第百六十三話 状況はかなり悪いです
いつもより少し長めです
「お父さん!」
来ちゃだめと叫ぼうとしましたが、何故か声が出ませんでした。
その間に、父がこちらへと近づいて来ます。
私は慌てて腕のロープを解きにかかりました。
はい。
縛られた時に気づかれないよう、解きやすいようになる手の形にしておきました。相手に気づかれたらおしまいなのですが、彼女は知らなかったようです。
急いでやったので腕や手が擦れて痛いことになりましたが、今はそれどころじゃありません。
品川さんが父に気を取られている間に、ロープを解き終わると父の方へと走り出しました。
私がコンテナを走り抜ける音に気づかれましたが、捕まる前になんとか父の元へと駆け寄ることができました。
コンテナを脱出したとはいえ、まだ安全ではありませんけどね。
「お父さん!」
「陽向!」
父は私を抱きしめてくれましたが、その腕は震えていました。
「親子そろって忌々しい。あんた達さえ居なければ、姉さんはあんな目に合わずにすんだのよ」
品川さんの言葉に私は違和感を覚えましたが、その前に逃走ルートを確認します。
出口は二か所。
品川さんの後ろと、父が入って来た左側です。
他に人は見当たりませんが……。
「出口が開いているからって安心しないことね。この建物を出ようとしたら、阻止するように言ってあるから」
その言葉通りに両方の出口に一人ずつ黒い服を着て顔を隠した男性が現れました。
依頼は私をここまで連れてくることだったはずです。ですが、その依頼も含んでいないとは限りません。
「あちこちにバレている頃でしょうから、さっさとしましょうか」
品川さんが一歩、こちらに近づきます。
「私が邪魔なら父まで呼ぶことないはずです」
「最初はね、貴女だけと思っていたけど。でもね、よくよく考えたのよ。貴女も貴女の父親も両方いなくなれば姉さんの煩いを無くす事ができるんじゃないかって」
このまま下がれば壁があるだけです。何としても出口に向かいたいのですが、カッターを投げられた時の盾になるものがありませんし、ブレスレットがありますが、これでうまく弾くことができるかどうかは運に任せるしかなくなってしまいます。
それに持っている凶器がカッターひとつとは考えにくいです。
「お父さん、来るときに車とすれ違いましたか?」
「車? いや、車どころか大きな道を逸れてからは誰にも会っていない」
奈津子さん達の安否が気になりますが、父とはすれ違っていないようです。
車を降りる際に、ブレスレットのボタンは押しましたので登録している人の携帯に届いているはずです。
車を降りる際に、ブレスレットのボタンは押しましたので登録している人の携帯に届いているはずです。
ですが人のいない範囲を考えると、相当数の人がかかわっているのではないでしょうか。
それも、一般の人ではない可能性大です。
その時、品川さんのポケットが震える音がして。
こちらに視線を向けたまま品川さんは携帯を通話にしたようでした。
「もしもし? ええ、そう。後どれくらい? ……わかったわ」
通話を切ると、品川さんは笑いました。
「片倉がもうすぐここへ来るんですって。後、五分くらいかしら? 十分な時間よね」
そういって背中に手を回すと、手に握られていたのはクナイ。忍者が使うとされている投擲などに使われるものです。先が尖っているので大変危険です。
「貸してもらったの。練習もしたのよ?」
今できることは二つ。
父と私が離れて左右に分かれるか、私が父の前に出てブレスレットでクナイを弾くか。
どちらも怪我をしない可能性の方が低いでしょう。
ですが、左右に分かれた後の父は無防備となってしまいます。
背中を向ければ間違いなくクナイが飛んでくる。
品川さんの周りをグルグル回ることしかできなくなりますが、動いているからといって当たらないわけではありません。
何個クナイを持っているかも分からない状況ですから、片手のブレスレットだけで弾くのも限界があります。
何とか片倉さんが到着するまでの時間稼ぎをしないといけないのに、投擲に対する対応を学んでいませんし経験したこともありません。
「あら、お父さんを庇うつもり? 偉いのね!!」
品川さんの手からクナイが投げられるのが、スローモーションに見えました。