第百五十三話 不穏な空気
「湯江家で一番狙われやすいのは、奈津子お嬢様だ。御前を殺したところで息子が居るから、孫を捕らえて脅した方が……」
「片倉さん!」
「っ、配慮が足りなかった」
頭を下げる片倉さんに奈津子さんは小さく頷いて私の手にすがりつきました。
「と言うことは湯江家のライバル会社の依頼ですかね」
久保さんが緊迫感の欠片もない様子で首を傾げながら言います。
「どうかな。短い時間で話し合った中では、暴走してるんじゃないかっていうのが多くの意見だった」
「暴走?」
「そう。依頼内容は調査だけど、何らかの要因で暴走」
「その要因って私ですよね」
片倉さんはたぶん……と言って天井を見上げます。
「功績を焦っているのかもしれないね」
理事長がそう呟いたので、全員でため息をついたのでした。
「ともかく、今夜はここに泊まって」
その会議室のような部屋の、入ってきたドアではない奥のドアを開けると廊下があって、数部屋泊まるところがあるようでした。
「明日は臨時休校にすることになっている」
「えっ、そんな」
「これは二人だけの問題ではないんだ。学園としてもしっかりと対策を練らないといけない。大事なお子さんを預かっているのだからね」
私たちを匿ったとして、泉都門学園には他にも名家の子女がたくさんいます。矛先が誰に行ってもおかしくないということですね。
「例のストーカーが君を狙っているとしても、共闘している者たちがいつ鞍替えするかわからないんだ」
寮にも警備が配置されるようですが、念には念を入れて今現在狙われている私たちをここへ連れてきたということみたいです。
「食事は俺が運ぶ。それ以外の人間からは受け取らないでくれ。それから、一応合い言葉も決めておこう」
これから明日の夜までは片倉さんしか来ないということになり、理事長が先に建物を出ていきました。
その後、連絡通路を元に戻してしまったので片倉さんはどうするのかと思っていましたら、入り口とは反対側にあった小さいドアを開けます。
「片倉さん?」
「次は明日の朝かな。俺が出たらすぐに閉めること。それじゃ、おやすみ」
ひょいと窓を飛び出したのです。
「かっ!」
片倉さん……と名前を呼べずに小さいドアへ走り寄ると、そこは窓だったようで……。
片倉さんが空中に浮いているのが見えました。
すぐに見えなくなりましたが、確かに浮いていました。
奈津子さんとそのドアを閉めた後、数分無言が続きまして。
「う、浮いてたよね」
「うん……浮いてた」
「何かあった?」
「暗くてわからなかった」
たぶん反対側の建物へと行ったのだとは思いますが、入ってきた方とは違って連絡通路はありません。
「陽向さん、就寝ということで」
「う、うん。そうね」
片倉さんがどうやって行ったのか。
明日起きたら考えましょう。