第八十三話 時間よ戻れ
「相談の結果、きちんとお話したほうがよろしいという判断を下しました」
陣海さんが厳かに言いましたけど、そんなに重要なことですか?
「はあ」
「陽向さん」
「はい」
思わず姿勢を正して座り直すと、陣海さんがニッコリ笑いました。
「速水君の口のな……」
「わああああああああああああああああああ」
突然速水君が叫んで聞こえなかったのですが。
「ちょっと、速水君静かに」
「湯江! 陣海! 頼むから僕のいないところで話してくれ!」
「いやいや、ここは目の前で言うのが親切というものでしょう」
「事故! これは知らなかったんだから、事故だ」
事故なんてありませんでしたけど。
速水君、何を慌てているんですか?
「ぽえーも限度を超えると小悪魔になる……と言う発見をいたしましたわね。奈津子さん」
「美奈さん、無意識なんですよ、これ。陽向さんの未来が恐ろしいですわ」
「な、なんで“ぽえー”を知ってるんですか陣海さん!」
陣海さんと奈津子さんが顔を見合わせて、ニンマリと笑います。ま、まさか。
「「それはもちろん、生徒会長から」」
せ、芹会長。何を二人に教えてるんですかあ!
「速水君の心臓のためにも、もう一膳箸をもらった方がよろしいですわね」
「あ、私が使ったのを渡すのは失礼ってこと?」
断りなく使ってしまいましたし、同じ箸を使うのをいやだと言う人もいますよね。
「いえ、そこはむしろ大喜……」
「わああああああああああああああああああ!!」
叫んだ拍子に速水君がペキリと箸を折りました。
「あ……ごめん」
がっくりと肩を落として速水君が頭を抱えます。
「少しからかいすぎました。ごめんなさい」
奈津子さんが素直に頭を下げましたけど。からかう要素がどこかにありましたか?
キョトンとしていると、目の前の速水君が苦笑して、困ったように眉を下げていましたが小さくため息をついた後に私を見つめました。
「陽向ちゃん」
「なに?」
「何とも思ってないってことは重々承知の上……さらに思い切って言うけど」
「うん?」
「結構……さ。ドキドキしちゃうんだよ。こういうことされると。だから……その、注意してね」
同じ箸を使うとドキドキする?
「……コップと同じくらい?」
「……同じかそれ以上」
同じかそれ以上、ドキドキする?
「おお、速水君、頑張りましたわね」
「意外と勇気があるのね。それならもっと早くにぐいぐい行くべきかと」
「お前等うるさい」
真っ赤なまま速水君が二人をにらんでいます。
今日はレアな速水君がいっぱい見れますねえ。
普段、女子には基本丁寧な言葉を使う速水君が荒い言葉を使っています。珍しいですね。
「陽向? どうしたの?」
振り返ると龍矢さんにエスコートされてこちらへやってくる華さんが見えました。
「えーと、思考中です」
現在頭の中は箸とコップがグルグルグル。
「榊さん、お耳拝借」
奈津子さんが華さんに何かを話していますが、私は箸とコップがグルグルしたままで。ドキドキとどう繋がるのかを思考中。
「あぁ! そう、なるほど。ごめんなさいね速水君。陽向、耳かして」
「ん?」
華さんがうふふと笑った後に、耳元でこっそりと丁寧に説明してくれました。
もちろん赤面したのはいうまでもありません。
じ、時間さん。お願いです。三十分前に戻ってくれませんか!
赤面した私をみて、再び赤面する速水君。
お互いの顔をみれないという……そんな時間がしばらく続いたのでした。




