12. 冒険がはじまります!
翌朝、私は洗濯物を干すために屋上に行って……悲鳴をあげた。
『ど、どうしたんだぽ!?』
ふるふると震えていれば、ロロが階段を跳ね上がり屋上まできてくれた。ほっとして、屋上の惨状をロロに見てもらう。『わぁ~ぽ……』と、微妙な驚きを見せるロロに、笑ってしまう。
屋上には……そう、昨日倒したクロバットの翼がアイテムとして大量に落ちていた。その数は100をこえるだろう。
この光景を見て、すぐに悲鳴をあげて、脱力してしまった。
『昨日はすぐに寝ちゃったから仕方がないぽ!』
「そ、そうだよね。とりあえず片付けないと洗濯が干せないね」
笑いながらクロバットの翼を手に取ろうとして、一瞬とまどう。いや、だって、蝙蝠の翼だよ? ちょっと触るのには勇気がいるというかなんといいますか。そう思い葛藤していれば、ロロがわさわさとかき集め始めた。
スライムなのに、器用なんだなぁ。そんなのんきなことを考えてしまう。
『これは冒険者ギルドに売るぽ?』
「そうだね、特に使い道もないからあとで売りに行くよ」
『それがいいぽ。何か袋はあるぽ?』
「あぁ、そうだね! 持ってくるから、ちょっと待ってて」
実はしっかりしているロロの指示を受けて、私はゴミ袋を持ってくる。それにクロバットの翼を入れて、とりあえず倉庫に置いておくことにした。
さすがに1人で100以上あるクロバットの翼は持っていけません。
その後は屋上の掃き掃除をし、クロバットのいない空を見上げて安心した。
◇ ◇ ◇
『ひな、冒険に行くの?』
「ええと、そうなりました?」
寝る前に交換日記を書こうとすれば、耳に入るリグ様の声。私が冒険に行くことになったのは……昼間の出来事だった。
私とサリナさんは、クロバットの大量発生をうっかりというかなんというか、どこにも知らせていないことに気付いた。
しまったなと、思いつつもどうしたらいいのかいまいちわからない。サリナさんに聞けば「冒険者ギルドじゃなくて、アルフレッドのところに行こう」と。
勇者であるサリナさんがそう判断したのであれば、きっとそれがいいのだろう。確かに、アルフレッドさんは騎士でもあったはずだし。
「今の時間だと、教会にいるかも!」
「教会って、前に待ち合わせをしたところですよね」
この街の中心近くにある教会は、とても大きくて綺麗な建物です。サリナさんによると、そこの教会に勇者パーティーの治癒術師サイネさんがいるらしい。
何か作戦会議だったりをしているのだろうか。ぜひとも回復系統者の心得を教えて欲しいところ。
「けど、ギガンテスに大量のクロバットかぁ。何かが起こる前兆なのか、なんなのか。街の人はきっと不安だろうね……」
「あ……」
そうか。
私はレティスリール様のことを話すのはどうかなと、今回の原因についてはサリナさんたちにも話してはいない。
街の人たちが不安に思うことくらい、少し考えればわかるはずなのに。自分の配慮のなさが嫌になる。
「ひなみちゃん?」
私がうつむいてしまったから、サリナさんがしゃがんで私を覗き込んだ。「大丈夫?」と、うさ耳をゆらしながら聞いてくれるのは、いけないのに少し嬉しく思ってしまう。
どうしようかなと思案して、けれどやはり勇者であるサリナさんやアルフレッドさんには話をしておいたほうがいいのだろう。頷いて、アルフレッドさんのところで話しますと言えば「無理はしないでね」と撫でられてしまった。
「ひなみ、サリナ!」
「アルフレッドさん!」
「アルフレッド! ちょうどいいところに!」
あと少しで教会、というところでアルフレッドさんに声をかけられた。なんてタイミングがいいんだろうと思いつつ、会いにきたことを告げれば「わかった」と教会の一室を用意してくれた。
前も思ったけれど、アルフレッドさんは教会になじんでいるなぁと思う。シスターもアルフレッドさんに会釈をし、笑顔で挨拶をしていく。それに手を上げて応えるアルフレッドさん。うん、なんだか偉い人にも見える……っと、貴族だから偉いのか!
それに勇者パーティーの最強魔術師だ! すごいしか言いようがないではないかと思い、なんでこんな人と仲良くなれたのかと考えてしまう。
「それで? ひなみは何か悩みがあるらしいな?」
「えっ!?」
教会の2階、客室で席についたとたんアルフレッドさんはずばりと私に言い放った。いやいやいや、何で知ってるんですかーって、サリナさんがなんだか笑っている!
「ほらほら、ひなみちゃん! 私たちが聞いてあげるから! 何でも話してごらん!」
いったい何を期待しているのですかサリナさん!
もしかしてもしかしなくても、勇者の主人的なお話ですか? サリナさんは「心当たりがあったんだよね?」と、私をきらきらした瞳で見つめてくる。
アルフレッドさんは、サリナさんに呆れつつも興味があるようで……私をじっと見てきます。2人にそんな見られたら、私はたぶん減ってしまいます……。
「で、本当はどうした?」
くい気味だったサリナさんを、アルフレッドさんがべしんとソファーに沈めて心配そうに私を見る。私は「大丈夫です」と首を振って、ことの経緯をと、昨日のクロバットについてアルフレッドさんに話した。
私がアグディスに行って、レティスリール様とであったところから話を始めた。呪を解放するという目的は伏せたままで、この世界に魔物が生まれなくなったということを伝えた。
そんな馬鹿なと、そう思うのが普通なのではないかと思いつつ……アルフレッドさんも、サリナさんも。私の話をすんなりと信じてくれた。
むしろ私が心配になってしまうほどあっさりと受け入れられた。
「……魔物を生み出していたのが、女神レティスリールか。そしてそれは解消された」
「危機感を持った魔物が、凶暴になった。うん、私たちはひなみちゃんを信じるよ」
「…………ありがとうございます」
なんだろう、やばい。若干涙ぐんでしまったのでうつむけば、サリナさんが頭を撫でてくれる。精神年齢は私の方が上なのに、おかしいなぁ。
身体の年齢につられて若くなってしまった私の精神年齢は、どうしても誰かに甘やかされてしまう年頃なのか。リグ様に、イクルに、アルフレッドさんとサリナさん。いろいろな人が、私の味方をしてくれます。
「とりあえず理由がわかったのなら、やることは1つだね!」
「……そうだな」
「ひとつ?」
えいえいおーと拳を突き上げるサリナさんが、何やら闘志に燃えていた。街の人に注意を促しに行くのだろうか。それとも、国や偉い人に伝える?
第1に考えるのは人の安全だし、やはり2人に話せたのは心強い。いつもはイクルに相談していたけれど、かといってまろは雪うさぎ。人間の事情には、それほど詳しくはないだろう。
「じゃぁ、出発は今日の夜でいいよね?」
「しゅっぱつ?」
「準備があるから、明日の午前中だ」
「はぁーい」
街の人たちに状況を伝えるのではないのだろうか? 私が頭に疑問符を浮かべて首をかしげていれば、アルフレッドさんが溜息まじりに「狩りだ」と一言。
…………KARI?
「えっ! 魔物を倒すってことですか?」
世界中の!? 心の中でさらに叫び、しかしこの2人なら本気でやってしまいそうだと、なぜか逆に不安になる。
イエスと頷くサリナさんが、「一緒に戦ってね☆」と私に爆弾を投げてくる。いやいやいや、サリナさんは私を大きく誤解しすぎている気がします。
私にできることと言えば、せいぜいみんなを回復してあげることくらいなわけで。回復薬だって、材料がなければ作ることができない。回復スキルも、回復薬がなければ使うことができない。
……あれ、私って実は材料と交換日記がないとかなり役立たずでは? いや、役に立っているとは……少しは思っていたけれど。最近はちょっと調子に乗りすぎていたような気がして、心の中で少し反省です。
「ひなみには、不思議な力というか……人をひきつける力がある。一緒に来て欲しいんだが、大丈夫か?」
「もちろん、私が命に代えてもお守りさせていただきます!」
アルフレッドさんの、共に来いという言葉。それから、私を必ず守るというサリナさんの若干本気具合が思い言葉。
本当に、この異世界〈レティスリール〉の魔物をすべて倒すつもりなのだ。この2人は。何の曇りもないその瞳は、完全なる強さをものがたっていて……世界を救うという意思が見えた。
「私は、そんなに強くはないですけど……」
「そんなことないよ!」
「必ず守る。ひなみの力が必要だ」
私の小さな言葉に、しっかりと返事を返される。私は……ギガンテスのときのように、傷ついた大地を修復するくらいの手伝いしかできないかもしれない。
けれど、レティスリール様のこの世界を助けたい。その気持ちだけは、アルフレッドさんにも、サリナさんにも、負けないと。そう思う。
「……よろしくお願いします! 回復薬と、大地の回復は私に任せてください!」
ソファから勢いよく立ち上がって、私も世界の魔物を倒す冒険に参加しますと大きな声で決意表明をした。
若干恥ずかしかったけれど、アルフレッドさんとサリナさんが笑ってくれたので……よしとしましょう。
『この異世界〈レティスリール〉は、ひなが思っているよりも広い。きっと、かなりの長旅になると思うよ?』
「それは……はい。アルフレッドさんにも、聞きました」
広くなりすぎた自室のソファに座って、私はぎゅっと交換日記を抱きしめた。
「怖くないといったら、それは嘘になります。……けど、私は冒険にでないといけないんだと思うんです」
『ひな?』
「それが、私がこの世界にいる意味だと。なんとなくですけど、そう思うんです」
『…………そっか。うん、ありがとう。僕としては、正直冒険に出てくれたほうが嬉しい』
寝る前に飲もうと用意していたホットミルクをかき混ぜて、私は小さく頷いた。
リグ様は、私をとっても甘やかすけれど……冒険することを止めるということをしない。むしろ、ポイントで交換出来るものを見る限りさりげなく進められているということがわかる。
私に強くなって欲しいのか、単に冒険している様子を見たいのか。平凡な私には、明確な理由がわからないけれど。
『ひなには、強くなって欲しいんだ。レベルを上げるのはなかなか難しいかもしれないけれど、毎日少しずつ頑張ってみるといい。怖くなったら、僕の名前を呼べばいい。必ず助けてあげるから』
「……はい。私も、リグ様とレティスリール様の好きなこの世界を平和にしたいです。だから、頑張ります!」
『…………うん、そうだね。ひながこの世界を好きになってくれて、嬉しいよ』
優しいリグ様の声が耳に心地よくて、私はこくこくと何度も頷いた。加えて若干恥ずかしくもあり、とりあえずホットミルクを飲んで落ち着かせることにします。
冒険の出発は、明日。急すぎるそれは少し不安だけれど、魔物におびえる街の人たちにくらべればなんてことはない。
家はまろにまかすという形になるけれど、各地で箱庭の扉を設置してこまめに帰宅をすることにしている。問題は、上手く拠点となる家を購入できるかという点だけれど。こればかりは、実際の街を見てみないとわからない。
『ひなは大忙しだね。忘れ物はないように注意、ね?』
「はい。サリナさんと一緒なので、大丈夫だと思います。それに、ダッチョンが一緒だから心強いです!」
『うん。すぐに動物と仲良くなれるのは、ひなのいいところだね』
おかしそうに笑うリグ様は、どうやらダッチョンに乗っている私を想像しているらしい。いや、私がダッチョンに乗っててもなんらおかしくないですよね?
私とリグ様のそんなたわいもない話で、夜は深くなっていって……私は翌朝、少し寝坊をしたのでした。
まろ(乗ってるというより、ダッチョンに乗せてもらってるという感じである……)




