第百十四話 ホールの屋根
夏休みを少し過ぎたあたり……私たち寮生も寮を出た後に、ホールの周りに足場が組まれていたそうです。
部活に来ていた生徒の話によれば、その足場を囲うように布のようなものがあったそうで、仕事風景はあまり見えなかったとのことでした。
天窓を掃除する為に上る梯子が存在するのですが、生徒が簡単に上って行けないように、かなり高い位置に付いています。脚立などを持ってきてそれを上ってから、その梯子を上って屋根に行くようになっています。
なので始業式が終わった現在、用務員さんが上って携帯を回収しに行ってくれているのです。
ホールの外壁および屋根の改修工事が終わったのが、始業式の三日前だそうですから……それまで雨が降らなかったことは幸運でしたね。
たとえ防水加工がされていても、長時間水に浸かると危険ですから。
二十代半ばと思われる用務員さんは折江さんといって、とても器用な人なのですが脚立の上からバック転で地面に綺麗に着地しました。
先輩の厚木さんに怒られていましたが……。
危ないので真似をしないように目撃した生徒には言っておかなくてはなりませんね。
折江さんが見せてくれた携帯を受け取ると、開いて見ます。
「おおぅ、大胆ですね副会長」
音はしませんでしたが、チカチカと点滅していたのでもしかしたら電話がかかってきているのかもしれないと思ったのです。
そしてその通り、開くと“会社”という文字がでていました。
つまりはこの携帯の持ち主の方の働いている会社かもしれないということですので、ロックもされていないようですし、通話ボタンを押して出てみました。
「もしもし?」
〔あ、すみません! その携帯の持ち主で中森と言いますけど、あの……その携帯どこにありましたか〕
「泉都門学園高等部ホールの屋根にありました」
答えると向こうで“あぁぁぁぁぁ”という声が聞こえます。
「ホールの塗装をしていた方ですか?」
〔はい、そうです。屋根を担当していました。昨日ないことに気づきまして。今日見つからなかったらショップに行くところでした〕
昨日って……仕事が終わったのは三日前ですよね?
〔あの、それで。どちらに取りに行けばよろしいでしょうか〕
「そうですね……高等部の大門にある守衛室のところに預けて置きますので、身分証明書をお持ちになって来てください」
〔わかりました〕
「この件は高等部生徒会副会長、水崎が取り扱いました。今日中にいらっしゃいますか?」
〔あっ、はい。午後三時くらいに行きます〕
「分かりました。ではこれで失礼します。そろそろ充電が切れそうですよ」
たぶん色々なところから電話やメールが着ているのでしょう、チカチカ光っているのですからその分消費しますよね。
〔あの、ありがとうございました〕
「ホールの屋根まで取りに行ったのは折江さんという方ですよ」
〔はい。あの……〕
「遅くても午後五時くらいまでにはいらしてください。それでは、失礼します」
ボタンを押して切ると、ドッと疲れが押し寄せてきました。
知らない人との電話って疲れます。
「これ、守衛室に届けてくるわね」
「あ、それなら僕が行くよ。名前は何て?」
「ううん。名前を出したからには最後までやり遂げるつもり。それより速水君は先生たちに連絡をお願い」
「わかった。早良、後を頼むな」
「りょーかい」
未だ怒られている折江さんには後で会いに行くとしまして、早良君と大門の守衛室へと向かいます。
一人で行って帰って来れますと何度も言ったのですが、真琴や真由ちゃんどころか生徒会全員とそこにいた風紀委員全員にダメだと言われてしまいました。
ちょっと行くだけなのに、みんな過保護過ぎやしませんか……?
全員からの言葉「門が近いから一人はダメ!」