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箱庭の薬術師  作者: ぷにちゃん
第3章 呪いの歌
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41. ひなみの回復薬 - 2

 私は今、これまでの人生で1番ぐったりしていると胸をはって言えるだろう。

 顔色は悪く、目の下には隈。そしてぐったりとソファに沈み込むというだらしなさを隠す余裕もない。どうしてこうなったかって? そんなの、理由は1つ。



 中心にあるエルフの村まで、ドラゴン様の背中に乗ってひとっ飛びしたからです!!



 これ以上の叫び声は出ないだろうと思っていた私の声ですが、人間は簡単に限界を超えるのです。ふふ、私の限界何て所詮おもいこみ、まだまだ成長できるのだと叫び声で悟りました。

 え? 今の現状? もちろん、エルフの皆さんがレティスリール様を取り囲んで祈りを捧げています。というか、よほど嬉しかったのか……皆さん、泣いてらっしゃいます。

 そのため、新しい村にきたというのに未だ挨拶もしていません。ぐったりしているから、都合がいいと言えばいいのだけれども。



「まさかレティスリール様にお会いできるなんて、思ってもみませんでした……!」

「いつも私たちをお導きくださり、ありがとうございます!」

「レティスリール様!」



 うん、大人気です。

 しかしレティスリール様は、それに困った様子。顔は笑顔だけれど……あぁ、そうか。きっと、エルフさんたちに申し訳なく思っているのかもしれない。

 墓守もしてもらって、傍からいなくなって。それでも、「ありがとう」とエルフさんたちにお礼を言えるレティスリール様は強いと思った。



 そんな様子をぼんやり見ていれば、イクルが気遣ってくれる。ドラゴンが苦手だということをしっているから、今の優しさは3割増しだ。



「ひなみ様、水。部屋も用意してもらうから、もう少し我慢してて」

「うん。大丈夫、だいじょうぶぅ」

「はいはい。帰りはダッチョンでいいから、今はしっかり休んでて」

「ふぁい」



 イクルの優しさを嬉しく思いながら、水を飲みほして行く。

 あぁ……身体が生き返るようです。なんでこんなに苦手なドラゴンに乗っているのだろうか。……いや、考えるのはやめておこう。







 ◇ ◇ ◇



 今はもう、1週回って夜。

 レティスリール様のお墓から出たのが朝方で、そのままドラゴンに乗って移動した結果お昼過ぎ。少しお昼寝して夕飯を食べて、現在にいたる。

 疲れているだろうからと、部屋にご飯を運んでいただいた。確かに身体はくたくたで、正直かなり助かった。明日はこの村の人たちに挨拶をして、それでおしまいかな?



 今は食後のお茶を飲みながら、イクルと2人で休憩をしつつ今後の予定などを話していた。

 案内された部屋には、簡易的なベッドが1つ。それに2人掛けの机と椅子。私とイクルそれぞれに部屋を用意してもらえたので、今は私の部屋で作戦タイム。



 そして私は、「あ」と声をあげた。

 レティスリール様の言っていたことを丁度思い出して、実行できるそれをどうしようかと思った。



「レティスリール様の言ってた回復薬(ポーション)って何だろう」

「あぁ、女神の真珠と黄金花と、魔力水に蜂蜜でできるっていうやつ?」

「うん。材料は全部あるから、作れるといえばつくれるんだけど……」



 そっと鞄に視線をずらして、中の物を確かめる。

 蜂蜜はエルフさんにもらったものがあるし、魔力水も後少しだけある。作ろうと思えば作れるのだけれど、いったい何ができるのだろうか。

 そもそも、材料がすごい。女神様の涙と、ドラゴンから生えている花。これは普通に考えて伝説級のアイテムだと思うんだけど、そうだよね?



「まぁ、どうせ回復薬(ポーション)なら危険もないだろうし……作ってみれば?」

「イクルは簡単に言うね。でも、そうだね……作ってみる!」



 私が悩んでいることをスパッとやればいいとイクルは、すらりとした綺麗系なのに実はかなりの男前だ。

 ごそごそと鞄から土が入った小さな袋を取り出して黄金花をさす。これを《天使の歌声(サンクチュアリ)》で増やす。

 その間に、イクルが真珠と魔力水と蜂蜜を用意しておいてくれる。



「綺麗な花。こんなの、野生ではきっと生えてないんだろうな」

「そうだろうね。普通のドラゴンに草花は生えてないから、あれが特別なドラゴンなんじゃない?」

「うん。大切にしないとね、この花。《天使の歌声(サンクチュアリ)》!」



 私が願いを込めてスキルを唱えれば、しゅるりと音を立てて黄金花が成長していく。綺麗な花を何個もさかせるそれは、まさに神様のために育ったようだと言っても過言ではない。

 その花を1輪だけ摘み、残りはそっと鞄へしまっておく。ただ、日の光や水も大切だから枯れないように気をつけないと。



「はい、ひなみ様。これが残りの材料だね」

「うん。ありがとうイクル!」



 机の上に、材料を置いて、ふぅと一息。



 《女神の真珠》

 《守護ドラゴンの黄金花》

 《魔力水》

 《蜂蜜》

 《瓶》


 どう見ても前2つの材料がすごすぎます。魔力水もファンタジーアイテムなのに、とてつもなく霞んで見える。



「いったい何ができるんだろう。……でも、私はリグ様のくれたこのスキルを信じてる。きっと、素敵な回復薬(ポーション)ができると思う」

「……そうだね」

「うん。《天使の歌声(サンクチュアリ)》」



 どきどきしながら、そっと声を出す。いつもに比べたら、私の声は少し震えていたかもしれない。それでも、スキルはちゃんと唱えられたらしい。

 淡い光が材料を包み込んで、一瞬ですべての材料が消える。そして残ったのは、新しく作られた1つの回復薬(ポーション)だけ。



「「…………」」



 出来上がったそれを見て、私とイクルは思わず言葉を失った。

 もちろん、とてつもなくすごい効果をもった物ができあがるとは思っていました。例えば、魔法を使えるようになるとか、空を飛べるとか、変身できるとか、そんな回復薬(ポーション)ができあがるのではないかと思っていた。



 けれど、出来上がったものは。

 そう、私が今……1番望んでいた回復薬(ポーション)だ。



 ひなみの回復薬ミニチュア・ポーション

 身体の異状が回復する。



 黄金色の瓶に、(かた)どっているのは女の子のシルエット。

 若干回復薬(ポーション)の名前が気になるところではあるけれど、今はそんな場合ではない。出来上がったひなみの回復薬ミニチュア・ポーションをイクルに渡す。

 この異常というものが何をさすのかはわからないけれど、イクルの失明してしまった目を異常とするのであれば……この回復薬(ポーション)で治る見込みはある。



「イクル?」

「……いや、なんて言えばいいのかと思って」



 できあがったひなみの回復薬ミニチュア・ポーションをことりと机に戻して、イクルがそれをじっと見つめる。指先でそっと触れるけれど、すぐに手を引いた。

 どうしたのかと様子を見てみるけれど、なんとなく戸惑いが垣間見えた。



「さすがに、こんなすごいものを簡単に……」

「イクル」



 間違いなく、“受け取れない”と続くであろう言葉を私は遮った。

 確かに、材料は高級品というか幻のような物だ。イクルが遠慮してしまう気持ちもわかるし、実際私がイクルの立場だったら全力で断っているかもしれない。



「私はイクルに飲んでもらって、目が治ればいいと思う」

「ひなみ様……」

「もちろん、本当に治るって言う保証はない。でも、可能性にかけたい」

「…………」



 イクルが黙ってしまう。

 もしかしたら、材料費の計算でもしているのではないかというような真剣な顔。たしかに、呪奴隷として私の護衛をしてくれたりしていたけれど……それのお礼だと言ったとしてもお礼の割合が大きくなってしまう。



「でも、私はイクルを絶対治すって言った。だから、これは私の気持ち、だよ」

「……ひなみ様が、こうなったら酷い頑固だっていうことくらいは知ってるよ。後は俺が、これほどの返しをひなみ様にできないことかな」



 少し寂しそうな顔のイクルが、こればかりはどうしようもないと言う。

 確かに、この回復薬(ポーション)は価値があるものなんだろう。それも、とてつもなく。



 でも。



「私は、この世界でイクルに会えたことがすごい嬉しかった。知り合いもいないこの世界で、2年間ひとりで過ごした。それからシアちゃんに出会ってその翌日にイクルに出会った。それが理由じゃ、だめ?」

「それは……」

「イクル」



 後付けのような理由かもしれない。

 だけど、私の生活にイクルが加わったという事実はかなり大きい。リグ様とずっと交換日記はしていたけれど、きっと私は人に飢えていた。

 私のつたない言葉を聞いて、だけどイクルは否定しない。きっと、この世界で1番私を理解して考えてくれているのはイクルだろう。だから、イクルは私の言葉を黙って受け止めてくれる。



「……わかった、もらうよ。それに、ひなみ様に治してもらう約束だったからね」

「うん……!」



 少しだけ考えて、それからイクルは「しかたないね」と笑ってくれた。だから私も一緒に笑った。

 イクルがもう1度ひなみの回復薬ミニチュア・ポーションを手に取り、そっとふたを開ける。そこから香るのは、優しい、甘いもの。少し泡があるのを見ると、炭酸なんだということがわかった。



「ひなみ様……」

「うん……」



 イクルの呼びかけに、こくりと頷いて飲むように促す。

 それを確認してから、イクルがそっとひなみの箱庭ミニチュア・ポーションを口に含んだ。そのまま一気に中身を飲み干して、一息つく。

 私はどうだろうと様子を見守ることしかできないけれど……見た感じは特に変化を感じない。



「ど、どう……?」

「…………」



 イクルが何か言う前に、待てなくて声をかけてしまう。しかし、イクルからの反応はない。目を何度か瞬きして、私の方へ視線を向けた。



「…………見える」

「本当?」

「嘘ついてどうするのさ。間違いなく、ちゃんとひなみ様が見えるよ」

「…………」



 私の頭をぽんと撫でるイクルが、少し困った顔をしているのは……きっと私が泣いているからだろう。あぁでも、本当によかったと思う。泣きながら笑う私を見て、ちょっと呆れ顔をするイクルだけど、いつもより少し嬉しそうに見えた。

 左目にかかった髪をそっと手でかきあげて、イクルの両目を見る。その目は、いつもと違い光がちゃんとともっていて、なんだかとても温かく感じた。

 そっと頬を撫でて、「よかったよぉ」と声にだしてぎゅうっと抱きしめた。何か言いたいことがたくさんあった気がするけれど、「よかった」としか言葉がでてこない。



「ひなみ様は大げさだね。……でも、ありがとう」

「……うん。うん、うん。よかった……!」



 ぽんぽんと私の背中を落ち着かせるように撫でてくれるイクルは、なんだか大人っぽい。精神年齢なら負けてないはずだったのに、肉体年齢に引っ張られてどんどん幼くなっている気がする私です。

 イクルの綺麗な瞳が私を見て、少し笑って、すぐに呆れ顔になった。あぁ、イクルだなぁとなんとなく思う。



「あ、ひなみ様枝毛」

「っ!」



 一房私の髪を指で滑らせて、何を言われるのかと思えば……枝毛。

 確かに目が見えているんだとなんとなく納得して、また笑ってしまう。



 とりあえず、毛先を切って髪のお手入れをしっかりしないとと心に刻んだ。

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