第〇六十話 居心地のいい場所
あの雪ばかりだった庭も花が咲いていて、すっかり夏になっていました。
当たり前なんですけどね。
庭をぼーっと眺めていると、千歌さんからお茶が入ったよと声をかけられました。
こたつもテーブルに代わっていましたし、毛足の長い絨毯も涼しげなものになっていました。
「夏ですね」
「そうね、でもまだ今年は涼しいのよ。これから気温が上がるらしいけど」
それでもエアコンなしで扇風機のみというのですから、すごいです。
「陽向ちゃんが来るっていうから、これとこれ買っておいたの。残りはお土産に持って帰ってね」
「わぁ! 有難うございます!」
私の好きなお菓子でした。ネットで買えはするのですけど、こうして用意してもらったお菓子っていつも以上に美味しいんですよね。
冷たいお茶と他愛無い話をしながら食べるお菓子。
お二人には心配をかけてしまいましたら、お詫びにと肩を揉みました。
「いいのよ、そんなことしなくても」
なんて言われましたけど、せめてもの気持ちです。
千歌さんの肩を揉んだ後に、ぎゅっと抱き着くと腕を優しく叩いてくれました。
このままここで眠ってしまいたい。そんな気持ちになります。
「夏休みの中ごろに友達と旅行に行くんでしょう? 私たちも旅行に行くのよ」
「そうなんですか?」
「うん。どこだと思う?」
香矢さんがウィンクをしながら聞くので首を傾げながら考えました。
「北海道内ですか?」
「今回はちょっと遠出なの」
「電車ですか飛行機? 車?」
「バスの後、飛行機ね」
「うーん海外?」
「国内」
「ヒントください、ヒント!」
二人は顔を見合わせてニッコリと笑います。
「そうねえ。陽向ちゃんが喜ぶところ…かな?」
「私が喜ぶ…ところ?」
うーんうーんと唸っていると千歌さんが、小さく吹き出しました。
「あら、もしかしてうぬぼれだったかしら?」
うぬぼれって…。
えっ?
ええっ?
「も、もしかして…うちに? うちに来てくれるんですか!?」
「ええ」
「本当に!?」
「本当よ。陽向ちゃんがお友達との旅行から帰ってきたあたりに」
「わ…わぁ…う、嬉しい…わぁ…どうしよう、えっとえっとね。私…あの」
「落ち着いて、陽向ちゃん。そこまで喜んでくれるとは思ってなかったわ。ありがとう」
「だって…だって」
みんなで一緒にいられるなんて!
どうしよう! ワクワクして止まっていられません!
うろうろして二人に笑われてしまいました。
お二人は今まで北海道から出たことがないんです。
どうしようどうしよう、何をしたら喜んでもらえるでしょう。
「どうしよう! 今夜眠れないかも」
「まぁまぁ」
「父は? 父は知ってるんですよね?」
「もちろんよ。龍矢も華ちゃんも知ってるわ」
「みんなで黙ってたんですね! もう!」
泣きそうになったので千歌さんに抱き着くと、優しく抱きしめてくれました。
「私たちが言うまで黙っていてねってお願いしていたの、だから帰ってから怒っちゃだめよ?」
「はい」
「チーばかりズルいぞ」
香矢さんが近づいてきて頭を撫でてくれました。
「ふふふ。香矢さん、もしかして普段は千歌さんのこと“チー”って呼んでるんですか?」
「うっ…今、言ってたか?」
「ええ、言ってましたね」
香矢さんが少し赤くなったのが可愛かったです。
若いころ千歌さんのことは“チー”香矢さんのことは“コウ”って呼んでいたのだとか。
なので時々“チー”って呼んじゃうのだとか。
良いですよね!
香矢さんたちと同じくらいの年齢になった時に、私の隣にいるのは誰なんでしょうか。
何となく、そう思いました。




