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私は急に止まれない。2  作者: 桜 夜幾
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第〇〇三話 くじ引きって本当ですか

 明日から寮生活に入るという日の夕方。


 西福 悟先生……一年の時の担任こと、父の友人……がキッチンのテーブルに突っ伏していました。

「どうしたんです?」

 先生に声をかけるも、返事はなし。

「華さん、悟さんどうしたの?」

「くじ運がなかったんだって」

「くじ運?」

「そう。陽向のクラスを引けなかったらしいよ」

 私のクラス……?

 引けなかった?

 首を傾げて華さんを見ると、笑って説明してくれました。


「悟から聞いた話だと、クラス名簿にそれぞれアルファベットが記されていて、校長が軽快に振った箱の中に、八つのカードが入れられていたんだって」

 そして悟さんが引いたアルファベットは“D”。

「その名簿を見てみたら、八組の名簿で陽向の名前がなかった……というわけ」

「それで突っ伏しているの?」

 そんな軽い決め方でいいのでしょうか?

 まぁ、理事長と校長ならやりそうではありますけど。

「私の名前がないというだけで、この落ち込みようなのが分からないけど……」

 同じ学校にいますし、顔を合わせることもありますでしょう。

「一年の時に、全然力になれなかったからって。今度こそ……って思ったのに、くじ運がなかったって嘆いてるわけ」

 華さんが笑いながら言ったので、ぎょっとして悟さんの肩を揺すりました。

「えっ? ちょっ……悟さん。そんなに落ち込まないでください! 色々助けてもらいましたって!」

 突っ伏したまま、もごもごと何かを言っています。

 すでに酔っぱらっているとか言いませんよね?


「今回のくじ引きは……二年間の担任を決める重要なクジだった……」

 泉都門学園高等部のクラス分けは、二年生で変更された後、三年生まで続きます。 

 つまりは、三年生でも悟さんが担任になることはないということです。

「一生の不覚!」

 そこまで言うことはないと思うのですが。

「陽向の卒業式で、名前呼びたかった!」

 うん、これは酔っぱらい決定ですね?

 

 悟さんは酔っぱらうと、私の父親になった気分になるそうで、変に甘くなります。

 普段は真面目な先生なんですがね。


 壁にかかっている時計を見ると、午後四時です。

 酔っぱらうには早いと思いますよ、悟さん。


「明日、荷物と一緒に寮に行くのよね?」

「うん。休みになったら帰ってくるから」

「生徒会もあるんだから、無理しなくて良いわよ。でもメールか電話頂戴ね」

「うん」

 父と龍矢さんはもうすぐしたら帰ってくるはずです。

「学が泣きそうねえ」

「そういえば、長い間離れるのは中学校の修学旅行以来かな」

「学の方から毎日電話かけるような気がする……」

「ネットは繋がってるし、テレビ電話とか可能だよ。香矢さんにも心配かけちゃったから、寮から電話するつもり」

「そうね……」

 龍矢さんの祖父母である香矢さんと千歌さんが、私が入院していた時に、とても心配をかけてしまったので、なるべく多く電話をかけるつもりです。

 北海道ではまだ雪が残っているところもあるそうで、こちらと違ってまだ寒いのでしょうね。

 桜が咲くのは、香矢さんの住んでいる地域では五月なのだそうですよ。

 同じ日本なのにおもしろいですね。

 

「悟さん、ほらお水飲んで」

「ううう、陽向ー」

「皆でご飯食べるんですから、しっかり」

 明日から寮生活ですから、こうして皆でご飯を食べるのも、しばらくおあずけとなります。

 だから、その時間を大事にしたい。

「悟はソファにでも転がしとく?」

「悟さーん、しっかりして」

 結局、父が帰ってくるまでキッチンのテーブルに突っ伏していたため華さんが言ってた通り、ソファに転がされていました。

 お酒は没収されてましたよ。

 持ち込んでたんですね。

 どうりで見たことのないお酒だと思いました。

「あれ? これ……ノンアルコールじゃないですか」

 私が驚いて悟さんをみましたが、完全に酔っているように見えます。

「最初の一缶だけ、アルコールが入ったのを飲んでたのよ」

「一杯で酔うなんて、悟さんらしくないですね」

 悟さんは結構なうわばみなんですよ。


「男には、そんな風に酔いたい時もあるのさ」


 何て帰ってきた父がポーズを決めて言うものですから、華さんと二人で笑ってしまいました。

 


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