第百二十八話 半径一メートル
ようやく落ち着いて二人が椅子に座った頃にはお茶は冷めていました。
「紹介するのはとっても嫌だけど、一応……一応教えておくわね」
「二回、一応って言うなよ」
「湯江 泉。縁を切りたいところだけど、今のところ従兄弟よ」
「今のところって何だよ」
「うるさいわね、紹介終わったからとっとと出て行ってちょうだい」
がるるるるるとでも言いそうな形相で奈津子さんが泉さんを睨んでいます。
折り合いが悪いのでしょうか?
「客が来てるっつーから見に来ただけだろ」
「箝口令を強いていたのに? どうせどっかで聞き耳立ててたんでしょうけど。それとも新人にでも手を出した?」
図星だったようで、むっとしたままそっぽを向いた泉さんは、お茶を飲もうとしてカップを奈津子さんに取られていました。
あ、ちなみに私のカップは新しく用意されました。
「この部屋では貴方に出すお茶はありません。新しい子に淹れてもらったらどう?」
「リネン室だからお茶は……あ」
口を滑らせたようです。
奈津子さんからの視線がさらに厳しくなりました。
現在九時になろうかというところです。
マドレーヌを口に入れて租借しながら二人の様子を眺めていると、扉がノックされて奈津子さんが返事をすると久保さんが入ってきました。
「久保、警護はどうしたの警護は」
「奈津子様の従兄弟でしたので、お通ししたようです」
「お祖父様の忍者は? 確かつけたんでしょう」
奈津子さんが言うと、ふっと影がさして私の後ろにいつの間にか片倉さんが立っていました。
「手を触れそうになったら、腕をひねり上げる予定でしたが?」
「遅い、遅いわ。私が許すから、半径一メートル以内に入ったら牽制して……っていつ来たの。というか何処にいたの?」
奈津子さんもそうですが、泉さんが大変驚いて椅子から転げ落ちそうになっていました。
確かに扉が開く音しませんでしたよね。窓も閉まっていますし。
「御前に確認しても?」
「私から電話するから、待ってちょうだい」
すぐに信三郎さんに電話をかけていました。
電話を切ると、奈津子さんがニヤリと笑って泉さんを見ます。
「泉。お祖父様がお呼びよ」
「げっ」
にっこり笑った久保さんに連れて行かれました。
そして奈津子さんが私の後ろを見たときには、すでに片倉さんはいなかったのです。
私の耳元で「確認しました」と呟いたのを聞いたのですが、早いですね。見回しても全然見つかりません。
「まったく……。他には来ないから安心してね」
奈津子さんは憤懣やるかたない様で、どこから持ってきていたのか堅い煎餅をかじっていました。
それでも手元で小さくしてから口に入れるところはお嬢様だなぁと思います。
私だったらそのままかじりつきますからね。
「食べる?」
物欲しそうにしてました?
でもお言葉に甘えて一つもらって食べてみました。
か、かたい……。
奈津子さん、歯が丈夫なんですねぇ。