第六十二話 父の悩み side水崎学
「陽向?」
急に腕に負担がかかったので、声をかけてみると規則正しい息が聞こえた。どうやら眠ってしまったらしい。
抱えると、丁度姉さんがリビングのドアを開けて入ってきた。
「おかえり、学。どうしたの?」
「うん、寝ちゃったみたいで」
僕の腕の中でぐっすり眠る陽向の顔を見た姉さんは、小さく笑ってリビングのドアを開けたままにしてくれた。そのまま陽向の部屋のドアも開けてもらう。 ベッドにゆっくりと陽向を置いてタオルケットをかける。
リビングに戻ってソファに座ると、姉さんがコーヒーを煎れてくれた。
「どうしたの、そんな顔して」
「うん…大きくなったなと思って」
抱え上げたその重さは、小学生の時とは比べものにならない。
「それ、陽向には言うんじゃないわよ」
「どうして?」
「どうしてって、マナの言いたいことは分かるけど、体重の事を言われたくないものなの、女の子は」
そういう意味じゃないのだが。まぁ仕方ない。
「もう…高校生なんだなあ」
「…そうね」
もうすぐ、僕と妻が出会った年齢になってしまう。
もっとゆっくり大きくなって。
いずれ僕の側を離れて行くのだとしても、お願いだからもう少し。
「あぁ…陽向が彼氏を連れてきたら殴っちゃいそうだ」
「ええ? 彼氏で、もうそうなっちゃうわけ?」
「腹がたつ」
「あのねえ」
「彼氏の前でもハグしてやる」
外国だとそうでもないが、日本だと意外に効果があると知り合いの、娘を持つ人が言っていた。
「呆れたいところだけどね。龍矢も似たようなこと言ってたから」
「龍矢も?」
「俺に勝てないやつは認めないとか言ってた」
「いや、それ無理だろ」
高校生チャンピオンを連れてきた所で、場数を踏んでいる上に鍛錬を欠かさない龍矢に勝てる訳がない。何しろルールなどない様なものなのだ。人の命を守る現場では。
「マナになら勝てる男子がいそうだけど。龍矢だと難しいわよね」
「いや、難しい以前に無理だって」
だとすると、龍矢と互角の男を連れてくるか…。
「年上すぎるのもやだな」
「陽向が好きになったなら仕方ないとは思うけど、龍矢より強い人ってのもねえ」
龍矢と戦っている男を想像して、何だかゲンナリした。
「まだまだ先のことでしょ…とは言えないのよね。あんた達のことがあるから」
「うん」
僕らは十八歳で結婚している。
「今のところそんな気配もないけれど」
それでもいつか、その日が来る。
「嫌だなあ…陽向に幸せになって欲しいけど…」
だったら再婚すれば良いんじゃないですか? と以前誰かに言われたような記憶がある。
でも、それとこれとは別なんだ。
「くああああ、誰だか知らないけど頭突き食らわせてやりたい!」
将来陽向の隣に立つ奴に、今からすでに腹がたつ!
「同感だ」
リビングのドアが開いて龍矢が入ってきた。
「龍矢、起こしちゃったか」
「水を飲みに来ただけだ」
大きな声で叫んだわけではないので、そうなのだとは思うが少し申し訳なく思った。
「龍矢とマナに睨まれても近づく男の子じゃないと陽向は結婚できないわけ?」
「「あたりまえ!!!」」
龍矢と図らずも声がそろった。
姉さんが盛大にため息をついたが、僕たちはいたって真面目なのだ。
「結婚できたとしても、大変そうね」
舅にいびられる婿。
「いや、その前に結婚阻止する!」
姉さんは僕たち二人をみて苦笑した。どこまで本当なのかって顔している。
「どうでも良いけど、あんまり騒ぐと陽向が起きるわよ?」
「むぅ…つい熱くなった」
龍矢が小さく息を吐いて僕の隣に座る。
視線があって、二人で頷きあった。
「本当、父親って面倒くさいわね…」
理屈じゃないんだ…と二人で言って姉さんに呆れられた。
「私はもう寝るわよ、明日の朝は少し遅くても良いわよね? おやすみ」
時計を見ると午前二時を過ぎていた。
「さすがに寝るか…」
「あぁ」
知らず知らずのうちにヒートアップしていたせいなのか明るくなるまで眠れずに、次の朝、陽向より寝坊したのはご愛敬…。
父親の悩みはつきないのである。




