第百二十九話 後ろの忍者
午前十時頃になりますと、さすがに何だか騒がしくなってきました。
奈津子さんはお煎餅を食べた後、また何処かへと行ってしまいましたけど話し相手にと護衛さんが一人部屋に置いていかれました。
「何だかすみません……」
「いえ……」
女性の護衛さんです。
個人情報は話せないでしょうし、何を話したらいいかとお互いしばらく無言のまま時間が過ぎて行きました。
「え、えーと。お名前は聞いても大丈夫でしょうか」
「はい。松岡です」
一歩前へ出て名前を言ってくれました。
つ、続かない。
困っていると松岡さんがさっと構えるような姿勢をとったので驚いて後ろを向くと片倉さんが立っていました。
「片倉さん?」
「水崎さんのお知り合いですか」
「えーと」
何と説明すればいいでしょうか。
忍者ですって言ってもいいのでしょうか。
「一メートル以内に入りそうだったから、牽制に来たんだけど?」
片倉さんが静かに言いました。
「松岡さんは護衛の人ですよ」
片倉さんはただ立っているだけなのに、松岡さんは構えを解きません。
「護衛だからと安心はできない」
松岡さんに失礼じゃないですかと言おうとすると松岡さんは意外にも構えを解きました。
「水崎様の専属の方でしたか。失礼いたしました。第二警護部隊に配属されています松岡です」
だいにけいごぶたい?
え?
「第二か。俺はゼロだ」
ゼロと聞いて松岡さんの顔色が変わりました。
片倉さんから私に視線が来ます。
「たっ、大変失礼いたしました! わたくしでは身に余りますので隊長を呼んで参ります」
「隊長は男だろ。話し相手にとあんたをよこしたんだから、あんたの仕事だ」
「はっ」
びしっと敬礼をして直立不動の体勢のまま動きません。
「えーと、片倉さん」
「ん?」
「色々と聞きたいことがあるのですけど、聞いてはいけない事を聞いてしまっていません? 私」
「いや、大丈夫じゃない?」
軽い……軽いですよ。片倉さん。
「話すことが思いつかないんだったら、護身術でも聞いてみたらいいんじゃない?」
あ、その手がありましたか。
「まぁ、俺がいるから必要ないっちゃ必要ないけどね」
「確かにゼロがいるなら、必要ないですね」
松岡さんがようやく敬礼を止めて手をおろしました。
「でも、お試しですし。片倉さんの仕事が終わった後、自分の身は自分で守らないといけませんから」
「あ、そうだ。どうせなら聞きたいんだけどいいか?」
「はい」
「いったいどんな修羅場くぐってきた? 普通って言葉は好きじゃないが、あえて使うけど。普通の女の子がどうしてそこまで護身術を必要とする?」
どうやら片倉さんは詳しく聞いていないようでした。
「できればダイジェストじゃなくて、詳しく教えてくれないか」
「いいですけど」
「私は席を外しますか?」
「いえ、そんな大それた話しではありませんし」
さて、どこから話すべきか。
思い出を引き出すために私は目を閉じて考えました。