットされるのを確認して……放つ!
矢は見事というか、当たり前のようにスライムを捕らえ、続けざまに残りの1匹も矢が貫いてスライムは光になって消え去った。
「お見事です、ひなみさん」
『戦えるなんて、すごいポッホ!』
「はぁ……はっ……よか、ったあぁ」
5匹すべてを倒すことができ、私は安堵からその場にへたりと座り込んでしまった。仕方ない、いつもはイクルが隣にいて私を守ってくれていたのだ。
だけど今日は、戦えないふくろうさんと、人を癒すことを仕事としている治癒術師のサイネさん。戦えるのは、私しかいない。
息を整えながら、もうスライムはいないかなと見て……いない。よかった、この場はなんとかなったようだ。
「ありがとうございます、ひなみさん。少し休憩をしてから進みましょう」
「はい。ありがとうございます、サイネさん」
差し出された水を受け取り、少し乾いた喉を潤していく。
いくらスライムがとてつもなく弱く、イクルのいう雑魚だとしても、私にとってはやはり魔物なわけで。実はちょっと可愛い外見とかも、実際対峙したらそんなことを考える余裕はない。
『あまり無理はしないポッホ! この先の洞窟に入って、30分も歩けば村につくポッホー』
「あと30分! なんだか先が見えたきがする。道案内、ありがとう……えぇと、やっぱり名前がないのは不便だね?」
「そうですね。では、きれいな白いふくろうですのでソルトとかどうでしょう?」
「そると……」
『ソール! いいポッホー!』
「気に入ってもらえて何よりです。よろしくお願いしますね、ソール」
翼を動かして喜んでいるふくろうさん、もといソール。でもサイネさん、今ソルトって言いましたよね? 白い塩を連想しましたよね?
いやいや。ソールが喜んでいるから、きっと大丈夫。
「よろしくね、ソール!」
『よろしくポッホー!』
私の肩にいるソールを頬でぐりぐりしてみれば、もふもふした翼にあたる。それが少しくすぐったくて笑ってしまう。
「もう大丈夫そうですね」
「はい。あ、お水もありがとうございます。サイネさん」
ローブについた土を払い、私は立ち上がって……目を見開く。そしてそのまま弓を構えて、けれど足が、手が、震えて弓を引くことができない。
それどころか、恐怖で弓を落としてしまった。
「……あれは、ストーンベアですね」
「熊の魔物? いや、あっ」
サイネさんが私より1歩前へと出て、私を背に庇ってくれる。
しかしサイネさんが手に持っているのは、治癒術師が使うのであろうきれいな杖だけだ。武器はもっていないのは、見ればわかる。
「大丈夫ですよ、ひなみさん。落ち着いて……弓を、引けますか?」
「あ、はい……大丈夫、です。でも、あと1本しかっ」
『一緒に支えるから、引くポッホ!』
ソールが私の手まで降りてきて、何をするというわけではないけれど、私に勇気を分けてくれる。
もう1度、怖いけれどしっかりと前を見る。サイネさんがストーンベアと言った魔物は、熊の魔物だ。背後の岩壁に穴が開いているのを見つけて、おそらくあそこを住処としているのだろう。
スライムに気を取られていないで、すぐに抜けてしまえばよかったと今更ながらに後悔をしてしまう。
「そう、ゆっくりでいいですよ。大丈夫、ストーンベアは身体が重いので、動きは遅いですから」
「はいっ!」
手が、震えて矢の照準が合わない。
熊とはいうけれど、その身体は名前のごとくストーンでできている。毛がいっさいないストーンベアは、とてつもなくごつい。絶対強い、そうしか思えない。
「ひなみさん、今です!」
「……はいっ!」
サイネさんの声とともに、私は矢を放つ。手が震えたため、矢は大きく左上にそれてしまったけれど……リグ様の弓は必中にしてくれる。ぎゅんと矢が急激に軌道を変え、ストーンベアの肩へと突き刺さった。
よし、やった……と。そう声をあげようとして、ストーンベアがまだ倒れずこちらに向かってきているところが目に入った。のそりと歩いていたそれも、少し駆け足になってこちらへと向かい始めた。
駄目だ、やられる……! ソールが『ポッホー!』と悲鳴を上げ、私は防御スキルがあることも忘れて恐怖に目を硬くつぶってしまった。
怖い!
私には、もう戦う手段はない。殺されるという恐怖に駆られ、呼吸が大きく乱れ……しかし私の耳に優しいサイネさんの声が届いた。
「大丈夫ですよ、ひなみさん」
「え……?」
驚いて目を開けば、顔だけこちらに向けて微笑むサイネさんの姿。
いったいどうするつもりなのか。私は焦りつつも、サイネさんを止めないとと手を伸ばす。しかし、数歩前に出たサイネさんを掴むことなく、私の手は宙をかいた。
「サイネさん!!」
『ポッホ!?』
スピードを上げ、サイネさんが一気にストーンベアの懐へと潜り込み……手に持っていた杖をがっと振り上げストーンベアに一撃をくらわせた!
ガンッ! と、大きな音をあげてストーンベアが砕け散った。
「…………え?」
思わず声がもれてしまったのは、きっと仕方がないだろう。光になって消えたストーンベアの変わりにいるのは、サイネさんだけ。
サイネさんって、治癒術師ですよね?
活動報告も更新しております!
今日はイクルのキャラデザや、雪うさぎバージョンのまろがいます。
ぜひぜひご覧くださいなっ!
そして更新遅くなってすみません。。。
活動報告に数時間で投稿するとか嘘ついてごめんなさい(スライディング土下座




