第七十九話 夏休みのそんな一日
いくら待っても帰ってこないので、私は先に就寝しました。
次の朝、聞いたところ何故か海まで行ってきたのだとか。何やってるんですか、香矢さんは着いたばかりで疲れていたでしょうに。
「いや、こっちの海を見てみたいっていうから…」
「そこは、“お疲れでしょうから、今日は早めに休んで明日皆で行きましょう”って言うところでしょ! 二人とも考えなさすぎ!」
リビングに父だけでなく、龍矢さんも正座させてお説教中です。だって帰ってきたのが午前四時だっていうんですよ?
いくら二人ともお休みだからって、午前様はないでしょう。
「本当にごめんなさい、香矢さん」
「いやいや、無理を言ったのはこっちの方だから許してあげて。若い二人と一緒に話してたら、自分も若い頃に戻ったような気分になっちゃってね。午前様なんて久しぶりのことだよ」
香矢さんの言葉に千歌さんが手で口を押さえて笑っています。
「「配慮が足りませんでした、申し訳ありません」」
父と龍矢さんが声をそろえて言いましたけど、かなり棒読みです。反省の色が伺えませんねぇ?
「夏祭りに行きたくないのね?」
ため息混じりに言ってみると、父が過剰に反応しました。
「えええ、置いてきぼりにするの!? 龍矢と二人でお留守番は嫌だよ!」
「俺だって嫌だ」
龍矢さんと顔を見合わせた父は、涙目で土下座しました。
いえ、あの。そこまでしてもらうつもりでは無かったのですけど……。
「もう無茶はしません! 一緒に連れて行ってください!」
「学……娘に土下座って……」
龍矢さんが呆れた顔をして眺めています。
「陽向の生浴衣姿を見るためなら、何でもする!」
生って……。
まぁ、確かに浴衣姿と言えば温泉のくらいですもんね。小学生の時くらいでしょうか。夏祭りに浴衣を着たのは。
中学生の時に一度だけ和香と行きましたけれど、洋服でしたし。昼間でしたからね。
今回の浴衣は、予定されている場所に行ってから着替える予定となっているので、父は焦ったのでしょう。
「こんな無理はもうしないと約束する……」
龍矢さんが真面目に言ったので、足を崩すことを承諾しました。
そこで龍矢さんは、すっと立ち上がったのですが父は正座になれていないせいで、ころんと転がりました。
「いたたたたたた」
華さんが面白がって足をつついてますけど。
涙目になってるので、止めてもらえませんか華さん。
「連絡もなしに、さっぱり帰ってこないから心配したんだからね」
あぁ、華さんの意趣返しでしたか。
「龍矢がいるから大丈夫だとは思ってたけど」
「いたたたた、いたっ、何で僕だけっ」
「どうせ、それじゃ今から行きましょうとか言ったのマナでしょうが」
当たりだったのでしょう、香矢さんが笑って頷きます。
龍矢さんが運転していたそうですが、車は父のなので二人が行きたいのならと海に向かった龍矢さん。
「いやー、都会の海はまた違っておもしろかったね。あっちの海は真っ暗だから。たまに漁船の明かりが見えるくらいかねぇ」
こちらだって場所にもよっては真っ暗なところあると思いますよ。
どこへ行ったのかと思ったら、工業地帯の方へ行ってきたみたいです。今、はやりの工場夜景ですね。
「あら、私も行きたかったわ」
あまり遅くならないなら、行ってもいいかもしれませんね。
「ところで陽向、夏祭りの場所ってまだ決まってないの?」
「それが、内緒なんだって」
陣海さんと奈津子さんがそろってどちらも内緒と言ったっきり教えてもらえず、移動も小旅行の時みたいにバスで迎えに来てくれるというのです。
千歌さんと香矢さんの二人も参加可だと言われているので全員で行くことになっていますが、貸し切りで大きな場所となると近くにはありません。
陣海家と湯江家のタッグというところが若干恐ろしい予感がするのですが……。
陽向たちが暮らす街は、どこ……という決まった場所のモデルはありません。色々な街の複合体であり架空の街です。
ちなみに香矢さんが住んでいる北海道の町にはモデルがあります。どことは言いませんけど。




