第百二十四話 着物は奥が深いです
着いた先は芹先輩の叔母さんがやっているというお店で、すでにお店は閉まっていたので裏口から入りました。
「芹さん、お久しぶりねえ。さ、上がって」
青山神 咲子さんというお名前で、おっとりとした感じの方だったので油断していました。
ざっと座敷に用意された着物の数に思わず顔が引きつったのは仕方ないと思ってください。お店のものではないと聞いてホッとしたものの。全部咲子さんの物だそうです。
「若い頃に着ていた物をリメイクするか親戚筋の若い子に譲ろうかと考えてた着物なんですよ。取っておいて良かったわあ」
ニッコリ笑って私たちを見ました。
「さ、まずはパッと見て好きなものを言ってくださいね」
第一印象も大事ですよ……と言われて選びましたのに。
そこにいた全員に却下されました。
全員で同時に即却下しなくても良いじゃないですか。泣きそうになりましたよ。
「もう少し明るい色の方がお似合いだと思いますよ」
第一印象って言ったのに……。
「このオレンジの小紋のなんてどうです?」
「陽向さんだとピンクというよりは、こっちですね」
「そうかな? このピンクだったら似合うんじゃない?」
私を置いて三人で話し始めました。肩のところに当てて似合うかどうか見てますけど、私の意見は? 聞いてくれないんですか?
「あの、地味な方が……」
「何を言ってるの陽向さん。地味な方が悪目立ちするわよ」
それはそれで嫌ですけれども。
「このワインレッドのはどうかしら?」
「意外と古典柄なんかも……」
まさか成人式がまだ数年先という時に着物を選ぶことになろうとは考えてもみませんでしたが、どちらにせよ目立ちそうで嫌な予感がします。
しかし、パーティ用の服をレンタル店で……などと今のこの状況で言えるはずもなく。
三人が私をそっちのけで選んでいるのをぼんやりと見ていました。
もはや生きるトルソー……。
しかしこのトルソー生きているのでお腹が減ります。
しかも丁度シンと静かになった時にお腹がなるというタイミングの良さ。
途中で何か口に入れておけばよかったと後悔しても遅いですね。
明らかに全員に聞こえたであろう大きさでお腹がなりました。
真っ赤になっていると咲子さんが笑って隣の部屋に移動するように言われました。
「すっかり夢中で忘れてたわ。ごめんなさいね」
夢中になっていたのは奈津子さんと芹先輩もですから、お気になさらず。
「少しお腹に何か入れてから続きをしましょうか」
お店の方が用意してくれていたみたいで、焼きおにぎりとお味噌汁が出てきました。
あぁ、この香りは食欲をそそる……。
食べやすいように小さく握られたお握りが、ついつい二個三個と手を伸ばさせるという。
自制して食べ終えた後、あれだけあれが良いこれが良いと言っていた三人が一つの着物でうなずき合いました。
良かった、これで帰れる……なんて思ったのは甘い甘い考えでした。
そこから帯やバッグなど一式の選定が残っていたのです。
結局全部決まって帰れたのは午後十一時でした。
寮に連絡を入れているとはいえ、さすがに寮監さんには申し訳なく思いました。
帰寮すると、寮監の荒田さんがにっこり笑って一言。
「写真、見せてね?」
そこから奈津子さんと荒田さんが、私の写真で約一時間ほど話し込むとは思いませんでした。
荒田さん、寮監のお仕事してください……。