第七十三話 心
早良君のお祖母さんが一室を用意してくれて、そこで警察の方に色々聞かれました。わざわざお祖母さんと上役の方々にそろって頭を下げられたのには驚きましたけど。
お客さんとして飯橋さんは来ていたのですから、不審者とするのも難しいですよね。
「それにしても、近くに教会があるのは知らなかった。奈津子さん知ってた?」
そう言うと呆れられました。
「陽向さんって、変なとこに引っかかるわよね」
「そう?」
「少しは速水君の気持ちを慮ってあげてみてはどう?」
慮ると言われましても。
ふと、隣に立っていた速水君を見上げると……座っていたので見上げることになったのですけど……難しそうな顔をしていました。
「奈津子さん奈津子さん」
「はいはい、なに?」
「速水君の顔が怖いのだけど」
「そりゃそうでしょうよ。目の前で陽向さんが襲われたにもかかわらず、助けられなかったんだからね」
「助けてもらったけど……」
「あれは助けた内にはいらないんでしょうよ、速水君にしてみたらね」
助けてもらいましたよ。庇ってくれましたし、まぁ、敵に背中を見せるのは危険なのでお勧めしませんが。
それでも、私を守ろうとしてくれたのは間違いありませんでした。
私を抱きしめた時の速水君の腕は微かに震えていましたから。
「速水君」
「……ん」
「ありがとう」
速水君は一瞬泣きそうな顔をしました。
そして、意を決したように私に目線を合わせるためなのか、しゃがんだのです。
「陽向ちゃん」
「はい」
「独りで何とかしようとするのは止めてくれ」
吐き出すように言われて私は動けませんでした。
「速水君」
速水君は切なげに笑って私の手を取りました。きゅっと握って私の目を見つめてきます。
「陽向ちゃんが、他の誰も傷つけたくないと思ったのはわかるけど。でも、僕らも……いや僕も同じだよ? 誰にも傷ついて欲しくない。陽向ちゃんに傷ついて欲しくない」
「は、やみ、くん。でも……」
あの時は、ああするしかなかったと思うのです。攫われたくなかったですし、怪我もしたくありませんでした。
「君の育った環境がそうさせるのかもしれないけど。もう僕は君が辛い思いをするのを見たくない」
「あ……」
「陽向さんは、戦わなくていい戦いを強いられていると思うわ。強いことは知っているけれども、貴女は一人の女の子なのよ? 誰かに助けを求めることは可笑しなことじゃないわ」
「奈津子さん」
「僕にできることは限られているけど、それでも君を助けたい」
「そう、私たちはみんなそう思ってるわ。だから」
速水君と奈津子さんは顔を見合わせると同時に言いました。
「「もっと頼って」」
ドキンと心臓が鳴りました。
「あ、あの」
「私たちはまだまだ子供なんだと思うわ。できることが少ない。でもね、少ないなりにできることはあるのよ?」
「大人には大人のやり方があるように、僕らには僕らなりに君を助けることができると思ってる」
「だから、何か些細なことでもいいから、連絡して。本当に空耳でもいいじゃない。一緒に笑えるわ」
ニッコリ笑って奈津子さんは私の肩を優しく叩きました。
速水君は私の手を握ったまま、ジッとこちらを見ています。
「あ、あのね」
「「うん」」
「少し怖いの。まだ、人が……怖い」
誰かが襲ってくるのではないかという不安が、心のどこかに残っていることは自分でもわかっていました。
誰でも彼でもが怖いというわけではなく。
その先へ……踏み込んでいくことが怖い。
カウンセリングの先生には心を防御しようとする心が、装備に繋がっているのでしょうと言われました。
実際問題、装備は役に立ってきたということもあって、手放せなくなっているのです。
何もなしで、外を歩けない。それが現状。




