第九十五話 色々変更されました
ニッコリ笑って腕を差し出して来たので、掴まって立ち上がりました。手じゃないところがスマートですよね。
「ありがとうございます」
「いえいえ、素敵な女性をエスコートする事ができて光栄ですよ。さて私も移動する準備をしなければね。色々ありがとう陽向さん。あぁ、今更だが下の名前で呼んでも構わなかったかな?」
「はい、構いません。ところで私は何とお呼びすれば良いですか」
「あぁ、そうだねぇ。信ちゃんと呼んでくれないかな」
思わずキョトンとしちゃったじゃないですか。
無理です無理です。
しかし、私の祖父ではないのでお祖父さまは違いますよね。うーん、何とお呼びしましょう。
「だめかい? それじゃあ、信さまとか、信ちゃま? 信殿、信氏、信……あぁ呼び捨てもいいねぇ」
「し、信三郎さんで!」
「そうかい? 呼び捨てでも構わな……」
「信三郎さんで!」
ニッコリ笑った信三郎さんの顔を見てシマッタと思いました。ここへ持って行きたかったんですね。計算通りといったところでしょうか。
それが切っ掛けでふと考えが過ぎりました。 色々ありがとうとか言ってましたよね?
「信三郎さん。もしかしてですけど、試しました?」
「何をかな?」
「葛西さんと……私を」
静かに信三郎さんは微笑んで何も言いませんでしたけど。
その微笑みが物語っているようでした。
奈津子さんに相応しいかどうか。
つまりはそういうことなのでしょう。
「お眼鏡にかないましたか?」
「ふふふ、面白いねぇ。同年代の子と比べると幼いようでもあり、他方では鋭いところを見せる。まったくもって面白い……これは……」
そして信三郎さんが何かを言い掛けた時でした。
「陽向さん!」
奈津子さんが戻ってきました。
鍵ですよね?
「さぁさぁ行きましょう」
奈津子さんに腕を引かれてグランドスイートをでました。
「お祖父さま、ディナーでお会いしましょう」
奈津子さんがそう言って、挨拶する暇も与えられずに引きずられるようにしてロイヤルスイート【A】へと来ました。
ドアの横にはバトラーさんたちが運んで来たであろう奈津子さんの荷物が置いてあります。
もはやスーツケースじゃありませんね、衣装箱と言った方がいいような大きさです。それが五つ。
奈津子さんに急かされるまま、鍵を開けて中へと入りました。
手際よく運ばれて行く中、二人でのんびりお茶です。もちろん久保さんが淹れてくれました。
「奈津子さん」
「なあに?」
「色々慣れていく自分が怖いのですけど」
「どんどん慣れちゃって」
一般人としてバトラーがいる状況に慣れたらダメだと思いますよ。
「そういえば、陣海さんは? 速水君と早良君も」
真琴と真由ちゃんからは、先ほど内線に連絡が来ました。エステ中だと思われます。
「皆は一階下のフロアにある客室にいると思うわ」
八日中、数回寄港するそうですけど船から下りることはないそうで。
「バトラー全員護身術を習っているし、現在乗船している人以外はもう誰も乗らない事になっているの。だから、安心してね」
それは分かりましたけど、奈津子さんはどうして手をワキワキさせているのでしょうか? そして何故迫ってくるんです?
「ふふふ、今回のために服をたくさん用意してきたの」
バトラーの一人に言って衣装箱を開けてもらいます。
そこには上質な布で作られたであろうワンピースや背中の開いた……ちょっと待ってください。ドレスコードないって言ってたじゃないですか!
「話が違うー!」
逃げようとする私を羽交い締めにしました。
「さぁさぁ私から逃げ出せると思っているの?」
「奈津子さん、離して」
さっと腕を捲られます。
「やっぱり手甲してるわね。……久保」
「畏まりました」
「ちょ、だめ! 久保さんダメです!」
「手甲を外すだけだから、大人しくしてね陽向さん」
まさか奈津子さんを投げるわけにも行きません。
蹴りは久保さんに躱されました。
「むむっ、何、このチェーン」
ポケットから取り出されました。
「あ、それはほら鍵とかストラップを付けるための……」
「普段からこんなの付けてないじゃない。…………久保、心当たりある?」
「たぶんですが……こう両手に持ちまして、刃物や武器をとっさに受けるための物かと。細いので拘束具としても使える物ですね」
解説ありがとうございます、でも今はいらないんですよー!
ポイポイと私が持っている護身用道具を床へと捨てていく奈津子さん。
か、返してください!




