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私は急に止まれない。2  作者: 桜 夜幾
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第六十九話 人違い?



 呼ばれたような気がして振り返りました。

 でも、知っている人はいませんでしたし、空耳かと思っていたのです。


「どうしたの陽向さん」

 奈津子さんが私をのぞき込むようにして言ったので、何でもないと笑ってみせました。

「何でもないって顔じゃないわよ?」

「んー…」

 キョロキョロと辺りを見てベンチがあったので、そこに二人で座りました。例のルールのために二人行動中です。

「さっきから誰かに呼ばれている気がして振り返るのだけど、誰もいないし。何か視線を感じるの」

 でも、護衛の人がいるという話ですから、その人たちなのかなと思っているのですけど。

「空耳にしては頻繁かなぁって思ってたところで」

 奈津子さんは、すぐに携帯を取り出してどこかへかけました。素早い行動だったので、止める間もありません。

「あ、奈津子さん。別に誰かにいうことじゃ…」

「……もしもし? 至急来て。どこ? えーと別館の廊下のベンチにいるから」

 別館以外と広いみたいですけど、大丈夫でしょうか。

「誰にかけたの?」

「速水君に決まってるじゃない」

「はぁ…」

 風紀委員なら早良君もなんですけど。

 今、見える場所には知っている人の顔はありません。

 やはり空耳ですよねと自分の中で納得しようとしていた時でした。


「ミナ…さん」


 すぐ側で言われて顔を上げると、目の前に男性が立っていました。

 奈津子さんが遅れて気づいて男性を見上げます。

 目線で知ってる人かと問われたので首を横にふっておきました。

 全く知らない人です。


「いつになったらお返事をいただけるのでしょうか」

 私と奈津子さんは顔を見合わせて何とも言えない表情になりました。

 お返事と言われましても、お会いしたのは今さっきが初めてです。

「えーと、どなたかとお間違いじゃありませんか?」

 そう言うと男性はにっこりと微笑みました。でも目が笑っていません。

「気の長い僕でも、半年は長すぎると思うのですよ。ねえ? そちらのお友達もそう思いませんか」 

 奈津子さんにそう話しかけたのですから、私が誰かと人違いされているということのようです。

「あの、お会いしたことがないのですが」

「ええ、それはそうですけど」

 それはそうですけど? あれ? 何かおかしくないですか。

「人となりは伯父から聞いていましたよ」

 奈津子さんと顔をまた見合わせてから男性を見ると、眉間にしわが寄りました。

「やはりどなたかとお間違いじゃないかと、思います」

「はぐらかすおつもりですか?」

「はぐらかすも何も、私はあなたを存じ上げません」

「……飯橋です。飯橋青葉。何度もお手紙を送ったのですが」

「ですから、どなたかとお間違いですよ。私は…」

「わかりました、ですがもう待てません。こうまで…はぐらかされるとは思いませんでしたよ。残念です」

 飯橋さんは再び笑っていない目で微笑むと私の腕をつかもうとしました。

 それはもちろん逃げますよね。

 奈津子さんの手を引いて後ろへ下がりました。背もたれのないベンチだったので、できたことですけど。

「逃がしませんよ、ミナさん」

「……私はミナさんではありません」

「何度も呼びかけたら振り返ったではありませんか」

 

 どうやら飯橋さんのお相手はミナさんというようです。


 なるほど、“みなさ”までは合っているので呼ばれたと思ってしまったのですね。

「私の名前は陽向ですから、ミナさんではありません」

 これで納得してもらえると思っていたのですが、どうやらそうは問屋がおろさなかったようです。

「偽名を名乗るとは、そこまで僕が嫌いですか」

 

 どうしろというのでしょう…。

 


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