第百三十二話 もうすぐお昼です
お昼近くになって奈津子さんがやってくるまで、片倉さんは話し相手になってくれました。
「内緒な」
本当はできるだけ警護対象と接触を控えるのだそうですけど。そのあたりはSPと違うところなんですね。
「空気のようにいなくてはならないんだよ」
フィナンシェを美味しそうに食べながら、片倉さんは耳元に手をやりました。
「忍者も文明の利器を使うんですね」
右耳に通信機器が付いています。
「まあな。さすがに狼煙ってわけにもいかないから。消防に通報されちまう」
確かに火事かと思われそうです。
「それでも狼煙の技術は受け継がれてるよ」
「そうなんですか?」
「今の時代不要かもしれない技術もきちんと継承されていく。いつ何時必要になるかわからないから」
忍者が生き残ってきた理由がそこにあるのでしょうか。温故知新みたいな事でもあるのかもしれません。
「っと、さて。お嬢様がお戻りのようだから、俺は消えるよ」
「あ、はい。ありがとうございました」
「ん? 茶菓子を食ってただけだが」
「話し相手になってくれたじゃないですが、退屈せずにすみました。まさかお茶ばかり啜っているわけにはいきませんから」
片倉さんが声を立てずに笑ったところで、部屋の扉が開きました。
「遅くなってごめんなさいね」
奈津子さんが入ってきた時にはすでに片倉さんの姿はありませんでした。
「どうしたの?」
「ううん、何でもない」
「お腹すいたでしょう。今、お昼を運ばせるから」
「お菓子があったから、そうでもないよ」
お皿に乗っていたお菓子が半分以上減っているのに気づいたのでしょう。奈津子さんは少し驚いた表情をした後クスッと笑いました。
「行動を制限されているから暇でしょう。でもお昼を過ぎたら陽向さんも忙しくなるわよ」
とうとうその時が来ましたか。
「お昼は軽めになるのよね」
満腹で着物を着るなんてある意味拷問ですもんね。
「それでも夜までは時間があるから、食べた方が良いとおもう」
後はキャラメルとかキャンディーくらいしか口に入れられなくなるわよと言われて、今日の午後の苦行を知ったのでした。
「立食パーティじゃないの?」
「食べ物はあるけど、食べてる暇がないと思うわ」
「え?」
「ま、それより。警護の控え室に号泣している人がいたのだけど、陽向さん何かした?」
松岡さん控え室に戻っても泣いていたんですか……。
「えーと。泣かせようと思ったわけではなかったんだけどね」
かいつまんで話すと奈津子さんがため息を付きました。
「同僚の人が泣きやませるのに苦労してたわよ」
「あんなに泣き出すとは思わなかったの」
今までああいう話を聞いた人は、眉をしかめて黙り込んだり涙ぐみはしましたけど。まさか号泣されるとは思ってもみなかったんです。
「大人でも子供みたいに声をあげて泣くのねえ」
「変なところに感心しないの」
奈津子さんに叱られちゃいました。
「後で謝りに行ってくるわ」
今日の人員の、一人の行動を制限するような事をしてしまったようなものですから。