第八十七話 お礼のお礼
楽しかった夏祭りから帰ってきて、数日たった頃でした。
奈津子さん経由ではなく、執事の久保さん自ら……しかも奈津子さんの用事ではない様子で私の携帯に電話がかかって来たのです。
「御前様がぜひお礼をしたいとの事です」
お礼?
お礼をされるような事しましたっけ?
「何のことでしょうか?」
さっぱり思いつかない上に、そもそも御前様って誰です?
「これは失礼いたしました。御前様とは奈津子お嬢様のお祖父さまでいらっしゃまいます」
奈津子さんのお祖父さんからお礼……?
バスの手配とか夏祭りの手配とか色々してくださったのは、そちらですのに。
お礼をいうのはこちらなのですが?
「お土産を……奈津子様に託されましたよね?」
「あぁ……はい。他に思いつかなかったので。すみません簡単な物で」
「そのお土産のお礼でございます」
「…………はい?」
いえ、あの。お礼にお土産をですね……渡してもらうようにお願いしたのですが。
「大層お喜びになられまして」
「それは……良かったです」
「ぜひ、お礼がしたいと」
「いえ、ですから。お礼をしたいのはこちらですし、そのためのお土産ですから」
改めて、後でお礼状をと思っていましたのに。
「実は、陣海の会長様からも同様のお話が来ております」
何だかおかしなことになってますよ。
「数日以内に、正式に招待状が届くと思われますので。当日お迎えにあがる旨。先にお伝えしようとおもいまして」
「あの、久保さん?」
「はい」
「何でこんなことに?」
「……当日は、クルージングとなっておりますので」
「その間は何ですか。さては奈津子さんも荷担してますね?」
「御前様の計画に、二つ返事をなさっておられましたね」
奈津子さん。普通に呼んでいただければ友人なんですから行きますって。何でお礼のお礼みたいなことになっているんですか。
「直接お礼を言えるチャンスですよ。御前様は、昨今人前にあまりお出になられませんから」
だめ押しですね。それを言われると断れないじゃないですか。
「陣海の会長様もいらっしゃるそうですよ」
「はぁ……分かりました。行きます行かせていただきます」
「ありがとうございます。実は断られると自分の首が飛ぶところでした」
な、なんという告白!
い、いえ。その前にたかが小娘一人誘えるかどうかに久保さんの首をかけないでくださいよ!
断るところだったじゃないですか!
「断られたら、水崎さんのお宅で雇っていただこうかと思っていたんですが」
無理、無理です。我が家は一般家庭です。執事を雇うゆとりはありません。
「と、まぁ。冗談はさておきまして」
「く、久保さん!」
「あ、首がかかっていたのは本当ですよ? 職を失わずにすみました。ありがとうございます」
ちっとも嬉しくない感謝の言葉なんですけど。
怖いですよ、湯江家!
「ちなみに、夏休み最終日まで滞在されることになると思いますので、お支度の方をよろしくお願いいたします」
お支度?
滞在?
え? クルージングですよね?
こう……海を周って港に帰ってくる。
食事をしたり海から街を眺めたりする。
「陽向様」
「は、はい?」
「招待状が届いた後で、お宅の方に説明のお電話をおかけいたしますので。ご安心ください」
「はぁ」
だったらこの電話、別に招待状が届いてからでも良かったのでは?
「招待状が届いてからでも良くね? とか思っていらっしゃいますか」
「え、いやあの」
「実は後数分で、届くんですよ」
「はい?」
その時、インターホンが鳴りました。
よく、テレビの中の音と聞き間違えてしまうことってありますよね? でも、間違いなく家のインターホンの音でした。だって、テレビ点いてないですから。
「では、学様がお帰りになられた頃、固定電話の方におかけいたしますので。失礼いたします」
はーいという華さんの声が聞こえて。
数分した頃、私の部屋にノックの音が響きました。
「陽向ー? 何だか豪華な手紙が来てるんだけど」
通話が切れた携帯の“ツーツー”という音。そして、やたらと豪華で……定型じゃないから割高であったろう封筒が華さんの手から渡されました。
裏を見ますと“湯江信三郎”とサインが入っています。そうですか、奈津子さんのお祖父さまは信三郎さんとおっしゃるんですか。
封を切るのを躊躇っている私の目の前では、首を傾げた華さんが私の手元を興味深そうに見ていたのでした。




