第百六十話 こちらでは side片倉
陽向と松岡が裏門へと向かったのを確認してから、群がる一般生徒を傷つけないために、煙玉を使った。
これは睡眠効果があるもので、少しずつ生徒たちがその場に倒れて行った。制服が汚れるのは仕方ないと思って欲しい。
お面の奴が倒れないのは分かっていたが、一番後ろにマスクをした生徒がいたらしく他の生徒が倒れて行くのを驚いたように見ていた。
まぁ、一人ならなんとでもなる。
こちらへ近づいて来る様子もなかったので、お面の奴に声をかけた。
「こんなことをして、どうするつもりなんだ? この学園は良家の子女が通う学校ってことは承知しているだろう?」
「俺の仕事は、水崎陽向を彼女の元へと届けることであって。他はない」
「どういうことだ?」
「襲うよう命令はされていない。彼女の元へ届けられた水崎陽向がどうなるかは知らんし、どうなろうと関係はないということだ。その末路が死であったとしてもな」
その言葉に一人立っていた生徒がギョッとした顔をした。
「僕たちへの説明と全然違うじゃないか!」
俺は小さく舌打ちをした。
嘘を教えられていたらしい生徒が叫んだことで、彼自身にも危険が及ぶ可能性が出てきたからだ。
「安心しろ。他の生徒には傷をつけるなと言われている」
お面の下から蔑むような笑い声が聞こえて、いら立ちを隠せないでいると、奴は俺へと紙を投げてよこした。
もちろん紙だけではヒラヒラと舞うので、重りがわりに何かを包んで丸めてある。
その紙を気を付けながら開くと、重りはドラ○もんのフィギュアだった。しかもかなり適当な。
「……。怒られるぞ、これ」
「精巧なものをお前になんぞやるか」
「ふん」
紙を見ると地図が描かれている。
「何の真似だ」
「言ったろう。俺の仕事は水崎陽向を彼女に届けることのみ。特に口止めもされていない。が、今から行って果たして間に合うかな?」
「何を言っている? 陽向は湯江家の車に……」
乗ったはずだと言いかけて、奴の笑い声に何も言えなくなった。
「まさか……」
「彼女との取引は、湯江奈津子と水崎陽向の交換だ」
「彼女とは、どちらの彼女だ?」
「どちら? はて? 俺は知らん」
その答えを聞いて、俺はその場から走り出した。
お面の奴は追ってこない。本当に陽向を届けるだけの仕事だったのだろう。
「くそっ!」
走りながら携帯を操作すると、陽向の腕に付けられているであろうブレスレットのGPSは問題なく作動していた。
地図と同じ場所らしい。
暗号で一斉に連絡して、俺は念のためにと用意していたバイクにまたがった。
間に合ってくれ!
こんな風に祈るしかない状況に陥るのは、あの時が最後だと思っていたのに……。