第百六十四話 目の前に
あぁ……二個目も投げられました。一個目を弾くことができても……二個目は無理そうです。
父の前で、父が私を庇おうとするのを振り切って一個目を弾きました。
二個目は間に合わない。だから。
私は。
「陽向あぁ───────!!!!!」
目の前に一瞬黒い物が落ちて来まして、ガツンという音がしました。
落ちてき……? 上から?
思わず上を見ると、天井の明かり取りらしき窓が開いていてそこから黒いロープの様な物が垂れ下がっていました。
つまり、私の前にいる黒い服の人は、これを伝って落ちて……もとい下りてきたということの様です。
「怪我はないか?」
「あ……」
答えようとして口を開いた時に、今度は後ろから結構な激しい音がしましてバイクの音が近づいてくると、阻止しようとする黒服の人たちの頭上を、文字通り頭の上を通ってバイクに乗った片倉さんが私たちの横で急ブレーキをかけて停まりました。
「間に合ったようだな」
片倉さんがバイクを降りると、私の前に立っている人の肩を叩きます。
頷いて片倉さんを見たその人は、口元を布で覆っていましたけど。
それでも、それが誰なのかが分かりました。
「し!」
ゅうと先輩と呼ぼうとして、口元に人差し指をたてて「しーっ」と言われたので口を閉じましたが、片倉さんに目線で問うと頷いたので、やはり修斗先輩のようです。
「陽向」
「大丈夫よ、お父さん」
入り口の方で何やら物騒な音が聞こえていますが、片倉さんがニヤと笑いながら立っているところをみると援軍が来たようです。
「よく、一回目のクナイを回避したな」
「品川さんは私とそんなに変わらない身長みたいなので、飛んでくる高さは私の方が避けやすいと思いまし、何とかブレスレットで弾くことが出来ましたけど、外れても腕で止めようとは思いました」
片倉さんは頷いて私の肩をポンと叩いたのですが、眉尻を下げて悲しそうに言ったのです。
「説教は覚悟しておくように」
「え?」
「俺じゃないよ、後ろ」
振り返ると父の肩が震えています。
あぁ、これは怒る前兆です。
めったに怒らない父ですが、怒るともの凄く怖いんですよ。
「失礼ですが、お名前をお聞きしても?」
「あー。片倉です」
「片倉さん、もう大丈夫ですか」
「えーと、彼女を拘束したら終わると思いますが」
片倉さんが珍しく敬語になっているうえに、妙に堅い受け答えです。
「片倉さん?」
「ひ、陽向。お前の父さん、めちゃ怖いんだけど。美人が怒ると怖さ倍増ってのは本当なんだな」
ひそひそと私の耳元で言うのですが、父に睨まれたらしく姿勢を正しました。
「な、何なのよこれは!」
叫ぶ声がして品川さんの方を修斗先輩の横からちらっと見ますと、黒い服の人が品川さんを囲んでいました。
「何なの! 裏切るつもり!?」
品川さんには自分と共闘していた人たちと区別が付かないんですね。
その人たちは無言で品川さんを拘束しました。
「離しなさいよ!」
品川さんはその人たちに倉庫の外へと連れて行かれ、ずっと叫んでいましたけど背中に隠していた残りのクナイを取り上げられて暴れていました。
集団が外へ出てしまって、ようやく修斗先輩が振り返りました。
「修斗先輩」
「良かった、陽向」
口元の布を外して笑ってくれた修斗先輩は、私の後ろの父に視線を向けた後、びくっと肩を震わせ上を向いてしまいました。
父は……そ、相当怒っているようです。
振り返らなくてもいいですか?