第〇七十話 突破します
「奈津子さん、参加者の中にミナさんっています?」
「一人いるわよ、陣海美奈さん」
ひそひそと話をしていると飯橋さんの目が細められました。
「ここでその名前を出すのは危険ではありますよね」
「危険だけど、このままも危険じゃない?」
そこへ速水君が早良君と駆けつけてくれました。あぁ、良かった。
安堵のため息をついた時でした。
飯橋さんのポケットから大きめのブローチが取り出されました。
金具から外されるピン。
それは、もはや凶器です。
刺す場所によっては大変危険なのです、良い子はマネしないようにしましょう。
「本当に残念ですよ」
そういって飯橋さんが動いたのは、何故か奈津子さんの方へでした。
慌てて奈津子さんの背中を速水君の方へと押すと、飯橋さんに腕を捕まれてしまいました。
「やはり貴女は思った通り、優しい方だ」
ニタリと笑った飯橋さんはピンを私の喉元へと持ってきます。
あぁ、これは少々面倒なことになったなと思いました。
「飯橋さん。こんな事をしても美奈さんは貴方のものにはなりませんよ」
「他人事のように言うのですね? 大丈夫、心は後からでも構いません」
大変、大変危険なことをおっしゃいました。
「後にも先にも、手に入りませんよ。こんな手段では」
もはやどんな手段でも手に入らないと思いますけどね。
「貴女は僕と結婚するのが運命です」
あぁ…これは今までに何度か会ったことがある女性たちと似通った思考でした。
自分と結婚するのは運命だとか幸せになれるとか。
あれです、父のストーカーさんたちと同じです。
どうしたら良いのか。
まぁ、現時点で警察が来れば現行犯逮捕できますが、その後、陣海さんが危険な目に合うのでは意味がありません。殺人もしくは殺人未遂の現行犯は一般人でも逮捕できるのでしたっけ?
「これから、どうするおつもりですか?」
「そうですね、僕の部屋に一緒に来ていただきましょうか」
「嫌だとお答えしたら、どうします」
「どうして護衛が駆けつけないと思いますか?」
それは私が陣海さんではないからです…とは申し上げにくい状況ではあります。
「どうしてでしょう」
「お手伝いをしてくれる人にお願いして、足止めをしてもらっているからですよ」
辺りを見回すと、確かに護衛の方は見当たりません。が、お手伝いの人も見当たらないので飯橋さんだけですよね。
「速水君」
奈津子さんをお願いと言いかけて、飯橋さんに顎を捕まれました。
「他の人との会話はダメですよ、ミナさん」
刃物だともう少し動きようがあったのですが、細長いピンだと少し動きづらいですね。
動きを間違えればどこかに刺さったり引っ掻いたりされます。
痛いのは嫌ですから、怪我なく助からなくては。
「さぁ時間もないことですし、行きましょうか」
あれ、使いたくないんですけどね。仕方ないですよね。
芹会長いわく、母方のご実家の特注品だとか。
既製品の半分の大きさですもんね。
「ミナさん、行きますよ」
腕を引っ張られた時に、私はポケットから細長い物を取り出しました。
両腕を拘束されていたわけではなかったので、できたことではあります。
飯橋さんがピンを持っている方の手を、閉じたまま強く叩きつけました。
さすがに半分の大きさなので威力が半減したのかピンを落とすまでにはいきませんでしたが、次に来たピンで刺そうとする攻撃を、それを開くことで回避しました。
そうです、依然芹会長が言っていた“鉄扇”です。
ミニサイズなのでそんなに重くないんですよ。
ピンの攻撃はそれを開くことで刺されずに済みました。
ピンを振るうことに一生懸命になりすぎていたので、つかまれていた腕を捻って拘束から逃げます。
速水君の後ろに隠れようとしましたら、何故か速水君は私を抱きしめて庇う様に後ろを向きました。早良君が飯橋さんと速水君の間に出たようです。
あ、あれ? 速水君。背中に隠してくれるだけで良いのですよ?
少し苦しいです。
どんなものも使いよう…ですが
危険なので取扱い注意です
良い子も悪い子もマネしちゃだめですよ




