第〇十六話 保健室です
速水君に連れられて……と言いますか。ただ一緒に歩いて来たわけですが。
何故か保健室の前に人だかりができていました。
二年生は教室にいるはずです……となると三年生?
二人で顔を見合わせた後、保健室に近づきますと私に気づいた生徒から、モーゼのごとく人垣が割れて行きました。
狭い廊下なので特に思うことはありません。
「何かありましたか?」
一番ドアの前にいた生徒に声をかけますと、振り返った後、飛びのきました。
あの……私、猛獣ではないのですが。
「あ、えーと。水崎副会長」
「はい、水崎です。中で何が?」
「中でってわけじゃないの。猫目先生が……」
「先生が?」
「教壇を降りるときに踏み外して、顔面から……」
「ということは、猫目先生のクラスの方たちですか」
猫目先生は、確か三年生の副担任ですよね。
「いやー実はさ、ホールで壇上から降りるときも踏み外して転びそうになってたのよ」
階段が苦手なのでしょうか?
「ともかく、陽向ちゃんは中へ入って。僕はここにいるから」
風紀委員として廊下で大勢が集まっているのを見過ごせないのですね。
「わかりました」
コンコンとノックをして中へ入ると、保健室の先生である毛利先生の前に猫目先生が座っている後姿が目に入りました。
「あら、水崎さん。どうしたの?」
「少し熱が出まして」
「あらあら。体温計で計ってみてくれる?」
「はい」
もう一つの椅子に座って体温計を受け取り、ちらっと隣の猫目先生を見ますと、鼻にガーゼが当てられていました。
「大丈夫ですか? 猫目先生」
「あ、はい。何とか」
「折れてはいないようよ」
ピピッと音がしたので体温計を見ると、三十七度八分でした。
「帰って休んだ方が良いと思うけど……今日も仕事?」
「はい。少し休めばよくなると思うんですけど」
「素人判断はよくないわよ。はい、これ」
額に貼る冷却ジェルシートを渡されて、ぺたりと貼ってみました。
うん、少しだけ楽ですね。
「額じゃないところに貼った方が早いのだけど、まさか学校で貼るわけにもいかないだろうし……そこで少し寝ていく?」
「そう……ですね。三十分ほどお借りしてもいいですか」
「どうぞどうぞ」
「ところで、猫目先生は何故ぼんやりと座っていらっしゃるんですか?」
「あ、それがそのー」
猫目先生は恥ずかしそうに俯いて耳を真っ赤にしています。
「め、メガネを……」
「……もしかしてメガネがないと歩けないんですか?」
「歩けないってほどでもないんだけど、お面をつけなきゃいけなかったから職員室で外して……そのー、持ってくるのを忘れたという」
もしかしてドジっこですか?
教室に戻る前に取りに行けば良かっただけだと思うのですけど。
「今、風紀委員の子に頼んで持ってきてもらってるのよ」
毛利先生が笑いながら猫目先生にコーヒーが入ったらしいカップを渡そうとしています。
先生の手が宙をさまよってますが、それで「歩けないってほどでもない」なんて嘘ですよねぇ?
毛利先生が猫目先生の手を取ってカップを持たせましたが、それだけで真っ赤になってますよ。「熱いので気をつけてください」と言ったにもかかわらず、いきなり飲んで「あちっ」なんて言ってます。
おっちょこちょいですね。
舌を火傷したと言って毛利先生に氷をもらってます。
「水崎さんは休んで、気になるだろうけど」
毛利先生が笑いをかみ殺しながら言いますけど、「くっ」という声が漏れてますよ。
「気になりますが、休ませていただきます。その前に廊下にいる速水君に休むことを伝えてきます」
「あ、それなら僕が!」
いきなり立ち上がったかと思うと、止める間もなくドアに近づいて行きました。
そして、バーンと開いたドアに顔を強打。
「先生、メガネ! …………あれ?」
風紀委員の斉藤さんでした。
うずくまっている猫目先生を見下ろす私たち。
「斉藤さん……」
「は、はい」
「ドアはノックしてから……開けてね」
毛利先生が笑いだしそうなのをこらえて肩が震えています。
「すみません」
斉藤さんが何度も頭を下げていますが、猫目先生は蹲ったままでした。
ドジっこはドジっ子を呼ぶのでしょうか。