第百四十六話 休憩ポイント
「悪いなぁ。本当なら同性のゼロがつくんだろうけど強い女子出払ってんのよ」
私を抱えながら、片倉さんが済まなさそうに言いました。
「いえ、そもそも湯江家専属なのに私に貸していただいているわけですし」
そんな会話をしながらも時々何かが飛んでいる音が聞こえます。
「片倉さん」
「ん?」
「何か飛び交ってる音がするんですが」
「うん、気のせい気のせい」
全然気のせいじゃないですってば。
「それなら目隠し外してくださいよ」
「現在断崖絶壁にいるけど、良いの?」
「またまた~」
「それは本当」
思わず片倉さんの首にしがみついちゃったじゃないですか。
「じょ、冗談は止めてください」
「はははは、役得役得。でも高いとこにいるのは本当。そのまましがみついてて」
浮遊感がしたと思うと耳元を風が切って行きます。
と、飛んでいますか?
尋ねる暇もなく若干の衝撃があって、着地したようでした。
「おっと……危ない」
ドゴンという大きな音がしましたけど……。
「ほいっと。休憩しようか」
床におろされて目隠しを外してもらいましたが、そこは岩をくり抜いた中のようで、入り口は角を曲がった先にあるので外は見えませんでした。
電池式のランプが置いてあるので真っ暗ではないことは助かりました。
「はい、水分補給」
水筒のキャップ兼コップを渡されて、注がれたのは麦茶で二杯ほど飲んだ後、屈伸運動を数回して再び目隠しされました。
「次の休憩地点にトイレあるから、それまで大丈夫かな」
「大丈夫ですけど。あの、行きより遠くありませんか」
「うん、遠回りしてるから」
「え?」
ひょいと抱えられて上から片倉さんの小さく笑う声が聞こえます。
「訓練を兼ねての遠回り」
「なっ!」
「人間と同じ重さの人形での訓練は相当数するんだけど、実際本物の人間だと動くから若干違うね」
それに人形よりずっと軽い……そう言われまして。 喜んで良いのか悪いのか。
結局怒れず終いで、次の休憩ポイントにつきました。
「いらっしゃいませ、お疲れ」
威勢のいい声が聞こえて、下ろされます。カツンという音がしたので岩とかでは無く床があるようです。
しかも良い香りがします。
「えーと、俺はこのセットでコーヒーね。あんたは何にする?」
「何にするといわれましても、絶賛目隠し中なわけですけど」
「あ、悪い」
スルリと目隠しを外されて眩しさに目が慣れた時、私はポカンと口を開けることになりました。
だって、どう見てもファストフード店内。
目の前のカウンターの向こうにはスマイルゼロ円の男性が立っていました。
「どれにする? 俺の奢りだから遠慮なくどうぞ」
二人ともニコニコ笑っています。
振り返って入り口を見ると、押すと開くタイプの透明ガラスの自動ドアがありますが、その先は真っ暗で他に窓もなく。
「ここ、何処ですか」
「訓練場内店です」
「……はい?」
「訓練場内、唯一の補給アンド休憩地点です」
途中で止めるときもここに来るのだと説明されました。
出口はあちらですと、入ってきたらしき自動ドアとは別のドアを指し示されました。
「で、途中退場?」
ニコニコスマイルの男性がいつの間に用意したのかトレーを片倉さんの前に出しながら聞いてきます。
「まさか、最後までやってくよ。こんなチャンスなかなか無いから」
私にリタイヤ選択はできないようです。