第〇十二話 イエスかノーか
「奈津子さん、蓮見先生に頼もうと思ったのだけど。やっぱり私、篠田先生に会いに行ってきます。確認しなくちゃいけないことがあるので」
「了解、分かったら連絡して」
「えっ?」
「続けるか否か……聞きに行くのでしょう?」
「……ええ」
「続けると答えたら連絡頂戴。こっちは任せて。ほら速水君、陽向さんについて行って」
「わかった」
速水君と一緒に生徒会室に急いで行きました。
走れないので早歩きです。
生徒会室のドアノッカー……例のライオンのです。それをトントンと叩きますとしばらくして開きました。
「陽向」
修斗先輩が開けてくれて、急いで中へ入りドアを閉めました。
「篠田先生に聞きたいことがあって来ました」
ソファに座ってうなだれていた先生が顔を上げて私を見ます。
「水崎……さん」
「先生。教師を続けるお気持ちはありますか」
私の質問にハッとした顔で目を見開きました。
「陽向ちゃん?」
「芹先輩。これは私の推察ですけど、篠田先生は教師を辞めるつもりではないかと思うのです」
芹先輩が驚いて篠田先生を見ました。
「篠田先生」
「……。僕は」
「先生。もう少し泉都門の生徒を信じてくれませんか。この騒ぎはすぐにおさまります」
「しかし……」
「泉都門には風紀委員がいます、顧問は蓮見先生です。私も何度も助けられました」
篠田先生はもう一度項垂れました。
「もう……誰にも迷惑をかけたくない」
「泉都門を辞めても同じことでしょう?」
小さく唸って頭を抱えると、うずくまってしまいました。この学園に来るまでにも色々あったのでしょうね。
「どこへ行っても同じですから、ここで何とかしませんか」
「……え?」
顔を上げて私を見る篠田先生は涙目になっています。
「先生。一人ではどうすることもできないこともあります、まさか松吹幸太さんが俳優を辞めるまで仕事につかないなんてことはできないでしょう? だったら、泉都門で先生を続けてみませんか」
「続けるっていっても」
「先ほども言いましたが、この騒ぎはすぐにおさまります。その後は風紀委員もいますし、大丈夫です」
「しかし」
「私の父も先生と同じく転職を何度かしています。詳しくは説明できないので、似通った理由でと申しておきましょうか。その父も知り合いの方のご助力で現在の仕事を続けています。一人で何とかしようとしないで、助けを求めてみてはどうですか。ここならそれができますよ」
一気に言って、私は息をつきます。落ち着くために深呼吸しましょう。
「はっきりいってあれは理事長のせいです」
「……は?」
「理事長がお面なんかを用意するから悪いのです」
自分のクラスぐらい顔を見せておけば良かったのですよ。
「いや、でも」
「大勢のいる前でお面を外すなんてことをするから、ああいうことになるんです。まったく」
「まぁ……それは一理あるかも」
芹先輩が半分笑いながら言いました。
「私みたいに松吹さんを知らない生徒もいます。知っていてもファンじゃない人もいるでしょう」
「……陽向ちゃん知らなかったんだ?」
「芹先輩?」
芹先輩を見ますとそっぽを向いて口笛なんか吹いていました。
どうせ疎いですよー!
「そうか……それで職員室で会った時も驚かなかったんだ」
篠田先生が納得したように頷きながらつぶやきました。
「はい、変わったメガネだなとしか思いませんでした」
私がそういうと篠田先生は噴出して突然笑い出したのです。
「あははははは、メガネっ……」
バンバンとソファを叩いて笑っていますけど。大丈夫ですか?
「ごめん……うん。ありがとう」
「先生は松吹幸太さんじゃありません。篠田三雲さんです。だから、大丈夫ですよ」
その時、蓮見先生が生徒会室に入ってきました。修斗先輩がドアを開けたようです。
「よお、大丈夫か?」
「蓮見先生、学年主任の西福先生にもお願いするつもりですが、風紀委員もお願いできませんか」
「ああ? 面倒くせえなあ」
「春の新作メニューにスイーツがでるのですが……試食するものが多くて……確かクレープが」
わざとらしくため息をつきながら蓮見先生を見ますと、ぱっと顔が輝きました。
「や、やる! やらせていただきます!」
蓮見先生は見た目とは裏腹に甘いものが好きで、特にクレープが大好物です。
隠しているのですが、公表した方が夏池先生に良いイメージだと思うのですけどね?
「さて、篠田先生。どうしますか?」